【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ

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将来について、堅実に

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またリオーチェと結婚したいのはロレアントだけではない。侍従として来ているランスロットは、ヘイデン家門筋の伯爵家三男ではなく、嫡男なのである。リオーチェに『お願い』をされたいと無理を通してヘイデン家に居座っているのだ。
ヘイデン侯爵としては出来ればロレアントの妻になってほしいが、それが無理なら家門のものとでも結ばれてほしいという気持ちがあったため、ランスロットの申し出を断ることをしなかったのである。
リオーチェの『お願い』をきき叶えれば、手元に小さな赤い宝玉が生まれる。それが七つ貯まればリオーチェに求婚しても精霊は怒らないということらしい。
ロレアントはリオーチェの気を引くべく、必死に勉強をし鍛錬をし魔法力を鍛えた。だが色々なことができるようになるにつれ、リオーチェが自分に構わなくなることに気づき、生活面では何もできない風を装うことでリオーチェとの接点を増やしていたのだ。‥とはいえ、やはりぼんやりした気質はなかなかロレアントから抜けてはいなかったのだが。

ランスは掌から豆粒ほどの紅玉をつまみ上げ、大事そうに小さなガラス瓶に入れた。
紅玉が二つ、ガラス瓶の中で陽光を受け輝いている。それを見て、ロレアントは胸元をぐっと掴んだ。そこには銀細工で作らせたロケットペンダントがあり、中には紅玉が四つ大切に納められている。
「ロレン様に追い付くのも、夢じゃないかもですねえ」
そう言いながらランスは教室へと移動を促してきた。ロレアントは唇をかんだ。

朝導体車溜まりでうっかりロレアントと話してしまったため、制服に泥水はかけられてしまったが、お昼に至るまで他の嫌がらせも陰口もなかった。
これはここ最近では一番の被害の低さではないだろうか?この調子でいけば自宅からお弁当を持参できる日も遠くないかもしれない。
そう考えて少しウキウキしながら友人と食堂にやってきた。遠くにロレアントを囲む人だかりが見えるが。今日はランスがいるので近くに行かなくてもいいはずだ。友人に合図をしてロレアントの目に触れない死角を選んで着席する。
今日は友人が食事をとりに行ってくれるということだったので、安心して死角に身を潜める。こんなに穏やかな気持ちで昼食を食べるのは久しぶりだ。デザートも奮発すればよかったか、と思っているとふっと目の前に影ができた。
ん?と振り返ればそこにはロレアントが立っていた。
「わっ」
思いがけないロレアントの登場に驚いて声が出る。ロレアントはリオーチェに優しく声をかけた。
「リオ、どうしてここにいるの」
「‥空いていましたので」
あなたの隣に座ると被害が甚大になるので、とは言えない。自分のせいでリオーチェが辛い目に遭っているなどと思ってほしくはなかった。しかも厳密に言えばロレアントのせいでもないのだ。
ロレアントは少し泣きそうな顔をして、リオーチェの顔を見つめていたが人垣がこちらに移動してきているのを見ると何も言わず、自席に戻っていった。
リオーチェは驚いた。これまでなら何としてもリオーチェの隣に座り、リオーチェに給仕をしてもらっていたロレアントだったのに。
(‥成長したってことかな?)
少し寂しいような気がするが、成長するのはいいことだし、自分も美味しくご飯が食べられるのはいいことなので、リオーチェは気にしないことにした。戻ってきた友人と平和に食事をするリオーチェは、遠くから見つめるロレアントに全く気づいていない。

ロレアントは今日までのリオーチェの態度や、この半日でランスから指摘され言われたことを反芻していた。やはりリオーチェは今までロレアントのせいで辛い思いをしていたようだ。それに気づけなかった自分の迂闊さに落ち込んでいた。
今リオーチェは笑って食事をしている。リオーチェと一緒にいられることが嬉しいあまり、彼女に無理をさせていることに気づいていなかった自分はまだまだ未熟ものだ。‥確かにこのところリオーチェの笑顔をあまり見ていなかった気がする‥。
これから何とか挽回して、自分を男として見てもらう必要がある。どうすればいいのか。ロレアントは友人と食事をしながら楽しそうに笑うリオーチェの姿を見つめ、必死に考えていた。


リオーチェは導体車の中でうーんと身体を伸ばした。明日は休みだ。ようやく一息つける。だが今日は被害がとても少なかった。やはり昨日直接ランスにお願いに行って良かった。ひょっとしたらロレアントは侍従についてこられるのが嫌だったのかもしれないが‥‥。いつの日か謝ろうとリオーチェは思った。
気にかかっていた苦手科目の復習も友人とできたし、文句のない一日だった。泥水をかけられた制服は、もうだめかもしれないが、まあ仕方ない。両親には悪いが都合してもらうしかないだろう。
それにしてもやはり自分にはこれといった特技が生まれそうにない。何とか学院は卒業できるかもしれないが、結婚が無理そうな今、将来についてリオーチェは不安を抱いていた。いずれは弟が妻を迎えてこの家を継ぐ。その時までにはどうにか生活の手立てを考えておかなければ弟夫婦の邪魔になってしまう。

自分の得意なこと、好きなこと、または何か人の役に立てることはないかとあれこれ考えているが全く思い浮かばない。なにせこれといって秀でているものが一つもないのである。
結婚しない貴族女性の生きる道と言えば、ダンスやマナー、音楽の教師になるか、高位貴族付の侍女になるか、王室付きの女官になるかくらいしかない。少し前の卒業生の中には、他国で経営論文が取り上げられた女性や、在学時に様々な研究をして特許をいくつか取った女性もいたらしいが、それは例外中の例外だ。
またどちらの女性も卒業と同時に結婚をしたようなのでますますリオーチェの状況には当てはまらない。
王室付きの女官は成績優秀者でないと採用してもらえないらしいし、教師をやる程その分野に長けてはいない。となれば残るは侍女だ。どちらかと言えば自分は落ち着きのない方ではあるが、弟やロレアントの世話はしてきたと思うし、人の世話をすること自体はそこまで下手でもないかもしれない。
そうとなれば、とリオーチェは身体を起こした。一度家に帰って、お隣の侍女頭に今どきの採用状況などを聞いてみよう。侍女頭はヘイデン家に代々務めていてかなり交友関係も広いと聞いた事がある。クラン家の侍女たちはほとんどが領地からの採用なので横のつながりは期待できない。
家に着くと早速着替えをして、お隣に向かった。

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