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『お願い』の意味
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翌朝、念のためヘイデン家の導体車溜まりに寄ってみるとロレアントの傍にはランスがついていた。それを見届け、ほっと安心して自分も導体車に乗り込む。
学院に着いてもランスがいると思えば安心してロレアントを振り返ることなく、自分の教室へ向かえる。そう思って歩き始めると後ろからロレアントに声をかけられた。
「リオ!」
「おはようございます、ロレアント様。何か御用ですか?」
仕方なく振り向いて挨拶をすると、ロレアントは少し目を潤ませてこちらを見ていた。‥年は一つ下ではあるがもうロレアントの背丈は170㎝以上あってリオーチェからは見上げるほどである。その整った精悍な顔から今にも涙がこぼれそうだ。
「ロ・レ・ンだってば!‥リオ、ランスに、『お願い』したの‥?僕に、学院でついていろって‥」
「?ええ、まあ‥そうですが」
「何で?何で僕には、何にも『お願い』してくれないのに‥」
「いや、私はロレアント様に何かお願いできるような身分ではありませんから‥」
何だか何を言われているのかよくわからない。ランスはなぜか満足そうに横でにこにこしている。
「身分とか、関係ないよ、婚約したいって何度も言ってるのに、全然聞き入れてくれないし」
「そりゃあ、そうですよ、簡単に私が聞き入れられることじゃないですからね」
ロレアントはぐっとリオーチェの肩を掴んだ。
「リオ!‥‥僕の事、す‥‥嫌い‥?」
じわ、とロレアントの目に涙が盛り上がる。なんだこれ、私がいじめてるみたいな絵面だな、と思いながらロレアントを見上げた。
「嫌いじゃないですよ、ロレアント様は大事な幼馴染です」
その返事を聞いたロレアントの目が大きく見開かれ、ぼろぼろと涙が溢れだした。ぎょっとしたリオーチェは思わず後ずさろうとするが、ロレアントが掴んだ肩を離してくれないので動けない。
「ロレン様」
ランスが横に来て、リオーチェの肩を掴んでいるロレアントの手をぎぎぎと外した。リオーチェはふう、と息をついて二人を見た。
「ランス様、ではお世話をお願いします。ロレアント様、ごきげんよう」
リオーチェはロレアントの涙が気にならない訳ではなかったが、とりあえず早くここを離れたいという気持ちの方が勝ってしまい、そのまま自分の教室に向かっていった。
「離せ!」
先ほどリオーチェに話しかけていた時とは雰囲気を一変させたロレアントが鋭くランスに言い放つ。ランスは素直に手を離した。だがその顔はにやついたままだ。
「お前の顔がうるさい」
低い声で言い捨てるロレアントに対し、ランスは思わずふふっと笑った。ギッとロレアントがランスを睨む。
「ようやく、俺に二つ目の『お願い』が来たよ。長かったなあ。リオ様は欲がないから」
「‥‥俺だって今四つ『お願い』されてる」
「全部子どもの頃の貯金だろ?後三つがなかなか稼げないんだよな?ロレアント様」
侍従とは思えない態度でにやにやしながらランスは言った。ロレアントは悔しげな表情を浮かべている。
この百年余り、ヘイデン侯爵家は呪われていた。これは身内にしか知らされていないことだ。代々仕える使用人も同じく呪われていた。
その呪いは「時間をかけて身体のどこかの機能が欠損していく」というものだった。誰のどこがいつ頃、というのも全くわからない。これまで幾人もの人々がその犠牲になってきた。ヘイデン家とそこに関わる人々は百年にもわたるこの呪いのせいで、ずっと家門全体の空気が暗かったのだ。
そこへ現れたのがリオーチェだった。
最初リオーチェは特に目立ったところのない、普通の子どもだった。だが、裏表がなく、人を喜ばせたり人のために何かしたりすることが大好きな上、いつでも前向きで明るい性格が形成されていくにつれ、リオーチェの周りを精霊が飛び始めた。それに気づいたのが、亡くなったヘイデン夫人だった。
夫人は、精霊を視ることができる家系の生まれで、呪いを解く手がかりを見つけられるかもと期待されて嫁いできた人だった。
リオーチェの周りを飛び回る精霊に、呪いについて訊いてみたところ、
<私たちは陽の気を好む精霊だよ>
<私たちはリオが大好きだよ>
<リオがこの屋敷に来て笑っていればこの呪いは吹き飛んでいくよ>
<でもリオに頼んではだめだよ>
<リオに直接的なお願いをしてもだめだよ>
<リオから『お願い』を七回されて叶えた人になら、リオをお嫁にあげてもいいけど>
<リオに気持ちを押しつけたりするものがいたら私たちが排除するからね>
というような事を、一度だけ答えてくれたのだ。
そこでヘイデン家は、一門総出でリオーチェの喜びそうなことをするようにした。だがリオはあまり欲のない子どもで、どちらかと言えば周りの人が喜ぶことを好んだ。
それに合わせてヘイデン家では、他に親切にしたり慈善事業を手がけたり等を積み重ねていった。
そうして十年近い月日が経った去年、呪いが消失したのだ。呪いの象徴である家長の腕に刻まれたシンボルが消えた時、一門は喜びに沸き立った。
そして十年以上もリオーチェを見てきたヘイデン家門の人々は、解呪とは関係なくすっかりリオーチェの事が好きになってしまっていたのだ。
リオーチェはいつも誰にでも、分け隔てなく優しく明るい笑顔を向けてくれた。身分にとらわれず誰にでも親切だ。そういう気質の貴族令嬢に出会ったことのなかったヘイデン家門の人々は、リオーチェのそんな性質を心から好んだ。
このような経緯を経て、リオーチェ至上主義のヘイデン家が出来上がったのである。だがそれはリオーチェに気取られてはならない。あくまでリオーチェが望むことに応えるという形でなければならないことをヘイデン家の人々は理解していた。
ロレアントだとて、幼い頃からリオーチェが大好きだったし妻にしたいという気持ちはあったのだが、何せ自分から気持ちを打ち明けてはならないという制約がある。せいぜい口に出せるのは家同士の関係構築とみなされる「婚約しよう」くらいなのだ。リオーチェからはかばかしい返事がない限り、ヘイデン家で婚約を整えることもできないのでこの二、三年ヘイデン家の人々はかなり焦っていた。
デビュタントで全く関係性のないヘイデン侯爵が、リオーチェに婚約の申し込みになど誰も来ないようにその鋭い目を光らせていたのもこういうわけがあったからである。
学院に着いてもランスがいると思えば安心してロレアントを振り返ることなく、自分の教室へ向かえる。そう思って歩き始めると後ろからロレアントに声をかけられた。
「リオ!」
「おはようございます、ロレアント様。何か御用ですか?」
仕方なく振り向いて挨拶をすると、ロレアントは少し目を潤ませてこちらを見ていた。‥年は一つ下ではあるがもうロレアントの背丈は170㎝以上あってリオーチェからは見上げるほどである。その整った精悍な顔から今にも涙がこぼれそうだ。
「ロ・レ・ンだってば!‥リオ、ランスに、『お願い』したの‥?僕に、学院でついていろって‥」
「?ええ、まあ‥そうですが」
「何で?何で僕には、何にも『お願い』してくれないのに‥」
「いや、私はロレアント様に何かお願いできるような身分ではありませんから‥」
何だか何を言われているのかよくわからない。ランスはなぜか満足そうに横でにこにこしている。
「身分とか、関係ないよ、婚約したいって何度も言ってるのに、全然聞き入れてくれないし」
「そりゃあ、そうですよ、簡単に私が聞き入れられることじゃないですからね」
ロレアントはぐっとリオーチェの肩を掴んだ。
「リオ!‥‥僕の事、す‥‥嫌い‥?」
じわ、とロレアントの目に涙が盛り上がる。なんだこれ、私がいじめてるみたいな絵面だな、と思いながらロレアントを見上げた。
「嫌いじゃないですよ、ロレアント様は大事な幼馴染です」
その返事を聞いたロレアントの目が大きく見開かれ、ぼろぼろと涙が溢れだした。ぎょっとしたリオーチェは思わず後ずさろうとするが、ロレアントが掴んだ肩を離してくれないので動けない。
「ロレン様」
ランスが横に来て、リオーチェの肩を掴んでいるロレアントの手をぎぎぎと外した。リオーチェはふう、と息をついて二人を見た。
「ランス様、ではお世話をお願いします。ロレアント様、ごきげんよう」
リオーチェはロレアントの涙が気にならない訳ではなかったが、とりあえず早くここを離れたいという気持ちの方が勝ってしまい、そのまま自分の教室に向かっていった。
「離せ!」
先ほどリオーチェに話しかけていた時とは雰囲気を一変させたロレアントが鋭くランスに言い放つ。ランスは素直に手を離した。だがその顔はにやついたままだ。
「お前の顔がうるさい」
低い声で言い捨てるロレアントに対し、ランスは思わずふふっと笑った。ギッとロレアントがランスを睨む。
「ようやく、俺に二つ目の『お願い』が来たよ。長かったなあ。リオ様は欲がないから」
「‥‥俺だって今四つ『お願い』されてる」
「全部子どもの頃の貯金だろ?後三つがなかなか稼げないんだよな?ロレアント様」
侍従とは思えない態度でにやにやしながらランスは言った。ロレアントは悔しげな表情を浮かべている。
この百年余り、ヘイデン侯爵家は呪われていた。これは身内にしか知らされていないことだ。代々仕える使用人も同じく呪われていた。
その呪いは「時間をかけて身体のどこかの機能が欠損していく」というものだった。誰のどこがいつ頃、というのも全くわからない。これまで幾人もの人々がその犠牲になってきた。ヘイデン家とそこに関わる人々は百年にもわたるこの呪いのせいで、ずっと家門全体の空気が暗かったのだ。
そこへ現れたのがリオーチェだった。
最初リオーチェは特に目立ったところのない、普通の子どもだった。だが、裏表がなく、人を喜ばせたり人のために何かしたりすることが大好きな上、いつでも前向きで明るい性格が形成されていくにつれ、リオーチェの周りを精霊が飛び始めた。それに気づいたのが、亡くなったヘイデン夫人だった。
夫人は、精霊を視ることができる家系の生まれで、呪いを解く手がかりを見つけられるかもと期待されて嫁いできた人だった。
リオーチェの周りを飛び回る精霊に、呪いについて訊いてみたところ、
<私たちは陽の気を好む精霊だよ>
<私たちはリオが大好きだよ>
<リオがこの屋敷に来て笑っていればこの呪いは吹き飛んでいくよ>
<でもリオに頼んではだめだよ>
<リオに直接的なお願いをしてもだめだよ>
<リオから『お願い』を七回されて叶えた人になら、リオをお嫁にあげてもいいけど>
<リオに気持ちを押しつけたりするものがいたら私たちが排除するからね>
というような事を、一度だけ答えてくれたのだ。
そこでヘイデン家は、一門総出でリオーチェの喜びそうなことをするようにした。だがリオはあまり欲のない子どもで、どちらかと言えば周りの人が喜ぶことを好んだ。
それに合わせてヘイデン家では、他に親切にしたり慈善事業を手がけたり等を積み重ねていった。
そうして十年近い月日が経った去年、呪いが消失したのだ。呪いの象徴である家長の腕に刻まれたシンボルが消えた時、一門は喜びに沸き立った。
そして十年以上もリオーチェを見てきたヘイデン家門の人々は、解呪とは関係なくすっかりリオーチェの事が好きになってしまっていたのだ。
リオーチェはいつも誰にでも、分け隔てなく優しく明るい笑顔を向けてくれた。身分にとらわれず誰にでも親切だ。そういう気質の貴族令嬢に出会ったことのなかったヘイデン家門の人々は、リオーチェのそんな性質を心から好んだ。
このような経緯を経て、リオーチェ至上主義のヘイデン家が出来上がったのである。だがそれはリオーチェに気取られてはならない。あくまでリオーチェが望むことに応えるという形でなければならないことをヘイデン家の人々は理解していた。
ロレアントだとて、幼い頃からリオーチェが大好きだったし妻にしたいという気持ちはあったのだが、何せ自分から気持ちを打ち明けてはならないという制約がある。せいぜい口に出せるのは家同士の関係構築とみなされる「婚約しよう」くらいなのだ。リオーチェからはかばかしい返事がない限り、ヘイデン家で婚約を整えることもできないのでこの二、三年ヘイデン家の人々はかなり焦っていた。
デビュタントで全く関係性のないヘイデン侯爵が、リオーチェに婚約の申し込みになど誰も来ないようにその鋭い目を光らせていたのもこういうわけがあったからである。
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