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安西と話をしてから一週間後、読真は真秀と落ち合って書字士会本部を訪れた。本部長を務める父、真幸に会うためである。真幸はこのところ色々な外部組織との折衝が多く、一番近くではこの日にしか時間が取れなかったのだ。
久しぶりに本部に来て真幸の執務室で顔を合わせた。真幸は少し疲れた表情で二人を出迎えた。いつも父に対して固い態度を崩さない読真だが、父のやつれた姿には驚いて思わず「大丈夫ですか?」と声をかけたほどだ。
「大丈夫だ。‥少しばたついていてな。しばらくすれば落ち着く。気にするな。‥お前たちの用件は封殺に関することか?」
「はい」
二人で声を揃えて返事をする。真幸は応接セットに座るように促し、「珈琲でも飲むか?」と訊いてきた。いつもならすぐに断るのだが今日は何となく「お願いします」と言ってしまった。
ブラックで供された珈琲に真秀は「すいませんミルクってあります?」と尋ね、真幸は少し笑いながら隣の部屋のスタッフにミルクを頼んだ。
暫くしてスタッフが持ってきてくれたミルクをたっぷり入れて、真秀が珈琲を飲みだした頃には、父子の会話は始まっていた。
「対異生物特務庁に直談判に行ったそうだな。安西さんから聞いた」
「‥はい。このままでは俺たち『闘封』は封殺の現場に出してもらえないと判断しました」
真幸は自分も珈琲を啜って言葉を返した。
「まあ、その通りだな」
読真はその真幸の物言いに、もやっとした思いのまま話を続ける。
「‥ですが俺たちは封殺を諦めるつもりはないので‥俺たちなりに考えて対異生物特務庁に話を持ち込んだんです」
「観音寺よみねさんとは話をしたか?」
それには真秀がカップを置いて答えた。
「はい、俺の観察がしたい、ということでした。彼女は部長が派遣したんですか?」
「いや、違う。対異生物特務庁に頼まれたんだ。観音寺さんは対異生物特務庁のメンバーだよ。書字士会とはかかわりがないんだ」
これには読真も真秀も驚いた。
「え?書士なのに書字士会の所属じゃないんですか?」
読真の言葉に真幸は頷いた。
「厳密に言えば、観音寺さんの一門は書士ではないんだ。癒字士は、闘書士、封書士とはまた違った成り立ちの歴史を持っていてね。わかりやすく言えば癒字士は闘筆を使わない。癒字は癒字士の指で、対象の身体に書かれるんだ」
真幸はそう説明して、肩を落とした。
「まあ、私も詳しいことは知らない。今癒字士は日本全国でも十五人くらいしかいないらしいしね。その全てが対異生物特務庁の所属だよ」
だから安西は観音寺よみねのことを知っていたのか、と読真は思った。真幸は話を続ける。
「観音寺さんからは直接書字士会の方へ連絡が来たんだ。異生物と混ざっている字通くんの生態観察がしたいとね。‥まあ、ぶしつけな申し出ではあると思ったからお前たちに判断してもらおうと直接会ってもらったという訳だ」
「‥‥確かに、ぶしつけな人ではありましたね」
読真はよみねの言動を思い出しながら少し苦々し気に返事をした。その読真の顔を見て、真幸は少し口の端を上げた。
「お前にそんな顔をさせるとは、やはりあの子‥というと叱られるか。観音寺さんはなかなかの人物だっただろう」
「あの姿で24歳ってのはかなり驚きました」
真秀が素直にそう感想を述べると、真幸は破願した。
「確かにね。‥事情を聞かされても視覚の情報と耳からの情報に整合性が取れなくて混乱するな。ただ、やはり生きづらいとは思うがね」
「‥でしょうねえ‥」
真秀はあっという間に制圧された時のことを思い出し、思わず肩の辺りをさすった。見た目小学生のよみねに手もなくあしらわれたのはそれなりにショックであった。読真は子どもの顔で大人の理論武装をしてくるよみねの話し方を思い出して、また少しイラっとした。
読真の顔を見て真幸は面白そうに笑っていたが、何か思い出したようにふと真顔になった。
「‥対異生物特務庁のメンバーと動くのなら、書字士会所属から抜けろとまではいわんが‥おそらく対異生物特務庁の預かりという形にはなると思う。給与等は変わらず書字士会から出るが、封殺依頼は対異生物特務庁に来たものを優先するように言われるだろう。‥場合によっては海外派遣も命じられるかもしれん。それでも大丈夫か?」
海外派遣、と聞いて真秀がぎょっとした顔をしたが、読真は意に介さないといった顔で答えた。
「その可能性は考えていました。大丈夫です。いずれにせよ俺たち単独で動くわけではないので、そこまでの危険性はないと思っています。‥何しろ対異生物特務庁は逃げるのは上手いですから」
真幸は少し顔を顰めて読真をたしなめた。
「お前、対異生物特務庁でそんなことを口走るなよ。‥翻って書字士会との関係にもヒビが入りかねん」
「‥あまりそういう気持ちを持たないように気をつけます」
素直に真幸の苦言を受け入れた読真に、少し驚いた。どちらかと言えば頑なな態度を崩さない息子であったのに、この三、四か月でずいぶんと変わってきたように思えた。
それが字通真秀との出会いによって変わったというのであれば、嬉しい誤算だ。
この二人を『闘封』として守っていかねばなるまい。
真幸は心の内でそう決意した。
「とりあえず、対異生物特務庁に仮所属、というか出向という形にしておこうか。そこでメンバーと一緒に行動するうちに、字通くんの身体や相対する異生物の強さなど色々わかってくることもあるだろうから。ある程度のことがわかれば、また書字士会の所属の戻して『闘封』として働いてもらうことになるだろう」
「わかりました」
真幸は、タブレットにいくつかの情報を入力してからそれを伏せた。
「だが、観音寺さんとは付きあっておけ。彼女の力は今のお前たちには必要だ。書士として得るものもあるかもしれんからな。‥読真、切れるなよ」
「‥‥はい」
よみねの高圧的な物言いを思い出すと読真の胸の中に苦いものが走ったが、とりあえず今は呑み込んでおくことにした。
久しぶりに本部に来て真幸の執務室で顔を合わせた。真幸は少し疲れた表情で二人を出迎えた。いつも父に対して固い態度を崩さない読真だが、父のやつれた姿には驚いて思わず「大丈夫ですか?」と声をかけたほどだ。
「大丈夫だ。‥少しばたついていてな。しばらくすれば落ち着く。気にするな。‥お前たちの用件は封殺に関することか?」
「はい」
二人で声を揃えて返事をする。真幸は応接セットに座るように促し、「珈琲でも飲むか?」と訊いてきた。いつもならすぐに断るのだが今日は何となく「お願いします」と言ってしまった。
ブラックで供された珈琲に真秀は「すいませんミルクってあります?」と尋ね、真幸は少し笑いながら隣の部屋のスタッフにミルクを頼んだ。
暫くしてスタッフが持ってきてくれたミルクをたっぷり入れて、真秀が珈琲を飲みだした頃には、父子の会話は始まっていた。
「対異生物特務庁に直談判に行ったそうだな。安西さんから聞いた」
「‥はい。このままでは俺たち『闘封』は封殺の現場に出してもらえないと判断しました」
真幸は自分も珈琲を啜って言葉を返した。
「まあ、その通りだな」
読真はその真幸の物言いに、もやっとした思いのまま話を続ける。
「‥ですが俺たちは封殺を諦めるつもりはないので‥俺たちなりに考えて対異生物特務庁に話を持ち込んだんです」
「観音寺よみねさんとは話をしたか?」
それには真秀がカップを置いて答えた。
「はい、俺の観察がしたい、ということでした。彼女は部長が派遣したんですか?」
「いや、違う。対異生物特務庁に頼まれたんだ。観音寺さんは対異生物特務庁のメンバーだよ。書字士会とはかかわりがないんだ」
これには読真も真秀も驚いた。
「え?書士なのに書字士会の所属じゃないんですか?」
読真の言葉に真幸は頷いた。
「厳密に言えば、観音寺さんの一門は書士ではないんだ。癒字士は、闘書士、封書士とはまた違った成り立ちの歴史を持っていてね。わかりやすく言えば癒字士は闘筆を使わない。癒字は癒字士の指で、対象の身体に書かれるんだ」
真幸はそう説明して、肩を落とした。
「まあ、私も詳しいことは知らない。今癒字士は日本全国でも十五人くらいしかいないらしいしね。その全てが対異生物特務庁の所属だよ」
だから安西は観音寺よみねのことを知っていたのか、と読真は思った。真幸は話を続ける。
「観音寺さんからは直接書字士会の方へ連絡が来たんだ。異生物と混ざっている字通くんの生態観察がしたいとね。‥まあ、ぶしつけな申し出ではあると思ったからお前たちに判断してもらおうと直接会ってもらったという訳だ」
「‥‥確かに、ぶしつけな人ではありましたね」
読真はよみねの言動を思い出しながら少し苦々し気に返事をした。その読真の顔を見て、真幸は少し口の端を上げた。
「お前にそんな顔をさせるとは、やはりあの子‥というと叱られるか。観音寺さんはなかなかの人物だっただろう」
「あの姿で24歳ってのはかなり驚きました」
真秀が素直にそう感想を述べると、真幸は破願した。
「確かにね。‥事情を聞かされても視覚の情報と耳からの情報に整合性が取れなくて混乱するな。ただ、やはり生きづらいとは思うがね」
「‥でしょうねえ‥」
真秀はあっという間に制圧された時のことを思い出し、思わず肩の辺りをさすった。見た目小学生のよみねに手もなくあしらわれたのはそれなりにショックであった。読真は子どもの顔で大人の理論武装をしてくるよみねの話し方を思い出して、また少しイラっとした。
読真の顔を見て真幸は面白そうに笑っていたが、何か思い出したようにふと真顔になった。
「‥対異生物特務庁のメンバーと動くのなら、書字士会所属から抜けろとまではいわんが‥おそらく対異生物特務庁の預かりという形にはなると思う。給与等は変わらず書字士会から出るが、封殺依頼は対異生物特務庁に来たものを優先するように言われるだろう。‥場合によっては海外派遣も命じられるかもしれん。それでも大丈夫か?」
海外派遣、と聞いて真秀がぎょっとした顔をしたが、読真は意に介さないといった顔で答えた。
「その可能性は考えていました。大丈夫です。いずれにせよ俺たち単独で動くわけではないので、そこまでの危険性はないと思っています。‥何しろ対異生物特務庁は逃げるのは上手いですから」
真幸は少し顔を顰めて読真をたしなめた。
「お前、対異生物特務庁でそんなことを口走るなよ。‥翻って書字士会との関係にもヒビが入りかねん」
「‥あまりそういう気持ちを持たないように気をつけます」
素直に真幸の苦言を受け入れた読真に、少し驚いた。どちらかと言えば頑なな態度を崩さない息子であったのに、この三、四か月でずいぶんと変わってきたように思えた。
それが字通真秀との出会いによって変わったというのであれば、嬉しい誤算だ。
この二人を『闘封』として守っていかねばなるまい。
真幸は心の内でそう決意した。
「とりあえず、対異生物特務庁に仮所属、というか出向という形にしておこうか。そこでメンバーと一緒に行動するうちに、字通くんの身体や相対する異生物の強さなど色々わかってくることもあるだろうから。ある程度のことがわかれば、また書字士会の所属の戻して『闘封』として働いてもらうことになるだろう」
「わかりました」
真幸は、タブレットにいくつかの情報を入力してからそれを伏せた。
「だが、観音寺さんとは付きあっておけ。彼女の力は今のお前たちには必要だ。書士として得るものもあるかもしれんからな。‥読真、切れるなよ」
「‥‥はい」
よみねの高圧的な物言いを思い出すと読真の胸の中に苦いものが走ったが、とりあえず今は呑み込んでおくことにした。
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