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22 読真の告白
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言いたいことを全て言い終わって、どこかほっとしたような雰囲気の真秀を読真はじっと見つめた。
異生物を呑み込んだ、とはとても信じられないが、ここで真秀が嘘をつく理由はない。そういう事情であれば、読真がいない時を狙ってわざわざ衛門が真秀に会いに来た理由も納得できる。
だが九年もの間、異生物を身体に取り込んでこれといった不調がないなどとは到底信じられない。
今は不調を感じていなくても、そのうち命を削られることになるのではないか。
異生物をその身に取り込んでおきながら、封殺することに不具合はないのか。
そこまで考えた時に、ある可能性に考えついて読真はあっと口を開けた。
その疑問を目の前で目をつぶっている真秀にぶつけてみる。
「字通。お前‥いつか自分を封殺する気で、封書士になったんですか?」
斬りつけるような読真の問いに、真秀は目をつぶったまま何の反応も示さない。
だがその反応こそが答えだと取れた。
「‥お前‥いつ死んでもいいと思って、生きているんですか」
まだ真秀は何も答えない。目をつぶって壁にもたれ座ったまま、身じろぎもしない。
読真はふっと力を抜いて脱衣所の床にへたりと座り込んだ。その雰囲気を察した真秀が薄く目を開ける。
読真は胡坐をかいて座りこみ、膝に肘を載せた格好でうつむいている。
そしてそのまま低い声で話し出した。
「お前の‥封書士になった理由もどうかと思いますが‥」
「‥うん」
「俺は‥妹を、探し当てたいと思って、封書士になりたかった」
真秀は顔をあげて読真を見た。今度は読真がうつむいたまま真秀を見ない。
「‥妹がいるのか」
「いた、んです。俺が小六の時‥真意架はまだ、九歳だった」
ぽつぽつと語る読真を、促すでもなく遮るでもなく、真秀はただ黙ってそこにいて話を聞いた。
「‥俺が、裏山に誘ったんです、蝶を捕りたくて。真意架は行きたくないって言ったのに、無理やり連れて行った」
「そこで、異生物に遭いました」
基本、異生物は自然の多いところに発生することが多い。だから山や海、川、公園などに発生が多く報告されている。
読真と真意架を襲った異生物も、山だったからこそ発生したのだろう。だから読真は今も悔やんでいる。
「俺は連絡のための携帯を持っていたからすぐに両親に発信しました。‥必死に妹を連れて逃げた。でも、守り切れなかったんです」
読真は語りながらぐっと拳を握りしめた。爪が自分の掌に食い込んでいく。
「異生物は、転んだ妹をめがけて襲いかかって‥取り込んだ」
「取り込んだ?」
そこで初めて真秀は言葉を挟んだ。異生物を呑み込んだ自分が言うのもなんだが、ふつう、異生物に触れれば身体には大きく斬り傷ができるか爛れるかして大怪我を負う。そしてそのまま死んでしまうか、異生物に爛れさせられて身体が崩れるのが普通だ。
読真は真秀の疑問に答えた。
「ああ。‥異生物の体に吸収されて、異生物の身体の中からあいつの頭と上半身が飛び出したままで‥お兄ちゃん怖い、助けてって‥」
読真の目に涙が滲む。
まだたった九歳だった妹が、必死に読真の方を見て助けを求めていた。読真は異生物に薙ぎ払われた腹が焼けただれ身動きができなかった。右腕は妹をかばった際に大きな切り傷を負っていた。
だが、妹は必死に泣き叫んで助けを求めていた。恐怖に彩られた声が山の中に響き渡っていた。
そしてその異生物は、妹をその体内に取り込んだまま消えたのだ。
当時現役の『闘封』だった両親が駆け付けた時には異生物の姿は跡形もなく消え、半死半生の状態の読真が、地面を這いずりながら妹が消えた空間に近寄ろうとしていた。
「それから、ずっと妹は見つかっていない」
「‥そうか」
身の内に異生物を呑み込んでいる真秀としては、おそらく読真がまだ、妹が生きていると思っていることがよくわかった。
封書士が封殺をする時、どこかを指定することはできないが異次元への扉を開き、そこへ異生物を落とし込むのだ。異次元へ異生物を落とし込む行為を封殺と呼んでいると言っていい。
「読真、まさか‥異次元に行こうとしていたのか?」
読真はうつむいたまま返事をしない。それが無謀なことだとわかっているからだろう。次元の数はいくつあるかわからないし、次元の扉がどこに繋がっているかもわからない。封書士になって異次元への扉を開いたとしても、読真の妹がいる次元かどうかはわからないのだ。
読真はうつむいて拳を固く握りしめたまま、言葉を吐いた。
「両親は‥俺のせいではないと言いました。運が悪かったのだと。こういう事故はどこでも起きているのだと。‥‥だからこそ闘封書士が必要なのだと」
「‥うん。そうだな」
読真はこぶしを握りしめてうつむいたまま動かない。だが、その膝にぱたぱたと水滴が落ちた。水滴はやむことなく落ち続ける。
真秀はもう一度タオルを頭からかぶって顔を覆った。
「だが俺は‥妹の、あの声を忘れられないんです。毎日、毎日。朝起きた時、夜寝る時。必ず響いてくる」
「うん」
読真は握りしめた拳をだん!と床に叩きつけた。
「なぜ、俺は、封書士になれなかったのか‥」
「読真」
真秀は頭からタオルをかぶったまま、読真に話しかけた。
「俺は、本当は闘書士になりたかった。闘字で自分を斬りつけて始末をつけたかった。‥でも俺には封字しか使えなかった」
読真は床に拳をつけたまま、水滴を落としている。
真秀は言葉を続けた。
「おもしれえよな、闘書士になれなかった封書士と、封書士になれなかった闘書士の『闘封』なんてさ。」
真秀はそう言って一度言葉を切った。そしてもう一度口を開いた。
「‥読真。俺はこれからお前と一緒にずっと異生物を封殺し続ける。封殺するときには次元の奥が少し見えるんだ。その時、お前の妹を探す」
読真がふと顔をあげた。頬を伝う涙が、またぱたっと落ちた。
真秀は言葉を続けた。
「だから読真。俺が、異生物になっちまったら‥お前が俺を斬って弱体化させてくれ。頼む」
読真はぐいと頬を拭ってタオルをかぶったままの読真に言った。
「‥‥わかりました」
異生物を呑み込んだ、とはとても信じられないが、ここで真秀が嘘をつく理由はない。そういう事情であれば、読真がいない時を狙ってわざわざ衛門が真秀に会いに来た理由も納得できる。
だが九年もの間、異生物を身体に取り込んでこれといった不調がないなどとは到底信じられない。
今は不調を感じていなくても、そのうち命を削られることになるのではないか。
異生物をその身に取り込んでおきながら、封殺することに不具合はないのか。
そこまで考えた時に、ある可能性に考えついて読真はあっと口を開けた。
その疑問を目の前で目をつぶっている真秀にぶつけてみる。
「字通。お前‥いつか自分を封殺する気で、封書士になったんですか?」
斬りつけるような読真の問いに、真秀は目をつぶったまま何の反応も示さない。
だがその反応こそが答えだと取れた。
「‥お前‥いつ死んでもいいと思って、生きているんですか」
まだ真秀は何も答えない。目をつぶって壁にもたれ座ったまま、身じろぎもしない。
読真はふっと力を抜いて脱衣所の床にへたりと座り込んだ。その雰囲気を察した真秀が薄く目を開ける。
読真は胡坐をかいて座りこみ、膝に肘を載せた格好でうつむいている。
そしてそのまま低い声で話し出した。
「お前の‥封書士になった理由もどうかと思いますが‥」
「‥うん」
「俺は‥妹を、探し当てたいと思って、封書士になりたかった」
真秀は顔をあげて読真を見た。今度は読真がうつむいたまま真秀を見ない。
「‥妹がいるのか」
「いた、んです。俺が小六の時‥真意架はまだ、九歳だった」
ぽつぽつと語る読真を、促すでもなく遮るでもなく、真秀はただ黙ってそこにいて話を聞いた。
「‥俺が、裏山に誘ったんです、蝶を捕りたくて。真意架は行きたくないって言ったのに、無理やり連れて行った」
「そこで、異生物に遭いました」
基本、異生物は自然の多いところに発生することが多い。だから山や海、川、公園などに発生が多く報告されている。
読真と真意架を襲った異生物も、山だったからこそ発生したのだろう。だから読真は今も悔やんでいる。
「俺は連絡のための携帯を持っていたからすぐに両親に発信しました。‥必死に妹を連れて逃げた。でも、守り切れなかったんです」
読真は語りながらぐっと拳を握りしめた。爪が自分の掌に食い込んでいく。
「異生物は、転んだ妹をめがけて襲いかかって‥取り込んだ」
「取り込んだ?」
そこで初めて真秀は言葉を挟んだ。異生物を呑み込んだ自分が言うのもなんだが、ふつう、異生物に触れれば身体には大きく斬り傷ができるか爛れるかして大怪我を負う。そしてそのまま死んでしまうか、異生物に爛れさせられて身体が崩れるのが普通だ。
読真は真秀の疑問に答えた。
「ああ。‥異生物の体に吸収されて、異生物の身体の中からあいつの頭と上半身が飛び出したままで‥お兄ちゃん怖い、助けてって‥」
読真の目に涙が滲む。
まだたった九歳だった妹が、必死に読真の方を見て助けを求めていた。読真は異生物に薙ぎ払われた腹が焼けただれ身動きができなかった。右腕は妹をかばった際に大きな切り傷を負っていた。
だが、妹は必死に泣き叫んで助けを求めていた。恐怖に彩られた声が山の中に響き渡っていた。
そしてその異生物は、妹をその体内に取り込んだまま消えたのだ。
当時現役の『闘封』だった両親が駆け付けた時には異生物の姿は跡形もなく消え、半死半生の状態の読真が、地面を這いずりながら妹が消えた空間に近寄ろうとしていた。
「それから、ずっと妹は見つかっていない」
「‥そうか」
身の内に異生物を呑み込んでいる真秀としては、おそらく読真がまだ、妹が生きていると思っていることがよくわかった。
封書士が封殺をする時、どこかを指定することはできないが異次元への扉を開き、そこへ異生物を落とし込むのだ。異次元へ異生物を落とし込む行為を封殺と呼んでいると言っていい。
「読真、まさか‥異次元に行こうとしていたのか?」
読真はうつむいたまま返事をしない。それが無謀なことだとわかっているからだろう。次元の数はいくつあるかわからないし、次元の扉がどこに繋がっているかもわからない。封書士になって異次元への扉を開いたとしても、読真の妹がいる次元かどうかはわからないのだ。
読真はうつむいて拳を固く握りしめたまま、言葉を吐いた。
「両親は‥俺のせいではないと言いました。運が悪かったのだと。こういう事故はどこでも起きているのだと。‥‥だからこそ闘封書士が必要なのだと」
「‥うん。そうだな」
読真はこぶしを握りしめてうつむいたまま動かない。だが、その膝にぱたぱたと水滴が落ちた。水滴はやむことなく落ち続ける。
真秀はもう一度タオルを頭からかぶって顔を覆った。
「だが俺は‥妹の、あの声を忘れられないんです。毎日、毎日。朝起きた時、夜寝る時。必ず響いてくる」
「うん」
読真は握りしめた拳をだん!と床に叩きつけた。
「なぜ、俺は、封書士になれなかったのか‥」
「読真」
真秀は頭からタオルをかぶったまま、読真に話しかけた。
「俺は、本当は闘書士になりたかった。闘字で自分を斬りつけて始末をつけたかった。‥でも俺には封字しか使えなかった」
読真は床に拳をつけたまま、水滴を落としている。
真秀は言葉を続けた。
「おもしれえよな、闘書士になれなかった封書士と、封書士になれなかった闘書士の『闘封』なんてさ。」
真秀はそう言って一度言葉を切った。そしてもう一度口を開いた。
「‥読真。俺はこれからお前と一緒にずっと異生物を封殺し続ける。封殺するときには次元の奥が少し見えるんだ。その時、お前の妹を探す」
読真がふと顔をあげた。頬を伝う涙が、またぱたっと落ちた。
真秀は言葉を続けた。
「だから読真。俺が、異生物になっちまったら‥お前が俺を斬って弱体化させてくれ。頼む」
読真はぐいと頬を拭ってタオルをかぶったままの読真に言った。
「‥‥わかりました」
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