19 / 38
19 鍛錬 二週間経過
しおりを挟む
合宿開始から二週間が過ぎた。折り返し地点だ。
午前の山登りは、当初吐きそうになりながらも無理に続けたおかげか、随分呼吸を楽に往復できるようになってきた。ただ足はまだ走り終わるとがくがくはするが、息が上がって苦しい、ということ自体は少なくなってきた。
小さな異生物をかなりこまめに封殺していったこともあり、読真は「穿刺放擲」をだいぶんうまく使えるようになってきていた。まだ歪みはあるが確実に対象を捉えて遠くまで投げられる。
真秀は「総域留置横拡陣」が少し安定して張れるようになってきた。陣を張る時の体力の減りが、僅かながらなだらかになっている気がする。やはり展開する範囲が大きいのと、複数の異生物を一気に捉えて封殺するための封字なので、なかなか一朝一夕には上達しなかった。
「まあ、少しずつでも成長が見れるのはいいことだよな」
といって自分を慰めていた。
その封字よりも、真秀は新しく考えた封字の方がうまく作用するようになっていた。「砕躯浄空域」という封字で、異生物の身体を砕き、生体エネルギーを削りながらも、そこから発生する瘴気を浄化させる、という封字だ。
作用が複数あるので使えるまでに上達するのは難しいのでは、と二人とも考えていたが、今ではほとんど100%作用させることができる。
ただ、ここには小物の異生物しかいないため、災害級の異生物が相手の場合にどれほどの威力を発揮してくれるかは未知数である。
ここに衛門がいれば相手を頼めたのだが、あれっきり全く姿を見せてこなかった。真秀の血の縛りの事もあるので安易に名前を呼ばないようにはしていたのだが、二週間過ぎても出てこないというのは、何やら不気味なものをも感じさせる。
「最後とかにスゲー強い異生物とかを引っ提げてやってきたりはしねえよな?まさか俺たちを殺してこの地に害を与えるなんてことは‥」
読真はきっぱりと否定した。
「何を考えているか全くわからない酷似次元異生物ですが、錬地外で書士や一般人を害することはありません。衛門はおそらく数百年は生きていると思いますが、この百年くらいは錬地外で衛門が人を害したという報告はありませんから」
「ふーん‥。なんかそれもすっごい不思議だけどなあ」
読真はごくりと麦茶を飲んで、まっすぐに真秀を見た。
「前にも言いましたが‥衛門がおそらく交わしているだろう、人を傷つけない、という契約の対価は‥多分人間の命です。何百年か前に、数人を犠牲として衛門に差し出したのだろうと言われています。書士としてかなり古い家系の人からそういう話が出たことがあったそうです」
読真特製の生姜焼きを口いっぱいに頬張っていた真秀は、喉の奥にそれをつっかえさせうぐぐと目を白黒させた。慌ててコップの麦茶を飲み流し込んでから訊き返した。
「んんっ、ビビった‥え、やっぱり人を食うのか?酷似次元異生物って」
読真は味噌汁を口に運び、こくんと飲み下してから首を傾げた。
「私たちのイメージするような、『食べる』ではないと思いますけど‥何らか人の命を消費したことには間違いはないと思います。だから油断できないんですよ、酷似次元異生物は。なまじ、意思の疎通ができてしまうからつい自分たちと同じ価値観だ、と思ってしまいがちですけどね」
食道に詰まったかのような感じが抜けなくて何度か麦茶を流し込んでいた真秀が、コップを置いてうーんと唸った、
「俺が血をやったのって、結構まずい感じなのかな」
そういう真秀を、読真は急に冷たい目になって薄く睨んだ。
「相当まずいです。研修の時に言われてたでしょう?酷似次元異生物に血や体液、髪の毛や爪などを与えるなと。碌なことにならないんですよ」
正直、座学の時にはぼんやりしていた真秀は気まずい思いをしながら、へへと笑ってごまかした。あの時は、読真の血を取られるくらいなら新人の自分の血の方が損失が少ないと思ったのだ。
恐らく真秀がそう考えて行動したことを、読真自身も理解していて、だからこそこうやっていつまでも怒って心配しているのだ、ということも真秀にはわかっていた。
かなり、わかりにくいが読真は一度懐に入れた人物にはかなり親切だし、情に篤いのではと真秀は思っている。言葉遣いは誰に対しても丁寧語で、一線引いているような接し方だがだからと言って冷たいという訳ではないこともわかってきていた。ただ、それを指摘すると信じられないくらい冷たく怒るという、謎の照れ方をするのだが。
また、読真にも真秀という人間がわかり始めてきていた。
とにかくおおざっぱでよく食べる、誰彼構わず人懐っこく、物怖じしない。文句は言うが、読真の考えたトレーニングメニューはきっちりこなすから、鍛錬に前向きであることもわかっている。
ただ。自分の身の安全を全く気にしない。この鍛錬、異生物の封殺をやっている間もその傾向はみられ、読真は内心憂慮していた。
とにかく自分の身の安全など考えない。小さなけがは全く気にしない。蛭に食いつかれて足からだらだらと血が流れていても「大丈夫大丈夫」と言っていたし、異生物を捉えそこなったときも躊躇なく生身の腕でその異生物を受け止め、ざっくりと切り傷を作っていた。だが「大丈夫大丈夫」とまったく気にしない。病院に連れて行って「異生物の傷は治りにくいんですから気をつけて」と医師に言われても、「あー俺結構治りやすいので大丈夫です」と返すばかりだ。
とはいえそれは事実のようで、その傷も二日ばかりで完治していた。かなり珍しいケースだ。体力や気力の減退は顕著に出ていて、それに対しては辛そうにするのだが怪我に関しては全く辛そうにしない。
真秀についてもらった資料の中には、そう言った記述がなかったのでこれから少し注意して見ていかねばならない、と読真は考えていた。
無論口頭でも注意はしたのだが、このことに関しては頑なに「大丈夫」というばかりであまり聞き入れてくれる感じがしない。
基本、真秀の性格は素直だとみていた読真にはそこが少し引っかかるのだった。
午前の山登りは、当初吐きそうになりながらも無理に続けたおかげか、随分呼吸を楽に往復できるようになってきた。ただ足はまだ走り終わるとがくがくはするが、息が上がって苦しい、ということ自体は少なくなってきた。
小さな異生物をかなりこまめに封殺していったこともあり、読真は「穿刺放擲」をだいぶんうまく使えるようになってきていた。まだ歪みはあるが確実に対象を捉えて遠くまで投げられる。
真秀は「総域留置横拡陣」が少し安定して張れるようになってきた。陣を張る時の体力の減りが、僅かながらなだらかになっている気がする。やはり展開する範囲が大きいのと、複数の異生物を一気に捉えて封殺するための封字なので、なかなか一朝一夕には上達しなかった。
「まあ、少しずつでも成長が見れるのはいいことだよな」
といって自分を慰めていた。
その封字よりも、真秀は新しく考えた封字の方がうまく作用するようになっていた。「砕躯浄空域」という封字で、異生物の身体を砕き、生体エネルギーを削りながらも、そこから発生する瘴気を浄化させる、という封字だ。
作用が複数あるので使えるまでに上達するのは難しいのでは、と二人とも考えていたが、今ではほとんど100%作用させることができる。
ただ、ここには小物の異生物しかいないため、災害級の異生物が相手の場合にどれほどの威力を発揮してくれるかは未知数である。
ここに衛門がいれば相手を頼めたのだが、あれっきり全く姿を見せてこなかった。真秀の血の縛りの事もあるので安易に名前を呼ばないようにはしていたのだが、二週間過ぎても出てこないというのは、何やら不気味なものをも感じさせる。
「最後とかにスゲー強い異生物とかを引っ提げてやってきたりはしねえよな?まさか俺たちを殺してこの地に害を与えるなんてことは‥」
読真はきっぱりと否定した。
「何を考えているか全くわからない酷似次元異生物ですが、錬地外で書士や一般人を害することはありません。衛門はおそらく数百年は生きていると思いますが、この百年くらいは錬地外で衛門が人を害したという報告はありませんから」
「ふーん‥。なんかそれもすっごい不思議だけどなあ」
読真はごくりと麦茶を飲んで、まっすぐに真秀を見た。
「前にも言いましたが‥衛門がおそらく交わしているだろう、人を傷つけない、という契約の対価は‥多分人間の命です。何百年か前に、数人を犠牲として衛門に差し出したのだろうと言われています。書士としてかなり古い家系の人からそういう話が出たことがあったそうです」
読真特製の生姜焼きを口いっぱいに頬張っていた真秀は、喉の奥にそれをつっかえさせうぐぐと目を白黒させた。慌ててコップの麦茶を飲み流し込んでから訊き返した。
「んんっ、ビビった‥え、やっぱり人を食うのか?酷似次元異生物って」
読真は味噌汁を口に運び、こくんと飲み下してから首を傾げた。
「私たちのイメージするような、『食べる』ではないと思いますけど‥何らか人の命を消費したことには間違いはないと思います。だから油断できないんですよ、酷似次元異生物は。なまじ、意思の疎通ができてしまうからつい自分たちと同じ価値観だ、と思ってしまいがちですけどね」
食道に詰まったかのような感じが抜けなくて何度か麦茶を流し込んでいた真秀が、コップを置いてうーんと唸った、
「俺が血をやったのって、結構まずい感じなのかな」
そういう真秀を、読真は急に冷たい目になって薄く睨んだ。
「相当まずいです。研修の時に言われてたでしょう?酷似次元異生物に血や体液、髪の毛や爪などを与えるなと。碌なことにならないんですよ」
正直、座学の時にはぼんやりしていた真秀は気まずい思いをしながら、へへと笑ってごまかした。あの時は、読真の血を取られるくらいなら新人の自分の血の方が損失が少ないと思ったのだ。
恐らく真秀がそう考えて行動したことを、読真自身も理解していて、だからこそこうやっていつまでも怒って心配しているのだ、ということも真秀にはわかっていた。
かなり、わかりにくいが読真は一度懐に入れた人物にはかなり親切だし、情に篤いのではと真秀は思っている。言葉遣いは誰に対しても丁寧語で、一線引いているような接し方だがだからと言って冷たいという訳ではないこともわかってきていた。ただ、それを指摘すると信じられないくらい冷たく怒るという、謎の照れ方をするのだが。
また、読真にも真秀という人間がわかり始めてきていた。
とにかくおおざっぱでよく食べる、誰彼構わず人懐っこく、物怖じしない。文句は言うが、読真の考えたトレーニングメニューはきっちりこなすから、鍛錬に前向きであることもわかっている。
ただ。自分の身の安全を全く気にしない。この鍛錬、異生物の封殺をやっている間もその傾向はみられ、読真は内心憂慮していた。
とにかく自分の身の安全など考えない。小さなけがは全く気にしない。蛭に食いつかれて足からだらだらと血が流れていても「大丈夫大丈夫」と言っていたし、異生物を捉えそこなったときも躊躇なく生身の腕でその異生物を受け止め、ざっくりと切り傷を作っていた。だが「大丈夫大丈夫」とまったく気にしない。病院に連れて行って「異生物の傷は治りにくいんですから気をつけて」と医師に言われても、「あー俺結構治りやすいので大丈夫です」と返すばかりだ。
とはいえそれは事実のようで、その傷も二日ばかりで完治していた。かなり珍しいケースだ。体力や気力の減退は顕著に出ていて、それに対しては辛そうにするのだが怪我に関しては全く辛そうにしない。
真秀についてもらった資料の中には、そう言った記述がなかったのでこれから少し注意して見ていかねばならない、と読真は考えていた。
無論口頭でも注意はしたのだが、このことに関しては頑なに「大丈夫」というばかりであまり聞き入れてくれる感じがしない。
基本、真秀の性格は素直だとみていた読真にはそこが少し引っかかるのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる