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19 鍛錬 二週間経過

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合宿開始から二週間が過ぎた。折り返し地点だ。
午前の山登りは、当初吐きそうになりながらも無理に続けたおかげか、随分呼吸を楽に往復できるようになってきた。ただ足はまだ走り終わるとがくがくはするが、息が上がって苦しい、ということ自体は少なくなってきた。
小さな異生物をかなりこまめに封殺していったこともあり、読真は「穿刺放擲せんしほうてき」をだいぶんうまく使えるようになってきていた。まだ歪みはあるが確実に対象を捉えて遠くまで投げられる。
真秀は「総域留置横拡陣そういきりゅうちおうかくじん」が少し安定して張れるようになってきた。陣を張る時の体力の減りが、僅かながらなだらかになっている気がする。やはり展開する範囲が大きいのと、複数の異生物を一気に捉えて封殺するための封字なので、なかなか一朝一夕には上達しなかった。
「まあ、少しずつでも成長が見れるのはいいことだよな」
といって自分を慰めていた。
その封字よりも、真秀は新しく考えた封字の方がうまく作用するようになっていた。「砕躯浄空域さいくじょうくういき」という封字で、異生物の身体を砕き、生体エネルギーを削りながらも、そこから発生する瘴気を浄化させる、という封字だ。
作用が複数あるので使えるまでに上達するのは難しいのでは、と二人とも考えていたが、今ではほとんど100%作用させることができる。
ただ、ここには小物の異生物しかいないため、災害級の異生物が相手の場合にどれほどの威力を発揮してくれるかは未知数である。
ここに衛門がいれば相手を頼めたのだが、あれっきり全く姿を見せてこなかった。真秀の血の縛りの事もあるので安易に名前を呼ばないようにはしていたのだが、二週間過ぎても出てこないというのは、何やら不気味なものをも感じさせる。
「最後とかにスゲー強い異生物とかを引っ提げてやってきたりはしねえよな?まさか俺たちを殺してこの地に害を与えるなんてことは‥」
読真はきっぱりと否定した。
「何を考えているか全くわからない酷似次元異生物ようかいですが、錬地外で書士や一般人を害することはありません。衛門はおそらく数百年は生きていると思いますが、この百年くらいは錬地外で衛門が人を害したという報告はありませんから」
「ふーん‥。なんかそれもすっごい不思議だけどなあ」
読真はごくりと麦茶を飲んで、まっすぐに真秀を見た。
「前にも言いましたが‥衛門がおそらく交わしているだろう、人を傷つけない、という契約の対価は‥多分人間の命です。何百年か前に、数人を犠牲として衛門に差し出したのだろうと言われています。書士としてかなり古い家系の人からそういう話が出たことがあったそうです」
読真特製の生姜焼きを口いっぱいに頬張っていた真秀は、喉の奥にそれをつっかえさせうぐぐと目を白黒させた。慌ててコップの麦茶を飲み流し込んでから訊き返した。
「んんっ、ビビった‥え、やっぱり人を食うのか?酷似次元異生物ようかいって」
読真は味噌汁を口に運び、こくんと飲み下してから首を傾げた。
「私たちのイメージするような、『食べる』ではないと思いますけど‥何らか人の命を消費したことには間違いはないと思います。だから油断できないんですよ、酷似次元異生物ようかいは。なまじ、意思の疎通ができてしまうからつい自分たちと同じ価値観だ、と思ってしまいがちですけどね」
食道に詰まったかのような感じが抜けなくて何度か麦茶を流し込んでいた真秀が、コップを置いてうーんと唸った、
「俺が血をやったのって、結構まずい感じなのかな」
そういう真秀を、読真は急に冷たい目になって薄く睨んだ。
「相当まずいです。研修の時に言われてたでしょう?酷似次元異生物ようかいに血や体液、髪の毛や爪などを与えるなと。碌なことにならないんですよ」
正直、座学の時にはぼんやりしていた真秀は気まずい思いをしながら、へへと笑ってごまかした。あの時は、読真の血を取られるくらいなら新人の自分の血の方が損失が少ないと思ったのだ。
恐らく真秀がそう考えて行動したことを、読真自身も理解していて、だからこそこうやっていつまでも怒って心配しているのだ、ということも真秀にはわかっていた。
かなり、わかりにくいが読真は一度懐に入れた人物にはかなり親切だし、情に篤いのではと真秀は思っている。言葉遣いは誰に対しても丁寧語で、一線引いているような接し方だがだからと言って冷たいという訳ではないこともわかってきていた。ただ、それを指摘すると信じられないくらい冷たく怒るという、謎の照れ方をするのだが。
また、読真にも真秀という人間がわかり始めてきていた。
とにかくおおざっぱでよく食べる、誰彼構わず人懐っこく、物怖じしない。文句は言うが、読真の考えたトレーニングメニューはきっちりこなすから、鍛錬に前向きであることもわかっている。
ただ。自分の身の安全を全く気にしない。この鍛錬、異生物の封殺をやっている間もその傾向はみられ、読真は内心憂慮していた。
とにかく自分の身の安全など考えない。小さなけがは全く気にしない。蛭に食いつかれて足からだらだらと血が流れていても「大丈夫大丈夫」と言っていたし、異生物を捉えそこなったときも躊躇なく生身の腕でその異生物を受け止め、ざっくりと切り傷を作っていた。だが「大丈夫大丈夫」とまったく気にしない。病院に連れて行って「異生物の傷は治りにくいんですから気をつけて」と医師に言われても、「あー俺結構治りやすいので大丈夫です」と返すばかりだ。
とはいえそれは事実のようで、その傷も二日ばかりで完治していた。かなり珍しいケースだ。体力や気力の減退は顕著に出ていて、それに対しては辛そうにするのだが怪我に関しては全く辛そうにしない。
真秀についてもらった資料の中には、そう言った記述がなかったのでこれから少し注意して見ていかねばならない、と読真は考えていた。
無論口頭でも注意はしたのだが、このことに関しては頑なに「大丈夫」というばかりであまり聞き入れてくれる感じがしない。
基本、真秀の性格は素直だとみていた読真にはそこが少し引っかかるのだった。
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