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14 異生物多発生地域 狭原山
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狭原山、と言われる山の麓に書字士会の持っている宿泊施設はあった。宿泊施設と言っても、定期的にここに溜まる異生物を封殺しに来る『闘封』のための施設なので、いわゆるベッド数は六床と少ない。だが、大きめの浴室やキッチン設備があり、洗濯や掃除に使える家電などはそこそこにいいものが揃えられていて、しばらく泊まり込むのに支障はなさそうだった。
宿泊施設に来る前に、近くのスーパーに寄って生鮮食品を買い込む。きっちり野菜も買い込んでいる読真の姿に、真秀は(読真らしいなあ)と思った。自分なら肉とお菓子ばかりになりそうだ。自分も籠を持ち、ちゃっかりとお菓子を買い込んだ。読真はそれを見て目を細くして睨んでいたが、何も言わなかった。
衛門はどこまでもついてきた。スーパーでも物珍しそうに色々と物色していたが、衛門の姿は万人に見えるわけではないのでそこまで混乱は起きなかった。ただ見える人は時々いて、びっくりはしていたようだった。
狭原山近辺は、とま瘴気ではいかないが多少息苦しさを感じる雰囲気に包まれている。バス停から歩いていく道すがらでも、ごく小さな異生物を何体か見かけた。この調子で溜まっていけば、小型とはいえ、やはり空気は淀むだろう。定期的に封殺しに来ている、というのもうなずける。
読真は、ちらちらと真秀の様子をうかがっていた。あれから二か月近く経っている。おそらく完全に回復したとは思うが、何より心配なのは衛門に血を取られたことだ。今回、わざわざ衛門がついてきたことも少し引っかかる。自分の判断の甘さでそうなった、と読真は思い込んでいるので、自分自身がどうにか対策を立てなくては、と考えていた。
宿泊施設について部屋割りを決め、買ってきたものを冷蔵庫などにしまって鍛錬の計画を立てる。まずは二人とも基礎体力の底上げをしようということで意見は一致し、午前中は走り込みや筋トレなどの鍛錬を中心にすることにした。
午後は闘字、封字の練習と武器の扱いについて鍛錬をしようということになった。
「字通は、弓はどこかで習ってたんですか?」
「いや、弓は完全に自己流。もう変な癖がついてるから弓道習いに行くのもはばかられてさ。‥俺の父が持ってた弓なんだよ、これ」
そう言って真秀は弓字幹をそっとなでた。読真は以前に見た報告書を思い出して、遠慮がちに尋ねた。
「お父さん、て、封書士だったお父さん、ですか?」
「うん。‥これ持ってない時に異生物に遭遇しちゃってね。‥知ってるよな」
「はい。報告書を見ました」
真秀は、からりと読真の顔を見て笑った。何も心に隠していないような、そんな笑い方なのに、読真はその顔を見ると胸の奥がずきりと痛んだ。
「周りにいる人を救うために、父も母も書士道具なしで血闘字とか使ってね。‥おかげでその場所では両親以外死人は出なかった。俺も含めてね」
薄く銀色に光る弦をぴん、とはじく。弦はビイイインと軽やかな音を立てた。
「この弦は異生物の身体の一部からできてるらしい。俺も詳しいことは知らないけど‥だから少ない力でもよく飛ぶんだ。書士試験の時も研修の時も、これにずいぶん助けられたなあ」
いい話をしているはずなのに、全くそう思えない。淡々と語る真秀の口調には何か痛ましいものが含まれている気がして、読真は真秀の顔を見ているのが何だかつらくなった。そんな読真の様子に気づいたのか、真秀が話題を変えてきた。
「読真は字柄だよな。剣道とか習ったのか?」
「俺は一応剣術を少し、念流を使う先生に習いました。‥今は習ってないので、俺も自己流に近いですね」
そう言って真秀は自分の字柄を眺めた。そこそこ使い込んでいるので、柄巻の部分は汚れが少し染みついてしまっている。鍔は丸というよりは正方形に近い形で、小さく龍が象って彫られている。書士具を作る職人が、流文字、という名字にちなんでつけてくれた装飾だった。
使い始めの頃はなかなか闘字は刀身にのらず随分と苦労した。今でも完璧に使いこなせているかと言われれば、錬地での事を考えると自信を持てない。字柄身刀の精度もあげたい、と読真は考えていた。
「小型の異生物が随分いるようですから、一体ずつ倒すようにして技の練度を上げましょう。‥字通は、完全に扱える封字をいくつ持っていますか?」
「完全に、か‥それだと、五つ、くらいかな」
闘字も封字も、決まった文句はない。なぜなら、書士がどれほどその字を「理解」しているかが技の練度に関わってくるからだ。例えばよく知らない、あまり使わない字を闘字や封字として使ってもそれは機能しない。祈念がのらないのである。だから闘字も封字も、どこの国でも母語で使われる。無論、日本で使われるものはひらがなでもいいのだが、ひらがなは表音文字の意味合いが強いため、あまり闘字・封字には向いていないと言われる。使い手はゼロではないらしいが、読真は今までまだ見たことがなかった。
「俺もそのくらいです。今回の鍛錬で、新しい闘字を試そうと思います。出来れば一つは増やしたいと考えています」
「じゃあ俺もそうしようかな。午後は二人で異生物をちょこちょこ封殺していくか」
「そうですね‥」
そこにふわっと衛門が現れた。何もない虚空から姿を現されるのは心臓に悪い。読真は慣れているようだったが、まだ衛門との付き合いの浅い真秀はいちいち驚いてしまい衛門を喜ばせてしまっていた。
宿泊施設に来る前に、近くのスーパーに寄って生鮮食品を買い込む。きっちり野菜も買い込んでいる読真の姿に、真秀は(読真らしいなあ)と思った。自分なら肉とお菓子ばかりになりそうだ。自分も籠を持ち、ちゃっかりとお菓子を買い込んだ。読真はそれを見て目を細くして睨んでいたが、何も言わなかった。
衛門はどこまでもついてきた。スーパーでも物珍しそうに色々と物色していたが、衛門の姿は万人に見えるわけではないのでそこまで混乱は起きなかった。ただ見える人は時々いて、びっくりはしていたようだった。
狭原山近辺は、とま瘴気ではいかないが多少息苦しさを感じる雰囲気に包まれている。バス停から歩いていく道すがらでも、ごく小さな異生物を何体か見かけた。この調子で溜まっていけば、小型とはいえ、やはり空気は淀むだろう。定期的に封殺しに来ている、というのもうなずける。
読真は、ちらちらと真秀の様子をうかがっていた。あれから二か月近く経っている。おそらく完全に回復したとは思うが、何より心配なのは衛門に血を取られたことだ。今回、わざわざ衛門がついてきたことも少し引っかかる。自分の判断の甘さでそうなった、と読真は思い込んでいるので、自分自身がどうにか対策を立てなくては、と考えていた。
宿泊施設について部屋割りを決め、買ってきたものを冷蔵庫などにしまって鍛錬の計画を立てる。まずは二人とも基礎体力の底上げをしようということで意見は一致し、午前中は走り込みや筋トレなどの鍛錬を中心にすることにした。
午後は闘字、封字の練習と武器の扱いについて鍛錬をしようということになった。
「字通は、弓はどこかで習ってたんですか?」
「いや、弓は完全に自己流。もう変な癖がついてるから弓道習いに行くのもはばかられてさ。‥俺の父が持ってた弓なんだよ、これ」
そう言って真秀は弓字幹をそっとなでた。読真は以前に見た報告書を思い出して、遠慮がちに尋ねた。
「お父さん、て、封書士だったお父さん、ですか?」
「うん。‥これ持ってない時に異生物に遭遇しちゃってね。‥知ってるよな」
「はい。報告書を見ました」
真秀は、からりと読真の顔を見て笑った。何も心に隠していないような、そんな笑い方なのに、読真はその顔を見ると胸の奥がずきりと痛んだ。
「周りにいる人を救うために、父も母も書士道具なしで血闘字とか使ってね。‥おかげでその場所では両親以外死人は出なかった。俺も含めてね」
薄く銀色に光る弦をぴん、とはじく。弦はビイイインと軽やかな音を立てた。
「この弦は異生物の身体の一部からできてるらしい。俺も詳しいことは知らないけど‥だから少ない力でもよく飛ぶんだ。書士試験の時も研修の時も、これにずいぶん助けられたなあ」
いい話をしているはずなのに、全くそう思えない。淡々と語る真秀の口調には何か痛ましいものが含まれている気がして、読真は真秀の顔を見ているのが何だかつらくなった。そんな読真の様子に気づいたのか、真秀が話題を変えてきた。
「読真は字柄だよな。剣道とか習ったのか?」
「俺は一応剣術を少し、念流を使う先生に習いました。‥今は習ってないので、俺も自己流に近いですね」
そう言って真秀は自分の字柄を眺めた。そこそこ使い込んでいるので、柄巻の部分は汚れが少し染みついてしまっている。鍔は丸というよりは正方形に近い形で、小さく龍が象って彫られている。書士具を作る職人が、流文字、という名字にちなんでつけてくれた装飾だった。
使い始めの頃はなかなか闘字は刀身にのらず随分と苦労した。今でも完璧に使いこなせているかと言われれば、錬地での事を考えると自信を持てない。字柄身刀の精度もあげたい、と読真は考えていた。
「小型の異生物が随分いるようですから、一体ずつ倒すようにして技の練度を上げましょう。‥字通は、完全に扱える封字をいくつ持っていますか?」
「完全に、か‥それだと、五つ、くらいかな」
闘字も封字も、決まった文句はない。なぜなら、書士がどれほどその字を「理解」しているかが技の練度に関わってくるからだ。例えばよく知らない、あまり使わない字を闘字や封字として使ってもそれは機能しない。祈念がのらないのである。だから闘字も封字も、どこの国でも母語で使われる。無論、日本で使われるものはひらがなでもいいのだが、ひらがなは表音文字の意味合いが強いため、あまり闘字・封字には向いていないと言われる。使い手はゼロではないらしいが、読真は今までまだ見たことがなかった。
「俺もそのくらいです。今回の鍛錬で、新しい闘字を試そうと思います。出来れば一つは増やしたいと考えています」
「じゃあ俺もそうしようかな。午後は二人で異生物をちょこちょこ封殺していくか」
「そうですね‥」
そこにふわっと衛門が現れた。何もない虚空から姿を現されるのは心臓に悪い。読真は慣れているようだったが、まだ衛門との付き合いの浅い真秀はいちいち驚いてしまい衛門を喜ばせてしまっていた。
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