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9 酷似次元異生物 衛門

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封字陣がふわあっと浮かび上がり、大型異生物の身体を包み込む。異生物がその動きを封じられ、そこから逃れようともがき暴れた。
その時、封字陣がバラッと崩れ落ち異生物の身体から消えた。
「だめか」
そう呟く真秀の顔色はかなり悪い。あと100mの距離を二人で身体を支え合いながら出口まで移動してきた。あとわずかのところで封字陣が消えてしまった。
二人で言葉もなく大型異生物を見つめた。大型は身体に受けたダメージをまだ回復しきれていないようで、四本の腕で空をかきながらもがいている。この隙に出口まで必死に這いながら進んだ。
ようやく出口にたどり着き、緊急ボタンを押す。がた、という音がして扉が開いた。ほっと二人が安堵した時、開いた扉と二人の間、そのわずかな隙間にふっと人影が立った。読真はその顔を見て、思わず息を呑んだ。声が出ない。
(衛門‥‥!)
衛門はにこりと笑って立っていた。いつも通りの麻の着流しだが、金髪は括られておらず、背中でゆらゆらと輝き広がっているのが見える。衛門を見たことのない真秀も、その異様な様子に身体を緊張で強ばらせている。
「どこに行くの?読真。まだ私と鍛錬をしていないよ?」
そう言って扉の前に立ち塞がる。読真は背中に冷や汗が滲むのを感じた。喉がからからになって張り付いているようだ。無理にも唾液を嚥下して、何とか声を絞り出す。
「‥‥俺たち、二人とも負傷しました。‥これ以上の続行は不可能だと判断し、鍛錬を中止します」
「へええ」
衛門の金色の瞳がきゅうっと絞られ、縦の瞳孔が見えた。ぞわりと背中に悪寒が奔る。
「私と鍛錬する約束でしたよね」
「‥俺のせいだ、読真は悪くない」
横から真秀が声を絞り出してきた。封殺でかなり体力を削られたはずなのに、必死で声を継いでくる
「だから、責めるなら、俺だ」
「‥ふうん」
ふわり、と浮き上がってくるりと回転し、逆さまになって顔をぐうっと真秀の方に近づける。その唇は弧を描き笑顔を作っているが、全くそのような気配を感じさせず、むしろただただ畏怖を感じさせる顔だった。
「私がお前を責めていいということ?‥‥殺してもいいという事か?」
「衛門!」
その声の調子にぎくりとして、思わず読真は真秀を後ろにかばい、前に出た。衛門の顔が読真の腹辺りに来る。衛門はとん、と読真の腹に軽い頭突きをしてから、またくるりと体勢を戻して浮かび上がり、今度は読真の顔の真ん前に顔を寄せる。
「この子を殺されるのは嫌なのだなあ、読真」
「‥無論です」
「しかし私との約定を破るか」
くっと息をつめる。酷似次元異生物ようかいと安易な約束などするものではなかった。自分はどれだけ慢心していたのだろう。短い期間で「えい」になったからと思いあがって、色々に油断をしていたのではないか。酷似次元異生物ようかいは約束や契約を異様に重視する。かれらに嘘やごまかしはきかない。
「‥何を、希望しますか衛門。俺は今、戦える状態にない」
衛門は笑顔のまま、すうっと目を細めた。
「‥対価を出すのじゃな。‥ふふ」
また空でくるりと一回転する。何やら嬉しそうだ。手を伸ばして読真の顔を人差し指でつうっとなぞった。その爪がシュル、と伸びで鋭い刃のようになる。
「血をもらおうか、読真」
ぐ、と返事に詰まる。酷似次元異生物ようかいに血や体液を与えるな、とは書字士会から口を酸っぱくして言われていたことだからだ。血や体液によって、酷似次元異生物ようかいはこちらの生き物を縛ると言われているようで、そうならないように禁忌としているということだった。
躊躇っている読真の顔に、もう片方の手も伸ばし、両方の頬に爪を当てる衛門。
「よいな?」
そう言って冷たく瞳を輝かせる。
「俺の血を取れ」
横から声がした。真秀がいつの間にか、親指を傷つけ血を垂らしている。そして血のにじんだ手で衛門の腕を掴み、その血をすりつけた。
ぼわ、と薄い光が放たれ血は衛門の腕に吸収される。衛門は細い眉を少し寄せて、真秀を見た。
「‥余計なことをする」
苦々し気にそう言ったが、するりと読真の顔から手を離した。
そのまますうっと高く浮かび上がる。
「仕方ない、‥字通真秀あざとりまほろの血に免じて今日は退こう。じゃが‥いつか必ず、殺し合おう」
そう言って衛門はふっとかき消えた。
それを確認すると読真は引きずるようにして真秀を抱え、扉の向こうに滑り込んだ。すぐさま扉を閉める。
「何てことをしたんですか!!」
かすれた声で真秀を怒鳴りつけた。真秀はもう起き上がることもできずに床に転がったままだ。
酷似次元異生物ようかいに血や体液を与えるな、と書字士会に言われていなかったんですか?‥今後、衛門がどのようにあなたを利用するかわかったもんじゃないんですよ!」
真秀は顔を何とか読真の方に向けた。顔色は最悪に悪いが、何と少し微笑んでいる。
「‥この状況は、俺のせいだから、いいんだ。‥読真の方が書士としては力がある。その読真が、血を取られるよりは、俺の方がましだ」
そう言うと「ああ、もう、無理‥」と呟いて目をつぶった。
読真もその場にへたり込んで目をつぶった。もう、何をする気力も体力も残っていない。扉の横に設置されている緊急救援ボタンを押して、廊下に倒れ込んだ。

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