上 下
3 / 51

3 封書士 字通真秀

しおりを挟む
H大学のキャンパス内で、読真は今まで来たことのないR棟に来ていた。読真は書道学科なのであまりここには来たことがない。ここは歴史学科関連の棟で、あまり知り合いもいない。
資料を見て連絡を取り、ここで待ち合わせをしているのだが、読真は顔立ちの良さやスタイルの良さでどうしても目立ってしまい、遠巻きに眺めながらひそひそと話す女子学生に囲まれていた。当人は全く気にしておらず、相手の姿を探していたのだが。
R棟の入り口前の木が三本ばかり植えられている小さなスペースで、きょろきょろと周りを見回していると、ぽん、と後ろから肩を叩かれ、はっとした。
すぐさま振り向けば、そこには柔らかい顔で微笑む男の顔があった。

「ごめん!待たせたか?俺が字通真秀あざとりまほろです!」
読真は驚きのあまりすぐには返事ができなかった。後ろから見知らぬものにここまで近づかれたのはこの一年なかったことだったからだ。だがそんなことを悟らせたくない。何事もなかったかのように、自らも自己紹介を始めようとした。
「初めまして、俺は流文字‥」
「読真くんだよな!聞いてる。君のお父さんに仲良くしてやってって言われてるんだ!よろしく!」
‥‥くそ親父何を吹き込んでやがる。
「少し、移動して話しませんか」
「いいよ!どっかでお茶でもする?R棟にカフェがあるんだ」
「‥じゃあ、そこで」
案内するよ、と軽やかに歩き出す男をしみじみ眺めた。
背は読真より幾分低いようだが、身体はよく鍛えてあるように見える。歩き方にも隙がなく、体幹がしっかりしている。少し明るめの栗色の髪に栗色の瞳はアーモンド形で大きい。そのせいで幾分か童顔に見える。眉は太く、唇は厚い。全体的に犬のようなイメージの男だった。
この男が『封字』を書けるイメージが湧かない。
案内されたカフェは広い空間で、そこそこ学生もいたことから気兼ねせずに話せる雰囲気だった。飲み物を購入して席に着く。まず始めが肝心だと思って読真は切り出した。
「父が何を言ったかは知りませんが、俺とあなたは仕事の付き合いになります。そこはわかっていてください」
「‥え?流文字部長には大学でも仲良くしてやってくれって言われたけど‥」
真秀は大きな目を見開きながら小首をかしげた。やめろ、いかつい男のそういう仕草は気色悪い。そう思いながら読真は言葉を続けた。
「それは無視してもらって構いません。‥研修は済んでるんですか?」
「うん、先週『闘封』の現場を二回見せてもらったよ。すごいなあ!俺びっくりしちゃった。異生物ってまだそれ入れても四回しか見たことないんだ」
研修以外でも異生物に遭遇したことがあるのか。‥ん?
「研修以外での二回、はどのような状況で‥?」
「うん、一回目は十歳の時、自宅近くで。二回目は去年、学校の近くでだった」
笑顔を崩さず淡々と答えてくる真秀の姿と、手元の資料の内容が合致しない。
真秀が言う「一回目」の時には、対処したのは『闘封』だった真秀の両親であり、その時の怪我が元で二人とも亡くなっている。
「二回目」の去年は、まだ封書士でもなかった真秀が、偶然居合わせた異生物対処現場で『封字』陣の構築に関わり封殺した、とあった。
だが真秀は何の感情も載せてこない。ただ、にこにこと笑っているだけだ。
「‥辛い事をお尋ねしたかもしれません。‥すみません」
謝る読真に、慌てて手を振り「いやいや全然だから!」とフォローまでしてくる。
なかなか読めない人物だ。
「‥俺は今、闘書士「鋭」なので、一応位階はあなたより上です。緊急の場合などは俺の指示に従ってもらうことになりますけど、いいですか?」
真秀は笑顔のまま、うんうんと頷いている。
「もちろん!俺まだ自分では現場に行ったことないし、色々教えてもらえると助かる」
‥声がでかいな。
「声、デカいですね」
あっ、という顔をして真秀は慌てて両手で口を塞いだ。そのまま
「ごめんよくいわれるんだ・・」
と話す。さっきまでの身を乗り出すような勢いが薄れ、叱られた大型犬みたいにしょげている。
変なやつだな。
「‥気になったら言います。‥俺にも何か気になることがあったら言ってください。あなたが封書士「カン」になるまでは組の解消ができないそうなので」
読真がそう伝えると、さっきまでしょげていたのが噓のように顔を輝かせてこちらを向いた。
「え、じゃあタメ口で話そうぜ!同い年だよな?」
「いえ、これは俺の普通なので」
きっぱりと断った読真に、驚いた顔のまま真秀は止まっている。それに構わず読真は話を進めて行く。
「現場に出る前に、色々打ち合わせや動きなども見ておきたいのですが。今日か明日、いつなら空いてますか?」
固まったままだった真秀が、そう言われてようやく口を開いた。
「‥読真くんさ、友達いないんじゃね‥?」
「心配していただかなくても大丈夫です。いつなら空いてますか?」
「とりあえずおれの事は真秀って呼んでくれな。おれも読真って呼んでいい?」
こいつ‥俺の話に全然返事しねえな‥
「先に、今日と明日いつなら空いてますか!?」
「どっちも空いてるぜ読真!」
ニコッと笑ってみせる真秀を見て、俺はこいつとは合う気がしない、と絶望的な気持ちになる読真だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

あの世とこの世の狭間にて!

みーやん
キャラ文芸
「狭間店」というカフェがあるのをご存知でしょうか。 そのカフェではあの世とこの世どちらの悩み相談を受け付けているという… 時には彷徨う霊、ある時にはこの世の人、 またある時には動物… そのカフェには悩みを持つものにしか辿り着けないという。 このお話はそんなカフェの物語である…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...