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悪徳弁護士

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 茉莉花の父は、祥太を仏間に案内した。

「介護って大変ですよね。うちも祖母が要介護ですので、ご苦労はお察しします」

「介護だなんて。うちはそこまでではありませんよ。ちゃんと自分で歩いて家事もしているようですし」

「おや、そうですか。今、リハビリに行ってるようですが」

「年を取れば病院に行くことなんて珍しいことじゃないでしょ」

 茉莉花の父はそう言って鼻で笑う。


 なるほど、認識が全くずれているようだ。

 当事者意識がまるで無い。


「ところで、茉莉花さんや亮子さんとは一緒に住んでいないのですか?お仕事の関係とか?」

「いえ、違いますよ」

 そう言ったきり、茉莉花の父は何も言わない。何も話す気が無さそうだ。


「ところで、話というのは?」

 茉莉花の父が、少し苛ついているように催促する。

 祥太は笑顔を崩さない。

「いえ、私は全然詳しくないんですがね。茉莉花さんに、友人として相談を受けまして」

 詳しくない。友人として。

 大事な前置きなので強調しておく。

「茉莉花さんがこの家のバリアフリー工事の為にバイトを増やしていると聞きまして。補助金やら何やらについて調べてたんですよ。お金のことですので、一度お父様にもご相談なさったらと言ったのですが……」

「いや、確かに茉莉花が前にそんな事を言っていた気がするが……。あれ、本気だったのか?」

 少し茉莉花の父は驚いたように言う。

「あれ、ご存知なかったんですか?」

「いや、聞いてはいたが。別にまたそんなの不要でしょう。見たでしょう。まだまだうちの母は元気ですから」

 茉莉花の父は少しバツが悪そうに、しかしはっきりと言い切る。

 その言葉を待っていたかのように、祥太は口を開いた。

「全くですね。とてもお元気で羨ましい。しかし、実際に転倒事故が発生して入院する羽目になっていますし。その前にも風邪をこじらせて入院されていますよね?全部茉莉花さんがお世話をしているようですが。これは介護には入らないんですかね?いや、私は全く詳しくないんですが……」

 畳み掛けるように続ける。

「子供や孫に、祖父母の介護義務があるのはご存知ですか。例え不仲の親子でも法律上は拒否できないらしくて、結構問題にもなってるみたいですね。いや、私はこの分野は全然詳しくないんですがね。だだ、これはチラッと聞いたことがある話なんですが、親の介護を放棄すると、保護責任者遺棄致罪よ該当する可能性もあるとか無いとか……。いや、今回は何とも無くて良かったですが、前のように転倒していて、それを無視していたら……どうなってましたかね?いや、私はあくまでも茉莉花さんの友人として、心配でして」

「……それは……」


 茉莉花の話によれば、茉莉花の父はちゃんとお金は出しているらしいので、こんな事で保護責任者遺棄致罪に当たるなんて到底無理な話だろう。

 こんな事、仕事として弁護士として言っていたら事務所のボスに大目玉を食らう。あくまで、友人として、詳しくはわからないけど、と言うことでいい通しているが、さっき渡した弁護士の名刺が効いて相手は動揺するはずだ。まあ、弁護士倫理には多少引っ掛かりそうだが……。


「ですから、一度ちゃんとバリアフリーの話は検討した方がいいと思うんですよ。転倒防止の対策をすれば、放棄なんて見なされないと思いますし、何より亮子さんの為にも茉莉花さんの為にもなります。あ、料金なんですが、私の知り合いの工務店の見積もりでよろしければこちらに……」


「こらっ!悪徳弁護士!!」


 これから本番、というところで、とつぜん後ろから小突かれた。

 茉莉花が立っていて、怖い顔をしている。

「何うちの親脅してくれてんの?」

「いや、脅しては……」

「介護義務は、金銭援助だけで十分果たせるし、保護責任者遺棄致っていうのは、一人で何も出来ない人にご飯食べさせなかったりとかそんなレベルでしょ。知っててわざと変な事言ってるでしょ」

 思ったよりも詳しい茉莉花に、祥太はぽかんとした。

 茉莉花は不貞腐れた顔で言う。

「何よ、法律調べるのは弁護士の特権じゃないでしょ。私も調べたことあるの。……同じようにしてお父さん脅そうかと思って」

「茉莉花、脅すって……」

 茉莉花の父は、困惑した顔を向けた。

「ちゃんと話してくればいいじゃないか。工事の件だって、本気だとは思ってなかったぞ」

「それだよ!!」

 茉莉花は叫ぶ。

「だってお父さん、おばあちゃんの事になると、聞きたくないってこと丸出しで、全然まともに取り合ってくれないじゃん!私は、おばあちゃんウザいけど、たまに嫌になるけど、別にお父さんみたいに出ていきたい程じゃない。でも!お父さんに……家族に何も相談出来ないのは辛いの!!ずっと辛かった!!」

「別に、聞きたくないなんて……」

「今日だって!別に四六時中おばあちゃんを見てあげてなんて言ってないじゃん。何かあったら念の為確認してって言ってるだけじゃん。それなのに電話一本すら入れてくれないの?
他人のはずの智紀くんがタクシー使ってまで帰るように言ってくれるのに。何も無かったら自分もタクシー代出すから帰れって言ってくれるのに……」

「他人だからこそ心配するって時もある。智紀と比べることで、お父さんを責めないであげて下さい」

 祥太は口を挟むように、茉莉花に優しく言った。


 そして今度は、茉莉花の父に向き合った。

「罪悪感の問題だと思います」

「罪悪感?」

 茉莉花の父は険しい顔をした。

「申し訳ありません、余計な口出しを。ただ、おそらくお父様は、亮子さんと茉莉花さんの生活費として十分にお金を出しているのでしょう。それで、保護責任としての責任は十分果たしている。でも自分は亮子さんが苦手で家を出ていった一方で、孫の茉莉花さんは一人残って亮子さんの世話をしている。まるで、茉莉花さんに世話を押しつけて自分は逃げたようだ。そんな罪悪感から目をそらすように、亮子さんの件での相談をまともに聞きかくなかったのでは」

「関係ない人は黙っていてくれないか」

 茉莉花の父は、そう言って祥太を睨む。

 しかし祥太は続けた。

「すみません、これで最後です。私は、お父様に、別にこの家に戻るべきだとか、亮子さんと仲良くしてほしいなんて言うつもりはありません。人には人の事情がありますので。ただ、茉莉花さんと、ちゃんと話し合ってほしいと思っています」

 そう言い切ると、祥太は深々と頭を下げた。

「友人として、私は茉莉花さんが楽しく笑っているのが好きなのです。何卒、よろしくお願いします」


 祥太は頭を上げると、仏間を出ていった。


 残った二人で有意義な話し合いをしてくれれば、お金のみで解決しなくて済むのであれば一番いい。

 祥太はそう思いながら、今度は亮子のいる居間に向かった。




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