41 / 58
スケコマシじゃん
しおりを挟むそれから、精力的なさち子の頑張りで、すぐに衣装は完成した。
休みの日、智紀は茉莉花の家に向かっていた。亮子に完成した衣装を見せに行くのだ。
茉莉花はバイトらしいが、「おばあちゃんに言っておくから」と言われて、亮子だけの家に行くことになってしまった。
正直、愛想がない亮子と二人きりは緊張する。
「ごめんください」
智紀は玄関を開けながら挨拶した。
居間のほうから、亮子が顔を出した。
「勝手に入って。足がまだ悪いんだ。私はそっちまで出迎えないから」
「あ、はい失礼します」
智紀はおそるおそる玄関から居間の方へ向かった。
「これ、ばあちゃん最近作るのにハマってて。よかったらどうぞ」
智紀はお土産のお菓子と一緒に、亮子に毛糸のアクリルタワシを差し出した。
亮子は鼻で笑う。
「デイサービスでよく作らされる奴だな。まあ消耗品だからいくらでも使うけど、正直、安いスポンジ買ったほうが割安だろうに」
そう言いながらも、亮子は丁寧に受け取る。
「ピンクと青って、派手だねえ。微妙に色合いも合ってなくないか」
「どうも、概念グッズらしくて」
「何だそれは」
「わかりません」
智紀は正直に答える。
「わかんないんですけど、ばあちゃんはこの色で作りたいらしくて。あ、亮子さんも、何か作ったりとかするんですか?浴衣の縫い方、凄く丁寧だって、ばあちゃん言ってましたけど」
智紀の言葉に、亮子は暗い顔になった。
「作ったって、ゴミになるだろ。作っても邪魔だからって言われるだけさ」
「邪魔?」
智紀は首を傾げた。そして、ぽんと手を叩いた。
「ああ、使わないって事か」
軽く言う智紀に、亮子はムッとした顔をした。智紀は其れに気づかずに笑いながら続ける。
「そりゃ使わないよ、って人もいるかもしれないですけど。別にゴミって事は無いと思います」
「ゴミではない、か」
亮子は独り言のように呟く。
おもむろにゆっくりと立ち上がると、奥の方へ行き、何やら小さなカバンのようなものを持ってきた。衣装の裏地に使った布と同じ柄だ。
「ほら、これ、裏地に使って余った布で作った。どうせさち子さんからもらった布だし、孫に返せれば一番かと思ったんだが。邪魔なら捨ててもいい」
そう言って渡してきたのは、小さなサコッシュだった。
「えっ!凄っ。いいんですか!?」
「私が好きで作っただけだ。いらないならゴミにしてくれ」
「ゴミになるわけないじゃないですか!うわ、すげえ。スマホ入れに丁度いいサイズだ」
「……茉莉花がそんなのを持っていたから、若い子はそういうのが好きなのかと」
「本当にいいんですか?ありがとうございます!」
智紀のはしゃぎぶりに、亮子は硬くしていた表情を少し和らげた。
「あ、忘れるところでした。これ、完成したんです」
智紀は衣装を取り出した。
亮子はその衣装を受け取ると、さち子の縫った場所をマジマジと見つめた。
「ほう、なるほど、こうして縫えば縫い目が目立たないのか。なるほどなるほど」
「時間はかかりましたけど、縫えて良かったです」
そう言いながら智紀は亮子から衣装を返してもらうと、袖を通してみせた。
「いかがでしょうか」
「いいんじゃないのか」
亮子は素っ気ない。
「和服は誰にでも似合うもんだ。馬鹿みたいにチャラチャラした髪色をしてなければな」
茉莉花の金髪の事を言っているのか、祥太の青い髪を言っているのか。まあどちらもだろうな、と智紀は曖昧に笑ってみせた。
「髪染めるの、やっぱり許せないんですか?」
「許せないとかじゃない。何であんな意味がない事をするんだ。茉莉花なんて本当はとても綺麗な黒髪なんだ。私は小さい時からずっとあの綺麗な髪を手入れしてあげてきたんだ」
亮子はそっぽを向きながら言った。
「茉莉花は小さい時からすぐに肌がカサカサになるから、いつも馬油を塗って手入れしてあげてきたんだ。だから今は茉莉花の肌はとてもきれいなんだ。なのに何であんな馬鹿みたいに塗りたくってるんだ。息子や嫁がちゃんと見てやらないから、だからあんな風に……」
「茉莉花さん、とっても美人だと思います」
智紀はすぐに言った。言ったあと、妙に恥ずかしくなってしまった。
「あの、その。うん、その、だから」
何を言いたいのか、智紀にもわからなくてモゴモゴしてしまう。
亮子は小さくため息をついた。
「悪かったね。気を使わせた。その着物、智紀くんにとても似合う。見せに来てくれてありがとう」
そう言って、おそらく初めて、亮子は智紀に笑いかけた。
それからすぐに、帰り支度をして智紀は玄関に向かう。
玄関まで見送りに来た亮子は、智紀に顔を合わせないまま、言った。
「さち子さんからもらった布、まだ余っている。あのチャラチャラした男の分も必要か?」
「えっ?兄貴のも作ってくれるんですか?」
「別にあの男の為じゃない。布が余っているのが勿体ないだけだ」
典型的なツンデレ女子のような言い方に、少しだけ智紀は笑ってしまった。
「いらないなら別に」
「いえ。喜ぶと思います。是非お願いします」
「他にほしいのはないか?がま口とか座布団くらいなら作れる」
亮子がそう言った時だった。
「あらぁ、おばあちゃん、竹中くんに貢いでんの?弟ちゃん、意外にスケコマシじゃん」
バイトから帰ってきたらしい茉莉花が、玄関に現れてニヤニヤしながら言ってきた。
「茉莉花、何だいその言い草はっ!」
「冗談なのにそんなに怒らないでよ。弟ちゃん、今日は来てくれてありがとうね」
茉莉花は靴を脱ぎながら言った。
「おばあちゃんも、実はその浴衣、どうなったか気にしてたからさ」
「気にしてなんかいないよ」
「はいはい。わかったわかった」
茉莉花は適当になだめる。
「じゃ、準備はもしかして全部揃ったかな。そろそろやろうね。時間つくるよ」
茉莉花はそう言って、智紀の肩を叩いた。
その言葉に智紀は一気に緊張する。
始まる。撮影が。
14
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
さよならまでの六ヶ月
おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】
小春は人の寿命が分かる能力を持っている。
ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。
自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。
そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。
残された半年を穏やかに生きたいと思う小春……
他サイトでも公開中
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる