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粗く、でも丁寧な縫い目

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 ※※※※

 次の日、智紀は茉莉花に事情をメッセージに入れて、衣装を縫うのをさち子にやらせてもらえないかと頼んだ。


「実はさ、おばあちゃんお直しくらいなら出来るんだけど、その裏地?をやるの初めてみたいでさ、何か四苦八苦してて時間かかっててさ。でも今更自信ないとか言えなさそうだったんだよね。もしその事情話したら、おばあちゃんのプライドも傷つかないし、こっちも助かるよ」

 茉莉花はそう快諾してくれたので、智紀は途中まで出来上がっている衣装を学校帰りに取りに行った。


「ワガママな人だね」

 亮子は呆れたように言いながらも、

「まあ、少し気持ちはわからないでもない」

 と頷いていた。


 家に帰ってまっすぐにさち子の部屋へ向かう。

 さち子は昨夜の事など忘れているかのように、いつものように明るくおかえり、と智紀に声をかけてきた。

 ちょうど帰るところだったらしいヘルパーさんもいた。

 ヘルパーさんは、智紀を見ると、ちょっと真面目な顔で近寄って、小声で言った。

「今日さち子さんが言ってたんですけど、さち子さん智紀くんの浴衣縫うって本当ですか?」

「あ、縫うっていうか、ほとんど出来上がってて一部だけ。俺も手伝うし」

「正直、ベッドの上での針仕事はオススメしないんですけどね」

 ヘルパーさんはちょっと険しい顔をしている。

「そりゃ手芸は、認知症予防にもなるし、ストレス解消にもなるし。でも針は本当に危ないので、絶対にやってる時はちゃんと見ててあげてください。針を落としたりしたらすぐに拾って」

「は、はいっ。わかりました」

 やっぱり昨日適当に言ってしまったのはヤバかったんだろうか、も智紀は少し反省した。しかしヘルパーさんはすぐにまた笑顔になった。

「でも、縫う話をしてた時、さち子さん嬉しそうでしたよ」

「そう、ですか」

 それを言われると、智紀はホッとする。

「あ、あとコスプレ撮影でしたっけ?あれやる時早めに教えて貰えれば、こちらも助かります。うちのデイサービス、1日だけとかもやってますので利用してみてもいいんじゃないですかね?あ、よければこれ、資料です。ご家族と相談して頂いて」

「あ、はは……相談して検討します……」

 そういえばヘルパーさんにも話が行ってたな、と思い出して、智紀は変な汗をかきながら曖昧に返事をした。


 ヘルパーさんが帰り、智紀はいそいそとさち子に浴衣を広げてみせた。

「ばあちゃん、これ、早速やろう。途中まで亮子さんがやってくれてたけど」

「どれ」

 さち子は中途半端になっている衣装を手にとって、ゆっくりと広げてみた。

「あー、なるほど。こうしたんだね。亮子さんは丁寧な仕事する人だね」

 さち子が衣装を確認している間に、智紀は棚からさち子の裁縫箱を持ってきた。

「智紀、針に白い糸通して渡してくれるか」

「うん」

 智紀は言われたとおりに針を手に取る。

「ちょっと待ってね。俺あんまり針慣れてなくて……あれ、入んない……」

 智紀が針に糸を通すのに手こずっていると、


「貸せ。不器用」

 後ろに祥太が立っていて、手を伸ばしている。

「あれ、兄貴おかえり。今日随分と早くない?」

「昨日遅く帰ったから今日は早く帰ることにした。ワークバランスが大事だからな」

 祥太は素っ気なく言ったが、おそらく昨夜の事が気になって早めに上がってきたのだろうというとこは、智紀にはすぐに分かった。

「ほら、そんな糸ごときに時間をかけるな。貸してみろ」

「分かったよ」

 智紀は素直に祥太に針と糸を渡す。

 祥太はすぐに片目をつぶりながら、糸をグリグリと針に押し付けていたが、すぐに「非効率だ」と呟いて、裁縫箱を漁り出した。

「糸通しという素晴らしい道具があるんだからそれで糸を通せばいいだけの話だ」

「兄貴、出来ないからってダサ」

「ふん、お前も出来ないくせに。……あれ、ばあちゃん、裁縫箱に糸通し入ってないが?」

「もう何年も使ったこと無いから、無くしたかもしれないね」

「嘘だろ」

「はは、兄貴、更にダサ」

「うるさいな」

「喧嘩するな。ほら、私がやるよ。全く、不器用な子たちだな」

 さち子に言われて、祥太は渋々針と糸を渡す。ふるふると震え、少し時間をかけながらもスッと糸を通すと、さち子は少し二人に笑いかけた。

「まだまだ、現役だろ?」

「全くだ。智紀、縫うのを手伝うとか言って、このままじゃ全然手伝えないんじゃないのか?」

 祥太がイジるように言うので、智紀は口を尖らせた。

「兄貴に言われたくねえし」

「ふん、ほら、ばあちゃん縫うから、そっち広げてやれよ」

「え?ここ?」

「智紀、逆だ。祥太も手伝え。こっちを広げてくれ」

「分かったよ」


 三人はてんやわんやしながら衣装を縫っていく。

 二十分ほどで、さち子の疲れがきてしまって中断するまでに縫えたのは、わずかに数センチだった。


 それでもさち子は縫えた。

 智紀は、さち子の、昔より粗く、でも丁寧な縫い目をそっと撫でた。



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