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そのために私達がいる

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 さすがにそれは面白すぎる、と幸田に言われて、やはり客観的に見てもさち子の望みはなかなか高レベルな事を再確認した。


「ばあちゃん、ただいまー」

 家に帰るなり、智紀は漫画本を渡そうとさち子の部屋に向かった。


「こんにちは。おかえりなさい」

 さち子の部屋にはヘルパーさんがいた。

 夕方の食事を手伝っている最中だったようだ。

「お疲れ様です」

 さすがにヘルパーさんのいる前でBL本を渡すのは気が引けるので、智紀は漫画本を鞄に隠してさち子の部屋に入った。


「お、今日の食事、いい匂いするね」

 嚥下機能が下がってきたさち子の夕飯は、小間切れにされていて、なんの料理なのかはわからない。でも、まだ自分で食事を取れるんだからいいほうだ、ヘルパーさんが説明してくれたことがある。

「あの、俺も手伝っていいですか」

 そう言うと、ヘルパーさんはニッコリと笑って頷いた。そして、食べさせ方を指導してくれる。

「基本的にさち子さん自分で食べれますから。難しそうなのだけ、ちょっと体をこうして支えてあげれば」

「なるほどばあちゃん、食べづらかったらすぐにヘルパーさんに代わるから」

 教えてもらったとおりやってみるが、緊張と持ち前の不器用さで結構こぼしてしまう。

 さち子一人で食べるほうが楽なんじゃないかと思ってしまい、ペコリと凹みながら智紀は言った。
「ごめん、やっぱり俺下手だわ」

 するとさち子はニヤリと笑った。

「そりゃヘルパーさんはプロだからね。智紀の介護は足元にも及ばないよ」

「うう、ごもっとも」

 言われた智紀はすごすごとヘルパーさんに代わろうとした。しかしそれをさち子は細い腕をゆっくりと上げて止めた。

「食べにくくても、智紀に食べさせてもらう方が楽しい。ああ、ちょっと前まで私が智紀にあーんしてあげてたんだけどねぇ」

「ちょっと前って……もう16年も前でしょ」

 智紀は苦笑した。さち子はゆっくりと首を振った。

「私にとってはつい最近だよ。私があげるほうがちゃんと食べさせられるのに、祥太が、俺がやるって聞かなくて、何度智紀の喉にスプーンを突っ込ませて危険な目にあったか……」

「マジか。兄貴酷えな」

 智紀は笑う。さち子も笑った。

「それでもお前も、お兄ちゃんに食べさせてもらうんだって聞かなくてね。食べづらいのにそんな事言うから変だなって思ってたよ。今なら気持ちは分かる」

 そう言って、さち子は静かに笑うと、また小さく口を開けて、智紀に体を預けて食べ始めた。


「やっぱり、お孫さんに手伝ってもらうと嬉しそうでしたね」

 食事を終わらせて片付けをしながらヘルパーさんは言った。

「いっぱいこぼしちゃってすみません」

 智紀は結局さち子に最後まで食事をさせたものの、時間はかかるわこぼすわで、かえってヘルパーさんの仕事を増やしてしまったのだ。

 ヘルパーさんはニッコリと笑って首を振った。

「大丈夫ですよ。何度もやれば慣れます。でも、無理しないでくださいね。そのために私達がいるんですから」

 優しい言葉に智紀は頷いた。



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