(R18)不良が生徒会副会長の犬になりました

たまき

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本編

出会いの話

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鷹司の家に着いて、俺はまずその広さに驚愕した。
端から端まで見渡せないほど広い平屋。何人もいる使用人。スーツの人もいれば、エプロン姿の人もいれば、作業着を着てる人もいる。

車から降りて、次に驚いたのは、義兄となる人物の存在だった。

「名前は?」

目の前に突然立ち塞がった少年に唐突に聞かれて、驚いた。その少年は、使用人の真ん中で何故か花束を持ってえらそうに立っていて、俺と大して年は違わないだろうに、大人びていた。

「え、よ、陽、です」

「そうか。俺は龍明。龍でいい」

「龍、」

「うん」

「…、」

「ほら」

龍と名乗った少年は、持っていた花束を渡して、それから俺に近づいてきて、にっと笑って俺の頭を撫でた。

「お前の兄貴だ。よろしくな」

「よろしく…」

鷹さんの本当の息子だと、誰に言われるでもなく理解した。少し話しただけで、あの人の血が流れているとすぐにわかった。

父親が拾ってきたどこの馬の骨とも知らない人間に対して、なんの躊躇いもなく笑いかけられる人間なんて、そうはいない。

龍は初めから、俺を無条件に受け入れてくれた。

鷹さんの本当の息子を目にして一瞬湧き出そうになった嫉妬は、龍の笑顔であっという間に掻き消えた。

「陽、さあ、君にこの家の人間たちを紹介しなくてはね。まずは君の母君になる人、それから…」

鷹さんが次々に紹介してくれて、その度に名前を呼ばれた人は俺に向かってお辞儀をしてくれた。みんなみんな、優しかった。複雑な思いがある人もいたかもしれないが、鷹さんを信じていたからか、誰もが俺に笑いかけてくれた。

「さて、君からも、君の大切な家族を紹介してくれ」

「あ…、この子はポチ、です」

ワン!とポチが吠えて、ぶんぶん尻尾を振り回した。
ポチはもう、俺よりも一足先にお世話になったことがあって、ちゃっかり小屋も用意してもらっていた。
当たり前のように自分の小屋に駆けて行ったポチを見て、みんなが笑った。

あっという間にその温かさが傷口に染み込んで、二つの花束を抱えて、大勢の前で大泣きしてしまった。


それから俺はずっと鷹司の家に世話になっている。鷹さんは俺の後見人で、養子ではないので、実質は鷹さんの息子ではない。それは鷹司の苗字を俺が名乗らなくてもいいように、ということらしい。

だけど、龍は人に俺を弟と言って紹介したし、鷹さんも息子と言ってくれた。俺は鷹司ではないけど、家族にしてくれた。

何も強いられず、鷹さんにも龍にも使用人たちにもひたすらに甘やかされた俺とは違って、龍には跡継ぎとしての勉強があった。 
鷹さんは俺には穏やかでも、龍にはいつも厳しい。龍に申し訳なく思っていた時期もあるけど、龍はそれでいいんだと笑った。

俺は家族でありながら、鷹司の家の人間では有り得なかった。それは気遣いのおかげであり、俺自身の問題だった。

火や、灰や、サイレンの音。それから金木犀の香り。トラウマの残った俺は、事故の光景がフラッシュバックして我を失うことがよくあった。

高価なものを壊してしまっても、誰かに怪我をさせてしまっても、おまえのせいじゃないよと笑って撫でられた。

その度に、おまえは客人だから、と言われている気がして、だだっ広い自分の部屋でうずくまって泣いた。きっと、龍が何かを壊したりしたら、叱るどころではすまない。

わけがわからなくなってしたことを怒る人間なんて、鷹司にはいない。わかってはいたけど、整理のつかない感情だった。

そんな時いつも、いつもポチがそばにいた。黙って隣にきて、触れる距離に寝転んでそばにいてくれた。ポチといる時は、フラッシュバックはあっても、冷静でいられた。家族を失った恐怖よりも、ポチがそばにいてくれることへの感謝が勝っていた。


そして俺が16の時、ポチは静かに息を引き取った。

龍と鷹さんは、わざわざアメリカから帰ってきてくれた。

9年ぶりに二人の前で泣いた。

鷹さんは俺を抱きしめてくれて、冷たくなったポチを撫でて、しばらくそばにいて、またすぐにアメリカに経った。

龍は、ずっと俺の隣で、俺の頭を撫でていた。二人でポチの思い出を話しながら、泣き笑いした。ありがとうな、と何度もポチを撫でてた。

龍は一晩泊まってくれて、次の日にはポチの葬儀を終えてアメリカに帰った。

一人になって、ポチとよく歩いた散歩ルートを歩いた。少しずつ整理をつけようと思っていた。

そしたら、いつも静かな道が騒がしくて、喧嘩をしている奴らがいた。ポチとの散歩を思い出しながら静かに歩きたかったから、腹が立った。静かにしろ、と言いに行くつもりでそいつらに近づいてみたら、そこに。



「おまえがいたんだ」




「…え、俺?」


卒業式前日、新しく借りたまだ片付いていない部屋で、ベッドに寝転んで安里の昔の話を聞いていた。
俺とはまったく関係ない、俺の知らない安里の話だと思っていたから、いきなり俺が関わって驚いた。

「ああ。普段だったら絶対助けないのに、おまえがポチに似てるから」

「え…あ、あの、助けてくれた日か」

安里が助けてくれて、俺が安里に惚れた日。
あの日がポチの命日の次の日だったと思うと、変な感じだ。

後ろから腹に回されている腕をちょっと持ち上げて、その隙に身体を安里の方へ向けた。

「あの日、ポチに似てると思ってなかったら、おまえの告白なんて受けなかっだろうな」

「え゛…」

「当たり前だろ。特におまえのことなんか覚えてなかっただろうし、男の告白なんか受けるか」

「…そう、か。そりゃ、そうだ」

「1年近くこそこそ影から見てきてたのも知ってる」

なんで安里は俺を受け入れて、俺の恋人でいてくれるんだろうと思ってはいた。別に男が好きなわけでもないのは知っていたから。

それが、ポチのおかげだったなんて、思いもしなかった。ポチがいなかったら俺は、安里とこんな風に話すこともなかったんだ。

ポチが会わせてくれたような気がした。

「…おまえ、このメッシュ、なんの意味があるんだ?」

「え、特に意味はねぇよ。ただ染めるんじゃなくてメッシュにしてぇなって思って、なんとなく白メッシュにしただけだ」

「ふぅん。じゃあこの耳のは?」

「コレは結城さんにもらった。ピアス開けてぇなって言ったら、ダメだって言われてこれつけられた」

俺は耳に穴は開けてない。イヤーカフスって言うらしいが、開けずに耳たぶにはめるタイプのやつだ。

それをくすぐりながら安里が聞いてきて、懐かしい記憶を辿りながら答えた。安里は、そうか、と小さく答えて、今度は頭を撫でてきた。

「…俺は、心のどこかで、おまえはポチの生まれ変わりのような気がしてたんだ」

「え」

「…馬鹿な話だろ。けど、ポチが死んだ次の日におまえを見て、俺は本当にそう思った」

「安里…」

「何でもいいからすがりたかったんだ。けどおまえは全然ポチじゃなくて、おまえの姿を見るたびに苛々した。そしたら告白なんかしてきて、だからいじめてやろうと思った」

「うん」

聞きたい話ばかりじゃないかもしれないけど、つらいかもしれないけど、聞きたい。

安里は俺の頭を抱き寄せて、その頭を撫でながら静かに語った。

「ひどい事を言っても蹴っても殴ってもおまえは寄ってきて、混乱した」

「うん」

「それからおまえと一緒にいて、やっぱりポチだって思ったり、全然違うって思ったりした。そのうち違うって思っても苛々しなくなった。で、おまえのことを好きなんだな、と気づいた」

「えっ」

話の流れが思わぬ方向に進んで、思わず慌てて顔を上げた。そしたら抱きしめられて、苦しい。顔が見えねぇ。

「…生まれ変わりだとか、今思うと馬鹿馬鹿しい。けど俺は本当に弱くて、ポチの影に縋らないと生きていられなかった」

「……」

「おまえの過去なんて必要なかった。ポチが死ぬ前におまえが存在したら矛盾するだろ。当たり前のことなのに、それが許せなかった」

「……」

「…やっと、おまえのその髪の理由も、耳のこれの理由も、中学の頃のことも、知りたいと思うようになった。…今までずっと、酷いことをしたな」

「……っ、」

「…なんで泣くんだよ」

安里の服に涙が染みて、泣いてるとばれてしまった。安里が俺の顔を掬い上げて、目元を拭ってくれる。

「…安里、弱くなんかねぇよ」

「ふ、そこかよ」

安里は笑うけど、淡々と語る向こうに隠された感情が悲しい。俺には想像もできないような経験をしたんだと思うと、勝手に涙が出た。


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