古本屋『不思議堂』

いのり あめ

文字の大きさ
上 下
14 / 19
幕間2

一節 鏡の国のアリス

しおりを挟む
鏡は鏡を反射する。鏡は自分の心を映し出す。どんなに美しい容姿でも、心を映し出せばもう終わり。
人の振り見て我が振り直せ。
鏡は誰をも映し出し、本は全てを記しだす。
本を読むことはすなわち自分を見つめ直すことに他ならない。

 魔法使いは長いつばのついが三角帽子をしきりに左右に揺らす。卓上に置かれた本をしきりに指でなぞる忙しない動きはまさに何かを楽しみにする子供のようだ。
ティーカップの中身は空で、水滴一つも残っていない。
しばらく待てばあたり一帯をクラゲのようにただよう光が一瞬で中心に集い始める。

「おかえり、今回はどうだったかな?」

魔法使いは妖艶な笑みをたたえながら光の先へと声をかける。

「まぁ、よかったかな……」

曖昧な返答を返した光は少女の身体を象りはじめ、はじけると制服を纏った桃髪の少女が現れる。

「それならよかった。私も読ませた甲斐があるよ」

「なんか上からだな……」

少しばかりの不満を漏らしながらも少女は腰かける魔法使いへの前へと足を動かす。
一冊目の本を読んだ時よりも表情は明るく、その様子に魔法使いは相変わらず怪しい笑みを浮かべ続けた。

「ほら、お茶でも飲みなよ。私が特別に淹れたんだ」

「いや、何も入ってないけど」

「あれ」

「……」

しばしの沈黙が流れる。ティーカップの中身が空であることを放念していたのだろうか。カップの中身と少女の黄金の瞳を交互に見比べる。その動きに合わせて、古本屋の内装が暖色や寒色へと移り変わっていく。
その様子を感嘆を漏らしながら少女は見上げるも、何もしなければカップの中身は満たされない。

「……次の本読もうかな」

「まって!まって!今淹れるから!感想聞かせてよぉ!」

「……」

珍しく慌てふためき懇願する魔法使いの様は特異である。
ため息をなんとか飲み込んだ少女は、慌てて茶葉を取り出し水を沸かせる魔法使いを傍目に椅子に腰を下ろした。
カウンター座席からは奥に並ぶ棚が非常に良く見える。
奇怪な物が入った瓶が大半だが、紅茶の茶葉が入っていたりと日常生活に使うであろうものも立ち並んでいた。

「そういえば」

「なんだい?」

落ち着きを取り戻したのか、丁寧に湯をポットに注いでいる。
もくもくと上がる湯気は魔法使いと少女の視界を霞ませるが両者ともに気にするそぶりは見せない。

「そういえば君に頼みがあってね」

「え、なに」

「そろそろ帰る時間だろ?」

「あっ」

今度は少女が慌てる番となった。店に入るころは日が傾き、外が黄昏に包まれ頃となっていた。
そろそろ帰宅しなければ家に残った兄に心配をかけることになるのは明白であった。
それを見計らったかのように、魔法使いはシャツの胸ポケットから一枚の手紙を取り出す。それと同時に湯気を上げるハーブティーも差し出すとまた笑みを浮かべた。

「これ、君の家の人に渡して欲しいんだ」

「果たし状?」

「招待状」

呆然と言葉を口にする少女と高速で返答をする魔法使いの姿はさもコントである。

「んぐ、はい、ごちそうさま!」

「お粗末様」

カップに注がれたハーブティーを一気に飲み干すと、少女はその場から勢いよく立ち上がり差し出された手紙を手に取る。
そして、勢いよく扉の方へと駆け出した。
走りさる少女の後姿を魔法使いはただにたにたと見送るだけで、少女はそれを意にも介さない。
ドアノブに手をかけると、チリンと鈴が音を鳴らす。
むわっとした熱帯夜の空気がむさくるしく、少女は顔を顰めるがそれにもかまっていられない。

夜の空気に少女は飲まれながらも帰路についたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薔薇と少年

白亜凛
キャラ文芸
 路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。  夕べ、店の近くで男が刺されたという。  警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。  常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。  ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。  アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。  事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。

臓物爆裂残虐的女子スプラッターガール蛇

フブスグル湖の悪魔
キャラ文芸
体の6割強を蛭と触手と蟲と肉塊で構成されており出来た傷口から、赤と緑のストライプ柄の触手やら鎌を生やせたり体を改造させたりバットを取り出したりすることの出来るスプラッターガール(命名私)である、間宮蛭子こと、スプラッターガール蛇が非生産的に過ごす日々を荒れ気味な文章で書いた臓物炸裂スプラッタ系日常小説

『猫たちの時間+(プラス)』〜『猫たちの時間』14〜

segakiyui
キャラ文芸
朝倉財閥を仕切る朝倉周一郎も23歳。様々な事件に一緒に巻き込まれた滝志郎は現在作家稼業中。その滝の初のサイン会が催される日に、彼が載っているはずの電車が事故を起こした。青ざめる周一郎は逡巡しつつも滝に連絡を取るが、実はもう一つの案件が重なっていた。 『猫たちの時間』のキャラクターの5年後あたり。個人サイト10000ヒットごとの御礼SSとして連載予定。

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

『元』魔法少女デガラシ

SoftCareer
キャラ文芸
 ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。 そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか? 卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。  

ジェンダーレス・バーテンダー

牧村燈
キャラ文芸
行き倒れの少女を拾ってきた場末ビルの地下にあるバーの店長は、少女をバーテンダーとして仕込み店に立たせてた。少女は二つの闇を抱えていた。ひとつは途切れた過去。もうひとつは自身の性の在処に迷うジェンダーレスであるということ。バーテンダーの仕事を覚えた少女が、やっと見つけた自分の居場所。しかし、このバーには裏の顔があった......。

セブンスガール

氷神凉夜
キャラ文芸
主人公、藤堂終夜の家にある立ち入り禁止の部屋の箱を開けるところから始まる、主人公と人形達がくりなす恋愛小説 ※二章以降各々ヒロイン視線の◯◯の章があります 理由と致しましてはこの物語の完結編が○○の章ヒロイン編と◯◯章の前半のフラグを元にメインストーリーが完結の際の内容が若干変化します。 ゲーム感覚でこの物語を読み進めていただければ幸いです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...