古本屋『不思議堂』

いのり あめ

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彗星の本

一節 ロンドンのコーヒーショップ

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店内は相も変わらず姿を変えながら少女が読書をするのを催促している。
照明の類は天井から吊るされたランタン、裸電球と多種多様になっていた。
最初はこんな装飾だっただろうかと、不安げに天井を少女は眺める。

「相変わらず、お客さん?は私だけなんだね」

奥のカウンター席に腰かける店主は暗黒の目を細める。

「商売はしたりしなかったりだからね」

楽し気にいって、肩からかけた薄手のコートを揺らした。
彼女、いや彼とも言えない店主は癖のある人物で少女は得意じゃない。美しい顔で飄々と人を煙に巻く言動をするそいつを、真向から会話を試みる少女はいつものらりくらりと躱されていた。

「さ、そろそろ二冊目を読んでもい頃合いじゃないかい?」

その言葉に少女の背はぶるりと震える。恐れていた事態というのは実に早く訪れるものだ。
天才ともいえる可能性に満ちた才能を見たあとで、また他の人物の本に入るのは気が滅入る。このままでは、ケヴィン自身が惨めさと情けなさに押しつぶされそうだ。

「わかった……」

刹那、店主は目を見開いたがまたすぐに不敵な微笑へと戻る。
少女は渋々椅子から立ち上がり、後方の無数に積みあがる本棚と向き合う。
これが二度目であっても姿をコロコロと変えるこの店では何ででも一度目のような心臓の鼓動を覚える。
緊張。
足を一歩踏み出す。
今回はどの本にしようか、と目を右から左へ、上から下へと向ける。
どの本にも装飾が施されているものだから目が疲れてしまう。
あまりに豪華絢爛なものだと、先ほどと同じように才能のありすぎる人間の本かもしれない。それは勘弁して欲しいものだと少女は頭を悩ましていた。

「これ、にするか……」

一見彗星の刺繍が入った本は、表紙が藍色で比較的地味である。
手に取ってみれば、アイザックの本と比べ重さも軽く片手で悠々と持てた。

「はぁ……普通の人でありますように……」

本を捲れば、視界と意識は白じんでいき、少女の存在もホワイトアウトした。

______ハレー彗星は必ず回帰する。

人々が行きかうロンドンは煙にまみれ、馬車が行きかい今日も賑やかである。
道端にあるコーヒーショップには今日も今日とて紳士が集い口論を交わし合い、情報交換を行っていた。

「だから、彗星の軌道はこうなると思うんです!」

「いやいや、もっと丸い軌道をしているだろう」

「なんだって?ハレーの計算は間違っていないか?」

「そ、そんなぁ……!皆さんだって、どこかミスがあるんじゃないのですか?」

「そんなことはない!……と、言いたいところだが彗星も火星の軌道も正確な証明はできていないな……」

「ケプラーの惑星運動の法則も証明があまりできていませんからね……」

「困ったな……」

一つのテーブルに三人の紳士、もとい学者たちが集っていた。
そのうちの一人は、顎まで伸びたボブの緑髪で左右から細長く伸びた髪を揺らしている。特徴的な二本のアホ毛は彼の感情に呼応するように動いており、なんとも既視感があった。
紫紺の瞳には影がさしており、何やら思惑している様子だ。

「う~ん……誰か証明した人はいないのでしょうか……」

「確か、いなかったか?」

「え!?誰ですか?」

「ほら……たしか……」

少女は意識が戻ると眼前には足早に歩き去る細身の緑髪男性の姿があった。
興奮気味の彼の顔には紙の束を抱えており、走り去る馬車と同等なのではないかと思わせる気迫がある。

「うわ、この人どこにいくんだろ……」

少女は男性の行く先を目で追うと、どうにも既視感のある建造物。そして、既視感しかない単語が少女の耳に飛んできた。

「はやく向かわないと……!アイザックさんのもとに!」

「え?アイザックさん!?」

少女が恐れていた事態がこうも早くに実現するとは思わなかったのか驚嘆を隠せない声を出した。


_____魔法使いは本を捲る。
正体不明の化け物は楽し気に、愉快気にほくそ笑む。
彗星の刺繍が入った本を捲る。表紙には英語でも日本語でもない文字が書かれていた。

「エドモンド・ハレー……ふふ、ハレー彗星の軌道を計算した人物だったね?あは!こりゃまたいい人選だぁ!」

______好奇心は災いの元になるわ
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