nexus〈名前のない手紙〉

第3話

  俺は今、知らないおじさんと対峙している。
黒のスーツをビシッと着こなして、白いひげを顎まで生やしている、とても優しそうなおじさんとだ。
  コーヒを一口飲み、そのおじさんが、口を開いた。
  「急に話しかけてしまい、申し訳ありません。私、足立家の使用人の杉と申します。」
そう言って、杉と呼ばれるおじさんは、優しそうな笑みを見せてきた。
  「あの、俺に何のようですか？」
  「はい、今回はあの手紙のことで用がありまして。」
ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
  ついに、あの手紙の事がわかるのか、そう思うと胸が高鳴った。
  「まずは、あの手紙を読んでくださった事に感謝いたします」
  「いえ…」
  「あの手紙の事ですが、あれは、お嬢様のお気持ちでして、誰にも話そうとしないんです」
そう言って、コーヒを一口すすった杉さんの顔は、心配している顔だった。
  「だから、仲間様におひとつ頼みたいことがありまして」
そう言って胸ポケットをゴソゴソと探り出し、一枚の名刺を目の前に差し出した。
  「これには、私の連絡先が書いてあります。お願いします。お嬢様にあの手紙の返事を書いてくださりませんか？」
そう言った杉さんの目は、真っ直ぐに俺を見つめていた。
  「は、はい。わかりました」
  「ありがとうございます。ありがとうございます」
  「い、いえ」
    杉さんと別れて、家路につく。
どっとした疲れが、俺を襲う。今日1日で1週間の疲れが溜まった感じだ。
  ノソノソと歩き、玄関につき鍵を開ける。今日の晩飯を作る気力もない。
しょうがない、カップ麺でも食うか。そう思って食料の戸棚をゴソゴソと探る。そして、鍋でお湯を沸かして、カップ麺の準備をする。そうこうしているとお湯が沸騰した。熱々のお湯をカップ麺の容器に注ぎ5分待つ。カップ麺を待っていると目の端にあの手紙が目に付いた。
  「返事、か……」
今更何を書けばいいのやら、わからない。
  ぼーっとしていると5分たったみたいで、カップ麺をすする。うん、うまい。
  「チュンチュン」
鳥の鳴き声が聞こえた。ベッドの上でぼーっと天井の床を眺める。時間は6時半。少し早く起きたようだ。
どうやら昨日の俺は、飯を食ってそのまま風呂に入ってすぐに寝たようだ。おかげで、洗濯物が風呂場に放置されている。
眠たい目をこすり、俺は、冷蔵庫の中身を見た。今日の朝飯を何にするか？弁当はどれにしようか？そんな事を考えてゴソゴソと食材を探す。
しかし、これといった食材がない。
しょうがない。昼は、購買で買うか。
冷蔵庫から、オレンジジュースを取り出してコップを注ぎ飲む。オレンジの爽やかな甘さが口いっぱいに広がる。
  リビングに行き、まだ半分残っているオレンジジュースが入っているコップを置く。
ちゃぶ台の上には、昨日読んだあの手紙が置いてあった。
  「この手紙の返事か……」
  ぼそりと呟いて、夥しく書かれた文字の中の『結婚』と言う文字だけが、ずっと腑に落ちない。
頭の中には、その事だけが異様な程頭に残っていた。

  それから、いつもの時間に朝食を作り、食べて、歯磨きや着替えなど済ませて、ゴミ出しをして、学校に向かう。
  学校なら、あの手紙事を考えなくて済むから。そんな理由だった。
  「おっはっよー」
教室に入ると、国木田の挨拶が俺を待っていた。
  「おはよ」
軽く挨拶を返す。
  「本間もおはよ」
  「おはよう」
  「ところでさ、知ってるか。あのな、なんか今日、転校生が来るらしいぜ」
  「知らないな。本間は知ってたか？」
  「いや、知らないな」
  「てか国木田、それは、ガセネタじゃないよな」
俺は、国木田の目をジトッと見つめる。
  「ほんとだって」
  「前だって、そう言って嘘だったりしたじゃないか」
本間も俺に加勢する。
  「あれは、しょうがないじゃん。あの2人雰囲気は付き合ってそうじゃん」
国木田は、ウチのクラスの委員長（男）と風紀委員（女）が付き合っていると俺たちに話して、あっけなく本人に否定された事がある。
  「まぁ、それはそれとして、国木田の話が本当だったら楽しみだな。なぁ本間」
  「そうだな」
  「2人とも本当なんだって！」
  そんな事を話す。これぞまさに雑談だ。
  チャイムギリギリまで2人と話していたら、いつもは、チャイムがなってくる担任が珍しく、チャイムが鳴る前に教室に入ってきた。
  「お前らー席につけ」
そう言って、教壇に上がる。
  「お前らに報告がある。今日はお前らのクラスに友達が増えるぞ」
  そう言って、チラと教室のドアを見た。
  すると、そこには、夢で出てきたあの女の子そっくりだった。
  髪が長く、色が白い綺麗な女の子だ。
思わず見とれてしまった。
  「転校してきた、足立 咲と言います。よろしくお願いします」
  俺は、唖然としたね。だってあの手紙の人と同じ名字。
  いや、もしくは同じ名字なだけであの手紙の人とは違うのかもしれない。
  「じゃあ、足立さんの席は仲間の隣な」
  「仲間、いろいろと教えてやってくれ」
先生は、そう言って朝のHRを始めた。
  待て待て、どういう事だこれは。転校生で名前があの手紙の差出人と同じ『足立』偶然でも無理があるだろ。
  チラリと横を向くと足立さんが、笑顔と一緒に小さく手を振って来た。
眩しすぎるその笑顔に俺は、目を逸らした。

  足立咲さんが転校してきてから数日が経ったある日。
  俺は、1人でトイレに行った帰りだった。ポケットに入ってるハンカチを取り出し手を拭きながら歩いて教室に戻る。すると、教室の前には、足立 咲さんがいた。
  「話があるんだけどいいかな？」
  「う、うん」
  そう答えて、ひと気の無い廊下に向かった。
  「ねぇあなたって、足立美沙って知ってる？」
  その口から出た言葉は、あの手紙の送り主の名前だった。
  「い、一応だけど」
  「そうなんだ」
彼女はそう言って、「はぁー」と１つため息をついた。
  「じゃあさ、あの手紙の返事って書いたの？」
心地の良いソプラノが俺の耳に優しく響く。話の内容を除けばだが。
  「まだなんだ」
  「そうなの」
そう言って、壁に寄りかかって俺の方を見てきた。まっすぐに綺麗な瞳で。
  「あのね。足立美沙って私の双子のお姉ちゃんなんだ」
  「そうなんだ」
  「そう、だからあなたに会いに来たの」
そう言って、彼女は俺の方に寄ってくる。柔らかい花の匂いが鼻腔をくすぐる。
  「お姉ちゃんからの伝言。返事楽しみにして待ってるから。」
  そう言って上目遣いで俺を見てくる。はっきり言ってかわいい。
  「じゃあね。授業が始まっちゃうわ」
「バイバイ」と手を振って彼女の後ろ姿を見送る。なんて、小悪魔なんだ。
  「あっあのさ！君ってなんでここに来たの？」
大きな声で投げかける。彼女はクルリと振り返り、
  「それはね、秘密だよ」
  片目を閉じて人差し指を唇に当てる。
  もう一度言う。かわいい。