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翡翠挽回 下:グリーン編
翡翠挽回:冥王の半身
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「人魔大戦特級戦犯嘉名碧!ヒーローグリーンに釈明を許可する。魔王軍幹部暗殺……未遂、……いや、同じく特級戦犯ヒーローレッドに対する殺人行為の動機を述べよ」
魔王城地下×××階、取り調べ室の机が叩かれる。強面の調査部隊に囲まれ、柳のように華奢な青年が飄々と答えた。
「だから何度も言ってるじゃん!使いっ走りが嫌になっただけ。こいつに取って代われば魔海の魚人共を牛耳って死ぬまで遊んで暮らせるからさあ!成り上がれるチャンスに乗っただけだよ」
影を繋いでその背後に立つクラーケンが片手をそっと持ち上げて翻訳を務める。
「……訂正します。赤端の悪逆非道が許せなかったそうです。大義のない魔族狩りにも反対だったようで……」
「ハァ~?馬ッ鹿じゃない?僕が他の誰かのために動くとでも?自意識過剰なんじゃないかなァ下等種族さん達ィ、聖句も読めない奴らにかける慈悲なんか持ち合わせがないよ!」
「種族長を欠いた魔族各位に申し訳なく思って……本当です、彼は本心からそう考えているんです!被害が拡大する前にレッドを仕留める責任があったと……グリーンは心から悔いています」
彼の言っていることはだいたい嘘です。魔王軍幹部が第五位に座すルブルは尋問官一同にそう弁明した。
「……いちいちデタラメな横槍入れるの、止めて貰えるかな」
「こっちが真実だもの。影が通じているからわかる。君の言ってることは嘘ばっかりだ……いい、今俺と君の魂は半分こずつなんだよ。素人のにわか反魂術で半端に蘇ったせいで、これからは二人で一人前なの。嘘はすぐにバレるんだからね……皆さん、と言うわけでして、以降グリーンに対する尋問はこのルブルが通訳を務めます。どうかご理解のほどよろしくお願いします」
悪辣に微笑んでいた青年のこめかみに血管が浮く。政治犯の体液を幾重にも吸ってきたオリハルコンの椅子に固定され、嘉名碧はとても嫌そうに舌打ちをした。拘束衣のせいで両腕が肩に留められているため、髪をいじって手慰みもできない。
コンクリート打ちっぱなしの無機質な床に垂れる嘉名の影。そこから生え出でて見下ろすクラーケン族の種族長が伏し目がちの六眼を担当ヒーローへ向けていた。
「ブルーへの態度がいい例だ。君の言動は思考と全く噛み合ってない」
「……おい」
「態々危険をおかして夢魔の領区に出向いたのはどうして?あれじゃ只の忠告だ。それに、店の前で気絶してたオーガから入店許可証を奪うまではわかるけど、店に入ってから一日潜伏する必要あった?」
「な、あっ———」
「退勤するブルーに声をかけ損ねたの、俺の死体から視ていたよ。誰もいなくなった店のソファで雑魚寝したよね。俺の触手をライト代わりに本を読んでた。タイトルは確か、『猿でもわかる!円滑なコミュニケーションヂカラ』———。」
「う、煩い煩いッ!!どうでもいいだろそんなことッ!!」
椅子をがたつかせて青年が喘ぐ。
「は、アハハッ!ほんと馬鹿馬鹿しい、あんな筋肉馬鹿に忠告なんかする意味ないだろ!?僕はただ赤端の代わりに!青井先輩のしみったれた再就職先を冷やかしに行っただけ!!そ、そんな———気持ちの悪いこと———!!」
虚勢を張る嘉名をじっと見つめる瞳の群れが、二三度ゆっくりと瞬く。
「わかったわかった。———汗、すごいね」
「全然わかった感じがしないんだけど……!?」
「眼鏡。かけ直すね。……ずれてるから。あと、俺、とっても優秀なカウンセラーの知り合いがいるんだ。今度一緒に会いに行こう」
暗に病人扱いされ、嘉名は白い歯をぎりぎり噛みしめた。この男の態度からは怒りや憎しみが一切見つけられない。脅威と捉えられていないのか。矜持を踏みにじられた気がして、非常に癪に障る。
「どうしてそうなるのかな」抑揚のない声が疑問を示す。
「君は俺の担当ヒーローでしょう。恐ろしくない筈がない」
言葉に反して、海の支配者は落ち着き払った様子である。
「君を魔海の賓客として尊重しているから尋問にも同行してるんだ。それに……今は足並みを揃えたほうがいいと思うな。そろそろいらっしゃる頃合いだ」
言い返そうと青年が身体を後ろによじろうとした時だ。
錆びた大鐘を鳴らすような足音と共に、取調室に大きな影が現れた。
尋問官たちが一斉に床に膝を突き最敬礼の構えを示す。
嘉名は頭を後ろから押さえ付けられ、机にその額をぶつける寸前で触腕に首根っこを掴まれた。……どちゃっと泥の塊が落下したような音が続く。
……空気が震え、凍えんばかりの冷気が漂ってくる。
拘束衣を触手に吊られたまま、嘉名は視線を持ち上げた。机上から下。床に転がっているバケツはさっきまでなかった筈だ。円筒形のそれはゆっくり床を転がり、六つの瞳を嘉名のほうへ向けた。
それが———正真正銘、先ほどまで自分と話をしていたクラーケンの首であると認識するまで数秒必要であった。背中によりかかると、背もたれの途中から支えが無くなっているのがわかった。オリハルコンの鋭利なふちが拘束衣を裁断し、背筋に一閃切り傷をつくる。
首が無くなっていた……。ルブルが、机に押さえつけてくれなければ、転がっていたのは嘉名の首だった。
「———ルブル。」
低く、重く垂れ込める暗雲のような喚び声がした。
「ルブル……おお、ルブルよ。どうしてそれを庇う」
「王よ、どうか気をお鎮めに———」転がった頸が弁明する。
魔王の指先がゆるりと振れて、ルブルの首が中央から真横に両断される。
「気を鎮めろ?私に言っているのか……一魔族如きが私に命じているのか」
「こ、言葉を間違いました。申し訳ありません———魔王様。」
耳から首まで、綺麗にスライスされたクラーケンが舌だけで釈明を試みた。
「この度の失態、責は全てこのルブルにあります。レッドに襲撃された晩、私は奴を始末するどころか———取り逃がし、魔海の権限を奪取されてしまった。全て私の弱さ故にございます」
「そうであろうな。種族長の再任も叶わぬとお前の領民が嘆願に来おったぞ。幹部位を世襲させるのも考えものだ。お前が望むなら今、その荷を降ろしてやってもいいが」
「は……処分は如何様にも受け入れます。しかしこの若者と、魔海の領民には何の咎もありませぬ。どうか彼らには、寛大な処遇を……」
「……わからんな。こやつは間諜であろうが。レッド子飼いの薄汚いスパイが我が魔界をどのように穢して回ったか、知らないとでも思っているのか?十を超える街が空になったぞ。私がお前に預けた民はどうなった?深海で全て面倒をみきれるのだろうな?」
ルブルの遺骸を引き連れて、嘉名は複数の海街を転々とした。一所に留まれば呪いで土地が腐ってしまうためだ。しかしルブルの呪詛を浴びた住人から穢れは病のように伝染していき、滞在した街の外にまで被害は波及していた。かえって被害者数を増やす結果に繋がったことを、嘉名はこのとき初めて知らされたのである。
床に転がった頭部の欠片、ルブルの口唇が動く。
「———必ずや。魔王様から戴きました深海冥王の名にかけて———、海に還った魔族の生活は保障致します」
「当然だ。以後、この奴僕を陸にあげることはまかりならん。抱えたものには責任をもて」
「はっ……!!」
「……いつまでも醜態を晒すな、身体を起こすことを許す」
刻まれた蛸の頭が引き合うようにより合わさり、嘉名の背後で再び元通りの身体を取り戻す。
更に魔王が指を鳴らすと、コンクリート壁の血痕や切り捨てられた椅子の背、そしてルブルの千切れた軍服が自ら在るべき姿へ戻っていった。
「……お前は言い訳をせん」魔王は口惜しそうに呟いた。
「そこは気に入っている」
「……身に余る御言葉、感謝いたします」
「少しでもその鼠の過失にすれば……手ずから始末してやれたものを……」
向けられる殺気に動くことができない。魔王の威圧は歯噛みして耐えられるようなものではなかった。ひび割れた眼鏡のレンズ越しに明確な害意をぶつけられ、青年は奥歯をがちがち震わせて呼吸を放棄しそうになる。
———巨岩の如き魔王と嘉名の間に、控えめながらルブルの触手が割って入った。
「グリーンは戦力になります」
淡々と、衒いのない音が地下室に響く。魔王は当然気を害した様子であった。
「この者は死力を尽くしてレッドを討ち果たしました」
「…………」
魔界各地に中継されたグリーンとレッドの内輪揉めは当然魔王も知るところではあった。復活を遂げたルブルの加勢によって赤端が塵一つ残さず亡き者にされる様子を、王城に住まう魔族なら誰もがモノアイの映写越しに目撃している。
「嘉名ミドリは魔界の力になりましょう———どうか彼を『先遣隊』に。災禍の元凶、呪いの八器物を必ずや見つけ出してご覧に入れます」
魔王城地下×××階、取り調べ室の机が叩かれる。強面の調査部隊に囲まれ、柳のように華奢な青年が飄々と答えた。
「だから何度も言ってるじゃん!使いっ走りが嫌になっただけ。こいつに取って代われば魔海の魚人共を牛耳って死ぬまで遊んで暮らせるからさあ!成り上がれるチャンスに乗っただけだよ」
影を繋いでその背後に立つクラーケンが片手をそっと持ち上げて翻訳を務める。
「……訂正します。赤端の悪逆非道が許せなかったそうです。大義のない魔族狩りにも反対だったようで……」
「ハァ~?馬ッ鹿じゃない?僕が他の誰かのために動くとでも?自意識過剰なんじゃないかなァ下等種族さん達ィ、聖句も読めない奴らにかける慈悲なんか持ち合わせがないよ!」
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「こっちが真実だもの。影が通じているからわかる。君の言ってることは嘘ばっかりだ……いい、今俺と君の魂は半分こずつなんだよ。素人のにわか反魂術で半端に蘇ったせいで、これからは二人で一人前なの。嘘はすぐにバレるんだからね……皆さん、と言うわけでして、以降グリーンに対する尋問はこのルブルが通訳を務めます。どうかご理解のほどよろしくお願いします」
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コンクリート打ちっぱなしの無機質な床に垂れる嘉名の影。そこから生え出でて見下ろすクラーケン族の種族長が伏し目がちの六眼を担当ヒーローへ向けていた。
「ブルーへの態度がいい例だ。君の言動は思考と全く噛み合ってない」
「……おい」
「態々危険をおかして夢魔の領区に出向いたのはどうして?あれじゃ只の忠告だ。それに、店の前で気絶してたオーガから入店許可証を奪うまではわかるけど、店に入ってから一日潜伏する必要あった?」
「な、あっ———」
「退勤するブルーに声をかけ損ねたの、俺の死体から視ていたよ。誰もいなくなった店のソファで雑魚寝したよね。俺の触手をライト代わりに本を読んでた。タイトルは確か、『猿でもわかる!円滑なコミュニケーションヂカラ』———。」
「う、煩い煩いッ!!どうでもいいだろそんなことッ!!」
椅子をがたつかせて青年が喘ぐ。
「は、アハハッ!ほんと馬鹿馬鹿しい、あんな筋肉馬鹿に忠告なんかする意味ないだろ!?僕はただ赤端の代わりに!青井先輩のしみったれた再就職先を冷やかしに行っただけ!!そ、そんな———気持ちの悪いこと———!!」
虚勢を張る嘉名をじっと見つめる瞳の群れが、二三度ゆっくりと瞬く。
「わかったわかった。———汗、すごいね」
「全然わかった感じがしないんだけど……!?」
「眼鏡。かけ直すね。……ずれてるから。あと、俺、とっても優秀なカウンセラーの知り合いがいるんだ。今度一緒に会いに行こう」
暗に病人扱いされ、嘉名は白い歯をぎりぎり噛みしめた。この男の態度からは怒りや憎しみが一切見つけられない。脅威と捉えられていないのか。矜持を踏みにじられた気がして、非常に癪に障る。
「どうしてそうなるのかな」抑揚のない声が疑問を示す。
「君は俺の担当ヒーローでしょう。恐ろしくない筈がない」
言葉に反して、海の支配者は落ち着き払った様子である。
「君を魔海の賓客として尊重しているから尋問にも同行してるんだ。それに……今は足並みを揃えたほうがいいと思うな。そろそろいらっしゃる頃合いだ」
言い返そうと青年が身体を後ろによじろうとした時だ。
錆びた大鐘を鳴らすような足音と共に、取調室に大きな影が現れた。
尋問官たちが一斉に床に膝を突き最敬礼の構えを示す。
嘉名は頭を後ろから押さえ付けられ、机にその額をぶつける寸前で触腕に首根っこを掴まれた。……どちゃっと泥の塊が落下したような音が続く。
……空気が震え、凍えんばかりの冷気が漂ってくる。
拘束衣を触手に吊られたまま、嘉名は視線を持ち上げた。机上から下。床に転がっているバケツはさっきまでなかった筈だ。円筒形のそれはゆっくり床を転がり、六つの瞳を嘉名のほうへ向けた。
それが———正真正銘、先ほどまで自分と話をしていたクラーケンの首であると認識するまで数秒必要であった。背中によりかかると、背もたれの途中から支えが無くなっているのがわかった。オリハルコンの鋭利なふちが拘束衣を裁断し、背筋に一閃切り傷をつくる。
首が無くなっていた……。ルブルが、机に押さえつけてくれなければ、転がっていたのは嘉名の首だった。
「———ルブル。」
低く、重く垂れ込める暗雲のような喚び声がした。
「ルブル……おお、ルブルよ。どうしてそれを庇う」
「王よ、どうか気をお鎮めに———」転がった頸が弁明する。
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「こ、言葉を間違いました。申し訳ありません———魔王様。」
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「この度の失態、責は全てこのルブルにあります。レッドに襲撃された晩、私は奴を始末するどころか———取り逃がし、魔海の権限を奪取されてしまった。全て私の弱さ故にございます」
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「———必ずや。魔王様から戴きました深海冥王の名にかけて———、海に還った魔族の生活は保障致します」
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「はっ……!!」
「……いつまでも醜態を晒すな、身体を起こすことを許す」
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更に魔王が指を鳴らすと、コンクリート壁の血痕や切り捨てられた椅子の背、そしてルブルの千切れた軍服が自ら在るべき姿へ戻っていった。
「……お前は言い訳をせん」魔王は口惜しそうに呟いた。
「そこは気に入っている」
「……身に余る御言葉、感謝いたします」
「少しでもその鼠の過失にすれば……手ずから始末してやれたものを……」
向けられる殺気に動くことができない。魔王の威圧は歯噛みして耐えられるようなものではなかった。ひび割れた眼鏡のレンズ越しに明確な害意をぶつけられ、青年は奥歯をがちがち震わせて呼吸を放棄しそうになる。
———巨岩の如き魔王と嘉名の間に、控えめながらルブルの触手が割って入った。
「グリーンは戦力になります」
淡々と、衒いのない音が地下室に響く。魔王は当然気を害した様子であった。
「この者は死力を尽くしてレッドを討ち果たしました」
「…………」
魔界各地に中継されたグリーンとレッドの内輪揉めは当然魔王も知るところではあった。復活を遂げたルブルの加勢によって赤端が塵一つ残さず亡き者にされる様子を、王城に住まう魔族なら誰もがモノアイの映写越しに目撃している。
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