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翡翠挽回 中:グリーン編
ふっかつのじゅもん
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「王の遺骸」に溜め込まれ、深海にて数百年練られた夥しいほどの魔力が三本の矢となって生身の人間を刺し貫いた。破裂した肉片を取りこぼすことなく———嘉名を生け贄として限定的に復活させた「王の爪先」による閃光砲が間断なく浴びせかけられる。大気中の塵を残らず焼き潰す高エネルギー光線が瞬く間に男を包み込んだ。
赤端の身体は———頭のてっぺんから爪先にかけて、髪の毛一本、細胞片のひとつのこらず蒸発した。
閃光砲の反動を受けて浅瀬まで後退した嘉名は、己の目で男の死を確認する。
(死ね、死ね……死んでくれ……!!)
……嘉名の心中にはひとつ仮説があった。赤端は他のヒーローとは違い、魔力水晶の強化を受けていない。水晶片なしに不死性、肉体再生能力、常人には到底あり得ない身体能力を有している。であれば……赤端は、レッドは人間ではないのだ。人間のふりをしているだけの、魔族に近しい生き物ではないだろうか。
ヒーローを殺すならば心臓に巣喰う結晶片を狙えばいい。このやり方は監視硝の戦いでブルーが試みているが、肝心の結晶片が無かった為討伐はあえなく失敗した。
可能性があるとするなら———それは魔族に対する殺害方法だ。一番確実なやり方は肉体を跡形も無く完全消滅させることである。嘉名はこの方法に賭けた。
海洋魔族の頭目ルブルを殺したのは赤端だが、遺骸の管理を任されたのは嘉名である。遺骸を手に入れたとき嘉名の視界は一気に開けた。これほどの魔力、火力があれば———赤端の再生能力をも凌ぐことができるのではないか。奇跡を行使する間もなくその肉体ごと消滅させてしまえば……いかな赤端と言えど、蘇ることなどできないはず。
『ミドリ、君にあげる。お人形として上手く使いなさい』
潰し尽くした相手を肉体だけ再生させた当人は謀反の可能性に気付いていない。嘉名の射程に男が捉えられた瞬間であった。
謀反はごく計画通りに進んだ。中継させた店の喧噪で出鼻の攻撃を悟らせずにすみ、霧深い気候のおかげでヘリでの援護射撃も成功した。港町全体を買い上げ、クラーケン社総出で舞台を整えたのだから当然だ。
……出力最大の閃光砲は人間ひとり標的にするにはオーバースペックもいいところで、赤端の背後に位置する海沿いの観光街は踏み潰された模型のようである。衝撃波が目に入る建物全てをを倒壊させ、目標の立っていた位置には深くクレーターができていた。塵も残さず消し飛んで当然、死体が見つかるはずはない。
見つかる筈がないのに……あり得ない光景に、青年が焼けた喉を震わせる。
「……んな、はず……」
焼け跡に癒合した砂粒を透かして遊ぶ男がいる。白いシャツに足下を捲り上げた黒い教導服、まるでずっとそこに立っていたような自然体で、浅瀬に蹲う嘉名を振り返った。
「……硝子ですよミドリ。きれいだね」
透かして見つめる彼の頬は健康そうに赤みがかっている。
身体を起こす。悲鳴は後でも上げられる。中指の腹をなぞりあげ、手の内に現れた弓矢を構えた。頭を射貫く。綺麗に男の中身が溢れた。嘉名が息を呑む間に炸裂した傷は縫い合わさって元に戻る。
……指先の震えを止められない。
人間でも、魔族でもないなら、……この化け物は一体なんだ。
「死ね……死ねッ!!死ねッ死ねよこの……ッ化け物がァ!!」
「あはっ!!あっはははははッ!!!」
半端に癒合した身体は動きが悪い。浜をみっともなく後退しながら弓をひく。相手は武装していない。ただ、人体破壊の度に再生を繰り返してにじり迫ってくるだけ。
「いやぁミドリがなぁ!!不思議だと思ったんだ、海洋議会とか、よくわからない連中をわざわざ潰さずに取っておいたでしょう。そうか、このために?」
「くっそぉッ……!!」
「うん、そういうことねぇ。思い出しちゃったよ。君はそういう子だ。やさしくて、どれだけ言い聞かせてもやってることの意味がようくわかっちゃう子。だから間引かなかったんだった」
「ッ……!……ぅう~~~ッ!!」
頭、首、腹、膝。全てが無駄。攻撃は通ってもすぐに再生してしまう。両腕を広げて、悪魔が笑う。
「君のことは気に入ってたよ!綺麗な顔と賢い脳みそ。嘉名の家で一番のお気に入りだ。七つで整形させたのだけは謝っておくよ、若菜の顔は十五の時のものだったからなぁ……七歳児にはアンバランスで。ちょっと気持ち悪かったから身体が育つまで待って貰ったんだ」
「うぅアぁッ……!!く、来るなッ!!来るなぁあッ!!」
砲身に合わせて曲げられた背骨が痛む。立ち上がることのできなくなった嘉名を見下ろして、神の代弁者が美しい顔をほころばせる。
「主よ!」
男は大仰に天を仰ぐ。
「糧を与えてくださり感謝します。人を殴打するというのは……全くこの上ない娯楽です。動けない者を殴り、蹴って、泣かせるのは———実に、心が満たされます」
半ば砲身と化した身体をただ、ただ殴打される。虫を潰すように魔族をスコップで嬲り殺すのが赤端ジュンロクのお気に入りのやり方だった。浜の浅瀬で嘉名碧だった肉塊が四肢を潰され、砂地に埋没していく。叫ぶ口を噛みしめて耐えようとするが痛みには勝てず、断末魔未満の絶叫が止められない。
「や、ぁべっ、ぁあア゛!!い゛ぁあ゛ア……!!」
「砂にめり込むな。いつもよりかかりそうだ!聞かせておくれ、かわいい羊。勘違いしないでくれ、君がこんなに可愛くなって、私はとても嬉しいんだ!!」
三ツ重に並んだ鰓の溝にスコップの角が刺さる。涎と涙、血と小便が混じり合って海水に溶けていく。
「証明されたぞ!!君は掛け値なしの善人だ!私はそれが……何よりも嬉しい!」
脱ぎ捨てられた教導服のジャケット。白いシャツには泥遊びした子供のように嘉名の体液が散る。腕まくりをして、恍惚と男は笑う。
「あぎっ」
「罪のない民草を殺させても、利権の味を覚えさせても、どれほど悪徳に浸らせたとて。君たちは———全体からすればほんの僅かだが———それを追い求めようとする。ヒトの善に殉じようとする」
「ひ、ィい」
「美しい。やはり面白い。こんなに醜くなって迄、君らはおんなじ目で私を見る!!」
「ぁアあ……ッ!!」
泣き叫び、溺れる寸前のそれに赤端が手を伸ばす。水晶片が半ば剥き出しになり、心筋が脈打つ様がよくわかった。
「……運動していい汗をかいた。今日はとても楽しかったよ。———次で最後にしてあげよう。質問に答えてくれ、尊い君。可愛い墓守くん」
悪魔のように整った男の貌。優しい手つきで嘉名の口元から砂を拭う。
「私はいったい———何に見える?」
猶予を与えられ、嘉名は涙を流して己の死を視た。誠実そうで、如何にも優しげな美男の顔を見上げた。
質問など馬鹿らしい。悪魔か破滅か、他にいくらでも形容しようはあったが、答えたら最後殺されてしまう。舌が攣れてうまく音が出ない。
血反吐に塗れて後悔する。ああそうだ、どこかでこうなるような気はしてた。———わかっていたはずなのに。馬鹿なやつ、逆らわなきゃ……。かつて誰かにかけた文句が今更になって戻ってくる。
(生まれ変われたら神官になろう。地方巡回するだけの退屈なやつ。普通に勉強して、学校でたら彼女作ってずるずる付き合ってから結婚して……。小さくても上層に家をもらって子供は二人……教義にそぐう生活をする)
「ぁ———、ぁ、あ……」
(今度は馬鹿なことしない。今度こそ間違わない———逆らったりしないで、僕の、人生を……)
「ぁ、ぐ…………は、はっ……!」
挽き潰された身体のあちこちが重力に倣って体液を溢す。襟首を掴まれ、嘉名の上半身が持ち上げられた。
「ミドリ。……答えて」
「ぁ———あぁ、ぃ……い、ろおに……」
「?」
「それでも……っひ、ひぃろ……に……!!なぃたく、ぇ……!!は、はぁっあ……!!げぇッ、う、ぁあ~っ……!!嫌、や、だ……このままは、嫌だぁ……ッ!!しね、しん、で、———ぼ、僕はッ……!!ここから……あいつみたいに……!!本物に、なるんだよォッ———!!」
やり直したい。この人生の続きにいきたい。あの正義馬鹿と並び立てる場所へ進みたいのに———嘉名の身体はもう動いてくれなかった。こぼれた内臓が海面へと落下し、沈む。
赤端は会話の成り立たなくなった玩具に飽きたらしい。声には明らかな落胆が滲んでいる。
「…………壊れちゃったか。もういいよ」
砂地へ放り捨てられた肉にとどめを刺すべく、鉄製の農具が振り上げられる。
死ぬときは静かだ。衝撃が訪れないので嘉名は間抜けにもそう思った。閉じた目を開けて初めて、嘉名はその奇妙な覆いを認めた。顎髭のように生えた触腕が振り下ろされたスコップを絡め取っている。状況の理解できないまま嘉名が天を仰ぐ。濡れた誰かの膝に抱えられているのがわかった。
「———本当に参ったよ。君、やることなすこと嘘ばっかりなんだもの」
声がふってきた。赤端のそれではない。ひび割れてなお何処か優しげに、それは不満を訴えた。
見下ろすのは六眼の異形であった。嘉名の影から生え出でた彼は、青年の千切れた腕の付け根へと触手を這わせる。痛みが少し薄らいだように感じられた。
「……ぁ……?」
「言って。願い。もう一度……君の本当の願いを、叶えてあげる」
きっとこれは夢だ。潰れた手足が、臓器が、生えた骨に肉が纏わり皮膚がそれを覆っていく。先ず舌が蘇る。今際の際の戯れ言だと思ったから、嘉名碧は素直に答えた。
「ヒーローに……あいつ、みたいな———ヒーローになりたい」
復活は苦く、泥の味がした。
赤端の身体は———頭のてっぺんから爪先にかけて、髪の毛一本、細胞片のひとつのこらず蒸発した。
閃光砲の反動を受けて浅瀬まで後退した嘉名は、己の目で男の死を確認する。
(死ね、死ね……死んでくれ……!!)
……嘉名の心中にはひとつ仮説があった。赤端は他のヒーローとは違い、魔力水晶の強化を受けていない。水晶片なしに不死性、肉体再生能力、常人には到底あり得ない身体能力を有している。であれば……赤端は、レッドは人間ではないのだ。人間のふりをしているだけの、魔族に近しい生き物ではないだろうか。
ヒーローを殺すならば心臓に巣喰う結晶片を狙えばいい。このやり方は監視硝の戦いでブルーが試みているが、肝心の結晶片が無かった為討伐はあえなく失敗した。
可能性があるとするなら———それは魔族に対する殺害方法だ。一番確実なやり方は肉体を跡形も無く完全消滅させることである。嘉名はこの方法に賭けた。
海洋魔族の頭目ルブルを殺したのは赤端だが、遺骸の管理を任されたのは嘉名である。遺骸を手に入れたとき嘉名の視界は一気に開けた。これほどの魔力、火力があれば———赤端の再生能力をも凌ぐことができるのではないか。奇跡を行使する間もなくその肉体ごと消滅させてしまえば……いかな赤端と言えど、蘇ることなどできないはず。
『ミドリ、君にあげる。お人形として上手く使いなさい』
潰し尽くした相手を肉体だけ再生させた当人は謀反の可能性に気付いていない。嘉名の射程に男が捉えられた瞬間であった。
謀反はごく計画通りに進んだ。中継させた店の喧噪で出鼻の攻撃を悟らせずにすみ、霧深い気候のおかげでヘリでの援護射撃も成功した。港町全体を買い上げ、クラーケン社総出で舞台を整えたのだから当然だ。
……出力最大の閃光砲は人間ひとり標的にするにはオーバースペックもいいところで、赤端の背後に位置する海沿いの観光街は踏み潰された模型のようである。衝撃波が目に入る建物全てをを倒壊させ、目標の立っていた位置には深くクレーターができていた。塵も残さず消し飛んで当然、死体が見つかるはずはない。
見つかる筈がないのに……あり得ない光景に、青年が焼けた喉を震わせる。
「……んな、はず……」
焼け跡に癒合した砂粒を透かして遊ぶ男がいる。白いシャツに足下を捲り上げた黒い教導服、まるでずっとそこに立っていたような自然体で、浅瀬に蹲う嘉名を振り返った。
「……硝子ですよミドリ。きれいだね」
透かして見つめる彼の頬は健康そうに赤みがかっている。
身体を起こす。悲鳴は後でも上げられる。中指の腹をなぞりあげ、手の内に現れた弓矢を構えた。頭を射貫く。綺麗に男の中身が溢れた。嘉名が息を呑む間に炸裂した傷は縫い合わさって元に戻る。
……指先の震えを止められない。
人間でも、魔族でもないなら、……この化け物は一体なんだ。
「死ね……死ねッ!!死ねッ死ねよこの……ッ化け物がァ!!」
「あはっ!!あっはははははッ!!!」
半端に癒合した身体は動きが悪い。浜をみっともなく後退しながら弓をひく。相手は武装していない。ただ、人体破壊の度に再生を繰り返してにじり迫ってくるだけ。
「いやぁミドリがなぁ!!不思議だと思ったんだ、海洋議会とか、よくわからない連中をわざわざ潰さずに取っておいたでしょう。そうか、このために?」
「くっそぉッ……!!」
「うん、そういうことねぇ。思い出しちゃったよ。君はそういう子だ。やさしくて、どれだけ言い聞かせてもやってることの意味がようくわかっちゃう子。だから間引かなかったんだった」
「ッ……!……ぅう~~~ッ!!」
頭、首、腹、膝。全てが無駄。攻撃は通ってもすぐに再生してしまう。両腕を広げて、悪魔が笑う。
「君のことは気に入ってたよ!綺麗な顔と賢い脳みそ。嘉名の家で一番のお気に入りだ。七つで整形させたのだけは謝っておくよ、若菜の顔は十五の時のものだったからなぁ……七歳児にはアンバランスで。ちょっと気持ち悪かったから身体が育つまで待って貰ったんだ」
「うぅアぁッ……!!く、来るなッ!!来るなぁあッ!!」
砲身に合わせて曲げられた背骨が痛む。立ち上がることのできなくなった嘉名を見下ろして、神の代弁者が美しい顔をほころばせる。
「主よ!」
男は大仰に天を仰ぐ。
「糧を与えてくださり感謝します。人を殴打するというのは……全くこの上ない娯楽です。動けない者を殴り、蹴って、泣かせるのは———実に、心が満たされます」
半ば砲身と化した身体をただ、ただ殴打される。虫を潰すように魔族をスコップで嬲り殺すのが赤端ジュンロクのお気に入りのやり方だった。浜の浅瀬で嘉名碧だった肉塊が四肢を潰され、砂地に埋没していく。叫ぶ口を噛みしめて耐えようとするが痛みには勝てず、断末魔未満の絶叫が止められない。
「や、ぁべっ、ぁあア゛!!い゛ぁあ゛ア……!!」
「砂にめり込むな。いつもよりかかりそうだ!聞かせておくれ、かわいい羊。勘違いしないでくれ、君がこんなに可愛くなって、私はとても嬉しいんだ!!」
三ツ重に並んだ鰓の溝にスコップの角が刺さる。涎と涙、血と小便が混じり合って海水に溶けていく。
「証明されたぞ!!君は掛け値なしの善人だ!私はそれが……何よりも嬉しい!」
脱ぎ捨てられた教導服のジャケット。白いシャツには泥遊びした子供のように嘉名の体液が散る。腕まくりをして、恍惚と男は笑う。
「あぎっ」
「罪のない民草を殺させても、利権の味を覚えさせても、どれほど悪徳に浸らせたとて。君たちは———全体からすればほんの僅かだが———それを追い求めようとする。ヒトの善に殉じようとする」
「ひ、ィい」
「美しい。やはり面白い。こんなに醜くなって迄、君らはおんなじ目で私を見る!!」
「ぁアあ……ッ!!」
泣き叫び、溺れる寸前のそれに赤端が手を伸ばす。水晶片が半ば剥き出しになり、心筋が脈打つ様がよくわかった。
「……運動していい汗をかいた。今日はとても楽しかったよ。———次で最後にしてあげよう。質問に答えてくれ、尊い君。可愛い墓守くん」
悪魔のように整った男の貌。優しい手つきで嘉名の口元から砂を拭う。
「私はいったい———何に見える?」
猶予を与えられ、嘉名は涙を流して己の死を視た。誠実そうで、如何にも優しげな美男の顔を見上げた。
質問など馬鹿らしい。悪魔か破滅か、他にいくらでも形容しようはあったが、答えたら最後殺されてしまう。舌が攣れてうまく音が出ない。
血反吐に塗れて後悔する。ああそうだ、どこかでこうなるような気はしてた。———わかっていたはずなのに。馬鹿なやつ、逆らわなきゃ……。かつて誰かにかけた文句が今更になって戻ってくる。
(生まれ変われたら神官になろう。地方巡回するだけの退屈なやつ。普通に勉強して、学校でたら彼女作ってずるずる付き合ってから結婚して……。小さくても上層に家をもらって子供は二人……教義にそぐう生活をする)
「ぁ———、ぁ、あ……」
(今度は馬鹿なことしない。今度こそ間違わない———逆らったりしないで、僕の、人生を……)
「ぁ、ぐ…………は、はっ……!」
挽き潰された身体のあちこちが重力に倣って体液を溢す。襟首を掴まれ、嘉名の上半身が持ち上げられた。
「ミドリ。……答えて」
「ぁ———あぁ、ぃ……い、ろおに……」
「?」
「それでも……っひ、ひぃろ……に……!!なぃたく、ぇ……!!は、はぁっあ……!!げぇッ、う、ぁあ~っ……!!嫌、や、だ……このままは、嫌だぁ……ッ!!しね、しん、で、———ぼ、僕はッ……!!ここから……あいつみたいに……!!本物に、なるんだよォッ———!!」
やり直したい。この人生の続きにいきたい。あの正義馬鹿と並び立てる場所へ進みたいのに———嘉名の身体はもう動いてくれなかった。こぼれた内臓が海面へと落下し、沈む。
赤端は会話の成り立たなくなった玩具に飽きたらしい。声には明らかな落胆が滲んでいる。
「…………壊れちゃったか。もういいよ」
砂地へ放り捨てられた肉にとどめを刺すべく、鉄製の農具が振り上げられる。
死ぬときは静かだ。衝撃が訪れないので嘉名は間抜けにもそう思った。閉じた目を開けて初めて、嘉名はその奇妙な覆いを認めた。顎髭のように生えた触腕が振り下ろされたスコップを絡め取っている。状況の理解できないまま嘉名が天を仰ぐ。濡れた誰かの膝に抱えられているのがわかった。
「———本当に参ったよ。君、やることなすこと嘘ばっかりなんだもの」
声がふってきた。赤端のそれではない。ひび割れてなお何処か優しげに、それは不満を訴えた。
見下ろすのは六眼の異形であった。嘉名の影から生え出でた彼は、青年の千切れた腕の付け根へと触手を這わせる。痛みが少し薄らいだように感じられた。
「……ぁ……?」
「言って。願い。もう一度……君の本当の願いを、叶えてあげる」
きっとこれは夢だ。潰れた手足が、臓器が、生えた骨に肉が纏わり皮膚がそれを覆っていく。先ず舌が蘇る。今際の際の戯れ言だと思ったから、嘉名碧は素直に答えた。
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復活は苦く、泥の味がした。
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