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翡翠挽回 上:グリーン編
君とおはなし
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「おう、しけた店に来てやったぞォ……。なンだぁ~!?」
バルドが見たのはすやすやと眠る甥の姿と、その横で椅子に腰掛けた細君の姿であった。リリスと談笑していた青年の頭が持ち上がり、バルドを捉える。顔の上半分を覆う面頬が立ち上がった勢いで傾いた。
「お疲れ様。連絡は届いたか」
「聞いた、早速ちょっかいかけられたらしいな。怪我でもしてみろ、家に連れて帰るぞ。消し炭になったって構うもんかよ」
鋭い牙をがちがち鳴らし、大鬼はいたくご立腹である。グリーンの出現と共に、幹部第五位のルブルについてもギレオを通して仔細連絡済みだ。
「……送られてきたモノアイを現像させたが、ありゃ駄目だ。靄がかかり過ぎてはっきり見えん」
机上に放られた現像写真に映っていたのは清一と嘉名の背中、そして頭をもたげてそれを見つめる黒々しい影だった。
「ライターと灰皿貸せ」
処分する気なのか、ついさっき差し出した手がかりをグローブのような指が細かく破り捨てる。
「もっと丁寧に見ろ。ギレオさんが命がけで撮ってくれたんだぞ!」
「はん、いいかぁ?こういうもんは写し取った媒体そのものが危ねえんだ。……煙に気をつけろよ」
分厚いクリスタルの灰皿へくべられた写真は、端からじりじりと焦げついて灰燼に帰した。実体を得かけた黒煙がバルドの手に握りつぶされる。煙から産まれかけた触腕が空中に霧散していった。腐した魚の腥い匂いが辺りに漂う。
「……今、煙から……妙なものが出なかったか」
「アブラムシみてえに弱ってるがルブルの眷属だ。磯臭え……。カーッ!!てことはアレだ、あの馬鹿、本気でやらかしやがった!グリーンの狂言じゃあねえ、幹部が一人やられたって事になるぞ!!」
赤ら顔を茹で上がらせてバルドが憤慨する。
「……停戦協定が覆ったりしないだろうか。魔王は知れたらどうなるか……」
鬣の根元を苛々とねじる大鬼の腕が清一の腰にのびた。自分の隣にがっちりとホールドし、海より深くため息をつく。爪を噛んで貧乏揺すりをする姿には余裕がない。
「嗚呼、ちくしょう……どうりで支払いが滞っていると……!金脈が一つフイになっちまったァ……!!」
「…………。おい!聞けって!!」
バーテン服の黒いベストから太ましい指を剥がして、青年が抗議の声を上げた。
「ああ?どうした、イイコだからちょっと待ってろ。オムカエの時間まで十五分、貯水湖の巡視と農地は三掛けで来年までに候補地を……ベスバとアゼラに腐れ役人狩りを任せたから南はいいが、あー不吉だ!金は貸し損、踏み倒されたらケチがつく、このタイミングは不吉だ……!!なあ葉巻くれ。火も頼む。オムカエの時間まであと――」
聞こえていない。……言葉をうっかり飲み込みかけて、清一はふとギレオの言葉を思い出した。
『しゃべってくれないとさァ、わかんねえからさ。もっと教えて欲しいよ、アオイのこと』
「…………。……バルド」
「アァ?うん、糞……頭が回らねえ。どっから不足金回収を……」
「バルド」
「んん~……なあ葉巻――、いだだだだッ!!角を噛むなッ!!!」
清一は伸び上がって大鬼自慢の双角に齧り付いた。机を叩いて遠くを旅していたバルドの意識がリスノワに引き戻される。清一は靴を脱いで座席に仁王立ち、角を押さえて非難がましげにする鬼を見下ろして青年は腕組みをした。
「俺を見ろ」青年の顔が逆光に陰る。眉間の皺が険しい。
「ア?いつも見てる」
「そうじゃない!!……お前は、バルドはいつだって俺を頭数に数えてない。確かに俺には学がないが、そこまで使えない男じゃないぞ!仕事が忙しいのは知ってるよ!!でも全部自分一人で片付けようとする態度に腹が立つ!!」
「は……ええ?ンなことねえよ」
「そんなことあるんだよッ!!繁忙期で頭が回らないとき俺の顔を見ないだろ!わかってるんだからな!シャツ引っぺがして紋の色確認して健康チェック終了、家事炊事にはハウスキーパー雇っておけば問題なしって、そう考えてるの知ってるぞ!!ダグに対してもそうだッ!家庭教師と乳母をつければいいと思っている!!」
「落ち着けって。な!わ、悪い悪い……な、なんか欲しいもんあるか?」
「煩いっ!お前は何にもわかってない!!!」
バルドは焦って視線を彷徨わせるが助け船を出せる者がいない。清一を頭上から照らす灯りが徐々に照度を増していく。視界の端に人差し指をくるくるさせているリリスが映った。おい馬鹿やめろと言う前に襟首を掴まれる。強制的に面頬越しの瞳と視線が合った。
「大体お前はいつもいつも」
「ブルーちゃん鍵~。部屋貸したげるね。お迎えは大丈夫、あれにしとくから」
「お世話になります。……自分のことをやたら蔑ろにして」
「はいサインして」
「あっはい。どうも……おい、聞いてるのか!今日という今日は話を聞いてもらうぞ」
連携が滑らかに過ぎて、バルドは口を挟む暇も無い。焦りに喘ぐ大鬼が最後に見たものは、利用規約書のサインに使用許可のチェックを入れる大淫魔の笑顔であった。
「あ、てっ、てめえら……!!」
「現時刻を以て時空を仮留めさせて頂きます♡――休憩四時間エアポケットコース、いってらっしゃ~い♡」
バルドが見たのはすやすやと眠る甥の姿と、その横で椅子に腰掛けた細君の姿であった。リリスと談笑していた青年の頭が持ち上がり、バルドを捉える。顔の上半分を覆う面頬が立ち上がった勢いで傾いた。
「お疲れ様。連絡は届いたか」
「聞いた、早速ちょっかいかけられたらしいな。怪我でもしてみろ、家に連れて帰るぞ。消し炭になったって構うもんかよ」
鋭い牙をがちがち鳴らし、大鬼はいたくご立腹である。グリーンの出現と共に、幹部第五位のルブルについてもギレオを通して仔細連絡済みだ。
「……送られてきたモノアイを現像させたが、ありゃ駄目だ。靄がかかり過ぎてはっきり見えん」
机上に放られた現像写真に映っていたのは清一と嘉名の背中、そして頭をもたげてそれを見つめる黒々しい影だった。
「ライターと灰皿貸せ」
処分する気なのか、ついさっき差し出した手がかりをグローブのような指が細かく破り捨てる。
「もっと丁寧に見ろ。ギレオさんが命がけで撮ってくれたんだぞ!」
「はん、いいかぁ?こういうもんは写し取った媒体そのものが危ねえんだ。……煙に気をつけろよ」
分厚いクリスタルの灰皿へくべられた写真は、端からじりじりと焦げついて灰燼に帰した。実体を得かけた黒煙がバルドの手に握りつぶされる。煙から産まれかけた触腕が空中に霧散していった。腐した魚の腥い匂いが辺りに漂う。
「……今、煙から……妙なものが出なかったか」
「アブラムシみてえに弱ってるがルブルの眷属だ。磯臭え……。カーッ!!てことはアレだ、あの馬鹿、本気でやらかしやがった!グリーンの狂言じゃあねえ、幹部が一人やられたって事になるぞ!!」
赤ら顔を茹で上がらせてバルドが憤慨する。
「……停戦協定が覆ったりしないだろうか。魔王は知れたらどうなるか……」
鬣の根元を苛々とねじる大鬼の腕が清一の腰にのびた。自分の隣にがっちりとホールドし、海より深くため息をつく。爪を噛んで貧乏揺すりをする姿には余裕がない。
「嗚呼、ちくしょう……どうりで支払いが滞っていると……!金脈が一つフイになっちまったァ……!!」
「…………。おい!聞けって!!」
バーテン服の黒いベストから太ましい指を剥がして、青年が抗議の声を上げた。
「ああ?どうした、イイコだからちょっと待ってろ。オムカエの時間まで十五分、貯水湖の巡視と農地は三掛けで来年までに候補地を……ベスバとアゼラに腐れ役人狩りを任せたから南はいいが、あー不吉だ!金は貸し損、踏み倒されたらケチがつく、このタイミングは不吉だ……!!なあ葉巻くれ。火も頼む。オムカエの時間まであと――」
聞こえていない。……言葉をうっかり飲み込みかけて、清一はふとギレオの言葉を思い出した。
『しゃべってくれないとさァ、わかんねえからさ。もっと教えて欲しいよ、アオイのこと』
「…………。……バルド」
「アァ?うん、糞……頭が回らねえ。どっから不足金回収を……」
「バルド」
「んん~……なあ葉巻――、いだだだだッ!!角を噛むなッ!!!」
清一は伸び上がって大鬼自慢の双角に齧り付いた。机を叩いて遠くを旅していたバルドの意識がリスノワに引き戻される。清一は靴を脱いで座席に仁王立ち、角を押さえて非難がましげにする鬼を見下ろして青年は腕組みをした。
「俺を見ろ」青年の顔が逆光に陰る。眉間の皺が険しい。
「ア?いつも見てる」
「そうじゃない!!……お前は、バルドはいつだって俺を頭数に数えてない。確かに俺には学がないが、そこまで使えない男じゃないぞ!仕事が忙しいのは知ってるよ!!でも全部自分一人で片付けようとする態度に腹が立つ!!」
「は……ええ?ンなことねえよ」
「そんなことあるんだよッ!!繁忙期で頭が回らないとき俺の顔を見ないだろ!わかってるんだからな!シャツ引っぺがして紋の色確認して健康チェック終了、家事炊事にはハウスキーパー雇っておけば問題なしって、そう考えてるの知ってるぞ!!ダグに対してもそうだッ!家庭教師と乳母をつければいいと思っている!!」
「落ち着けって。な!わ、悪い悪い……な、なんか欲しいもんあるか?」
「煩いっ!お前は何にもわかってない!!!」
バルドは焦って視線を彷徨わせるが助け船を出せる者がいない。清一を頭上から照らす灯りが徐々に照度を増していく。視界の端に人差し指をくるくるさせているリリスが映った。おい馬鹿やめろと言う前に襟首を掴まれる。強制的に面頬越しの瞳と視線が合った。
「大体お前はいつもいつも」
「ブルーちゃん鍵~。部屋貸したげるね。お迎えは大丈夫、あれにしとくから」
「お世話になります。……自分のことをやたら蔑ろにして」
「はいサインして」
「あっはい。どうも……おい、聞いてるのか!今日という今日は話を聞いてもらうぞ」
連携が滑らかに過ぎて、バルドは口を挟む暇も無い。焦りに喘ぐ大鬼が最後に見たものは、利用規約書のサインに使用許可のチェックを入れる大淫魔の笑顔であった。
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