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群青出奔:ブルー編
寄る辺を崩す
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「それで倒れたまんま放置されてたってわけ?アッハハハ!!ヒーッ!!」
「ちょっとやめなって。でも……ほんとかわい~ね?ギレオちゃんかわいそ♡飴ちゃんあげるね♡」
バーカウンターの端の席に座り、傷心オーガの周りにサキュバス達が集う。腫れた頬に氷嚢を当ててギレオは虫にするように手で払う仕草をする。
「カッ!!寄るなクソアマ共!ガキ扱いすんじゃねえ!!」
「え~寂しいこと言うなって。あたしら深い深ぁ……い仲じゃん♡」
「指を撫でるな!鬣で三つ編みするなッ!!ババアの病院でちょっと世話した程度の仲だろうが!」
「なになに、何騒いでんの?あっギレオじゃん!!ひさびさー」
「えっギーくん!?あーん来てたのぉ?来るなら言ってよぅ……ねえ、ママにぱっくりされかけたって本当?」
「あっそれね~見逃してもらったらしいよ」
「それはどうして~?」
「なんかァ~♡泣いちゃった♡らしくて」
「ああああああもおおおおお!!!!!!!」
八方から弄ばれてギレオの金髪が逆立っている。通常営業のリスノワでこれだけスタッフの好奇を集める客もなかなか珍しかった。本命に気に入られようと卓についていた一見客から、羨望の視線がギレオに向けられている。移り気なサキュバスたちはひとしきりからかって気が済んだのか、それぞれのタイミングで接客業務に戻っていった。
「……でぇえ?アオイは元気してたわけ?」
バーテンダーの手の中で勢いよくグラスが砕けた。面頬をつけた黒髪の女がみるみる内に体格のいい男の黒服へと変貌を遂げる。
「あっ、あっ、わ、割れ……」
「ドジだなぁ~!!あーあーもう、そこ踏むなよ、カケラが落ちてったから」
「今塵取り持ってきます!」
「おー、絆創膏も貰ってこい」
片付けを済ませたのち、横の席にやってきた彼はしょんぼりと肩を落としている。幸い手の切り傷は浅い。引退して暫く、なお分厚い剣士の手に、オーガ族の大きな手が手当を施していく。
「うう、グラス三つ目……」
「よくクビにならねえなあ」
食器はどれも見るからに高級品だ。清一が握り潰したグラスの根元には宝飾品があしらわれ、輝石から彫り出された不死鳥が羽を広げていた。一脚弁償するだけで己の給金何ヶ月分が消えるのだろう……。取り止めもないことを考えるギレオが視線を戻せば、隣の人間が男前な顔を笑えるくらいシワつかせている。
「な、何にも言わずに家出してすいませんでした……。」
であれば出奔騒動は本人の意思に依るものだったらしい。拐かされた説も浮上していたためギレオは少し安堵した。……それなら、そうさせた原因はこちら側にあるのだろう。煤けた金髪をかき、ギレオはその小さな肩を揺する。
「んなの、こっちだって……いいや。今日時間あるか?」
気のいい若オーガの顔がほっとしたように緩んでいった。何しろ一日気を失っていたのだ。店は開いたばかりである。
安酒を嗜みながら、バーテン業務に励む彼とぽつりぽつり話をした。
薄暗く照明の抑えられた店内で男二人、カウンター越しに見る清一はギレオの心配をよそに元気そうであった。視線の動きや体の緊張具合にも不自然さはない。精神攻撃を受けたために洗脳状態に陥り、サキュバスたちに強制労働をさせられているという仮説も無事否定され、オーガ軍の若武者は懐につけていた通信機の電源を切る。ここからは完全に友人と飲みの時間だ。
「……そんな訳で、あと一ヶ月したら帰ることになりました」
「ふゥん。用心棒は続けんの?」
「屋敷から通うのは難しいから……。辞めることになりますね」
リリスは渋っていると言う。用心棒としてブルーはあまりに優秀だ。最前線でオーガの四肢をばんばか切断していた彼は剣技は勿論体術も一通り修めたスーパーマンである。無体を働く客を排除できる者は多くいても、力加減まで可能な手練れは少ない。実際飲んでいる間に何度かお呼びがかかり、清一は明滅するタイピンの輝石に呼応してその場から姿を消した。転移魔術の類だろう、5分から10分ほどで戻ってきては涼しい顔でギレオにお代わりの是非を問うた。
「随分早くないか!?」
「一般人相手ですよ。体の一部捥いだり現地に埋めたりやる手間がないですから」
こともなげに返す男の手元でマズいカクテルが量産されている。
「なー。俺、送り迎えできっけど」
「え?」
「お前の。ボスの屋敷からこの店まで護衛がいりゃいいんだろ。お前が住んでるの、思いっきり魔王城の一角だぜ。玄関からちょっと歩きゃ転移結晶がある」
転移結晶とは坑道の最深部で採れる巨大な魔力結晶である。特別な加工を必要としない貴重な石であり、空中に飛散する魔素を集めて勝手に魔力を練ってくれる。大抵採れた端から金持ちの魔族が買い取り、消費の激しいテレポート用の魔力タンクとして利用している。広大な魔王城には各階数カ所に分けて転移結晶が設置されていた。結晶体としての質は一級品、リリスの領地へも当然の如く転移できる。
「やりてえことはやりてえって言ってほしーなァ。ダチなんだしさ」
……清一の目が、何かとても得難いものを見たかのように細められた。ギレオは唐突に、ちょっと前までの彼を思い出す。そうそう、このふにゃっとした、やらかい感じ。お産を終えてからこっち、遠く感じられた距離が詰まる気配がした。気を許した笑顔が懐かしい。
「……俺、ちゃんとできるかなぁ」
「用心棒は大丈夫だろ。バーテンはまあ……なんだ……。これさえどうにかできれば……」
ギレオはグラスを努めてそっとカウンターへ戻した。なんだか喉がヒリヒリする。対岸から清一の困惑した声がかけられる。
「えっ?そ……そんなに?」
「くそ、いい雰囲気だったのに……!め、メチャクチャまずい。分量きっちり計って、ど、どうして……!!」
謎の泡を立てたドリンクを回し飲み、サキュバス達が真剣に考え込んでいる。
「……何故色が変わるのかしらね」
「ちょっと粘液っぽくなったよね。味は正直、ドブだわ」
「私はいけますよ!お酒なんて最後は全部ゲロの味じゃないですか!!」
一部ストロングスタイルのサキュバスが喜んでいるが普通に美味しいものを提供したい清一は頭を下げて懇願した。
「もッ、もう一回お願いします!!」
お客そっちのけで検分されているカクテルは最初歩に学ぶとされる基本的なものだ。作り方は至極簡単。グラスに氷を入れ、果実を絞り、二種の酒を順に注いで混ぜる。これだけ。手際によって随分味の変わる奥の深い酒なのだが、今回は作り手がずぶの素人なので味については最低限のラインを審議する。素材の味を下回ったか、否か。
材料、作業工程と、全てをカウンターに伏したギレオがぐったり指差し確認する。
「……できました」
一言でいうと禍々しい。路上に撒かれた廃棄油の如く虹色を纏った光が表面に渦巻いていた。無色透明だったはずの魔胞酒は暗黒色に濁り、それならまだ、わかるが、底からのぼったあぶくは表面に辿り着くと同時に弾けて煙を吹いた。理屈がわからない。清一とギレオはあからさまな毒酒を挟んで思案する。
「どうして……」清一は虚空に両手を差し出して唸る。
「なんでぇ?」ギレオは悪い顔色の明度をさらに落とした。親に聞く童子のように純粋な疑問符。
横から伸びてきた白い腕が、全く同じ角度で俯いていた二人の間からグラスを掻っ攫っていく。見上げて清一は驚いた。折に触れ目をかけてくれている、先輩サキュバスのアリアであった。
「あ、アリアさん……無茶です、危険すぎる!!」
「ふん。査定してあげるわ」
生産元の叫びを無視して桃髪の美少女が杯を煽った。腰に手を当てて其れを飲み干す姿は勇猛そのものだ。彼女のお客である吸血種の彼も絹を裂いたような悲鳴をあげる。
「……ハァッ!!口ほどにもないわね」
「じゃ、じゃあ結構いけるんですね!?」
「馬鹿ッ!!廃棄物よ!!店に出せる代物じゃないわ!!……次までに仕上げてきて。アンタならできるでしょ」
精進なさいと言い捨てて彼女は去っていく。今日のご飯たる美青年は熱っぽく溜め息をつき、その背中を追っていった。ワーウルフの彼氏と切れてから、彼女は吹っ切れたように様々な種族を虜にしている。魅力。飽くなき魅力。力こそ正義。清一は涙した。彼女は、「鍛えよ」と背中で教えてくれているのだ……。
「謎に大物感……」突っ伏したギレオが呟く。
「アリアさん……俺頑張ります!!」
なれる筈だと思った。親として人として、清く正しく美しく、正しく努力し続ければ叶わないことなど何もないと。
———バーカウンターの一歩手前から嘲笑が聞こえてくるまでは。
「ふ、ハハッ!!いや、それ違うでしょぉお。こっ、これ本気でやってます?アハハハ!!や、やばー……!!」
反射的に清一の手が強張ったのをギレオは見た。いやに通りのいい滑った美声が酒場に響く。声だけなら心地いいほどのそれは、悪意を纏って刺々しい。ごく近くの席からだ。振り返って声の方向を見ると、深い翡翠色の長髪、嫌味なほど顔の整った美男が腹を抱えて笑っていた。
「き、昨日からお邪魔させてもらってましたけど……っ!!先輩ほんとに下働きやってるんですねえ!娼館の雑用?いやいや流石に、そりゃないでしょ。地元の子供泣きますよ。元ヒーローが顎で使われてるってさぁー……あっ。一回泣かしちゃったんでしたっけ。ウリバレちゃったとき」
背後で喉の鳴る音がした。清一は幽霊を見るかのような表情で、ギレオの肩越しに男を見ている。蒼白な顔は明らかに具合が悪い。他の客に聞こえないぎりぎりの声量で品のない煽りを仕掛けてくる、嫌味な眼鏡に向けてギレオは威嚇の唸りを上げた。
「アんだてめえ。いきなり感じ悪いンじゃねえか、あぁ?」
「あーあーすみませんねえ、末端の人には僕の顔もわかんないかな?うちの身内がよくお世話かけてるようでェ。……おい」
男の隣に控えていた魚人が触腕を動かし、牙を剥いて威圧するギレオの眼前へと一枚の紙片を突きつける。緑髪は眼鏡のツルをひと押し、白い犬歯の目立つ口を開く。手にとって見てみれば、それは名刺だった。
「どうもぉ、カナミドリいいます。名誉ニンゲン種とかぁ。ヒーローとか……グリーンって言ったらお分かりですかねえ、デカ豚くん」
———嘉名碧。敗戦と同時、平和の為に魔界へ売られたヒーローの一人が、首を傾げて悪辣に笑った。
「ちょっとやめなって。でも……ほんとかわい~ね?ギレオちゃんかわいそ♡飴ちゃんあげるね♡」
バーカウンターの端の席に座り、傷心オーガの周りにサキュバス達が集う。腫れた頬に氷嚢を当ててギレオは虫にするように手で払う仕草をする。
「カッ!!寄るなクソアマ共!ガキ扱いすんじゃねえ!!」
「え~寂しいこと言うなって。あたしら深い深ぁ……い仲じゃん♡」
「指を撫でるな!鬣で三つ編みするなッ!!ババアの病院でちょっと世話した程度の仲だろうが!」
「なになに、何騒いでんの?あっギレオじゃん!!ひさびさー」
「えっギーくん!?あーん来てたのぉ?来るなら言ってよぅ……ねえ、ママにぱっくりされかけたって本当?」
「あっそれね~見逃してもらったらしいよ」
「それはどうして~?」
「なんかァ~♡泣いちゃった♡らしくて」
「ああああああもおおおおお!!!!!!!」
八方から弄ばれてギレオの金髪が逆立っている。通常営業のリスノワでこれだけスタッフの好奇を集める客もなかなか珍しかった。本命に気に入られようと卓についていた一見客から、羨望の視線がギレオに向けられている。移り気なサキュバスたちはひとしきりからかって気が済んだのか、それぞれのタイミングで接客業務に戻っていった。
「……でぇえ?アオイは元気してたわけ?」
バーテンダーの手の中で勢いよくグラスが砕けた。面頬をつけた黒髪の女がみるみる内に体格のいい男の黒服へと変貌を遂げる。
「あっ、あっ、わ、割れ……」
「ドジだなぁ~!!あーあーもう、そこ踏むなよ、カケラが落ちてったから」
「今塵取り持ってきます!」
「おー、絆創膏も貰ってこい」
片付けを済ませたのち、横の席にやってきた彼はしょんぼりと肩を落としている。幸い手の切り傷は浅い。引退して暫く、なお分厚い剣士の手に、オーガ族の大きな手が手当を施していく。
「うう、グラス三つ目……」
「よくクビにならねえなあ」
食器はどれも見るからに高級品だ。清一が握り潰したグラスの根元には宝飾品があしらわれ、輝石から彫り出された不死鳥が羽を広げていた。一脚弁償するだけで己の給金何ヶ月分が消えるのだろう……。取り止めもないことを考えるギレオが視線を戻せば、隣の人間が男前な顔を笑えるくらいシワつかせている。
「な、何にも言わずに家出してすいませんでした……。」
であれば出奔騒動は本人の意思に依るものだったらしい。拐かされた説も浮上していたためギレオは少し安堵した。……それなら、そうさせた原因はこちら側にあるのだろう。煤けた金髪をかき、ギレオはその小さな肩を揺する。
「んなの、こっちだって……いいや。今日時間あるか?」
気のいい若オーガの顔がほっとしたように緩んでいった。何しろ一日気を失っていたのだ。店は開いたばかりである。
安酒を嗜みながら、バーテン業務に励む彼とぽつりぽつり話をした。
薄暗く照明の抑えられた店内で男二人、カウンター越しに見る清一はギレオの心配をよそに元気そうであった。視線の動きや体の緊張具合にも不自然さはない。精神攻撃を受けたために洗脳状態に陥り、サキュバスたちに強制労働をさせられているという仮説も無事否定され、オーガ軍の若武者は懐につけていた通信機の電源を切る。ここからは完全に友人と飲みの時間だ。
「……そんな訳で、あと一ヶ月したら帰ることになりました」
「ふゥん。用心棒は続けんの?」
「屋敷から通うのは難しいから……。辞めることになりますね」
リリスは渋っていると言う。用心棒としてブルーはあまりに優秀だ。最前線でオーガの四肢をばんばか切断していた彼は剣技は勿論体術も一通り修めたスーパーマンである。無体を働く客を排除できる者は多くいても、力加減まで可能な手練れは少ない。実際飲んでいる間に何度かお呼びがかかり、清一は明滅するタイピンの輝石に呼応してその場から姿を消した。転移魔術の類だろう、5分から10分ほどで戻ってきては涼しい顔でギレオにお代わりの是非を問うた。
「随分早くないか!?」
「一般人相手ですよ。体の一部捥いだり現地に埋めたりやる手間がないですから」
こともなげに返す男の手元でマズいカクテルが量産されている。
「なー。俺、送り迎えできっけど」
「え?」
「お前の。ボスの屋敷からこの店まで護衛がいりゃいいんだろ。お前が住んでるの、思いっきり魔王城の一角だぜ。玄関からちょっと歩きゃ転移結晶がある」
転移結晶とは坑道の最深部で採れる巨大な魔力結晶である。特別な加工を必要としない貴重な石であり、空中に飛散する魔素を集めて勝手に魔力を練ってくれる。大抵採れた端から金持ちの魔族が買い取り、消費の激しいテレポート用の魔力タンクとして利用している。広大な魔王城には各階数カ所に分けて転移結晶が設置されていた。結晶体としての質は一級品、リリスの領地へも当然の如く転移できる。
「やりてえことはやりてえって言ってほしーなァ。ダチなんだしさ」
……清一の目が、何かとても得難いものを見たかのように細められた。ギレオは唐突に、ちょっと前までの彼を思い出す。そうそう、このふにゃっとした、やらかい感じ。お産を終えてからこっち、遠く感じられた距離が詰まる気配がした。気を許した笑顔が懐かしい。
「……俺、ちゃんとできるかなぁ」
「用心棒は大丈夫だろ。バーテンはまあ……なんだ……。これさえどうにかできれば……」
ギレオはグラスを努めてそっとカウンターへ戻した。なんだか喉がヒリヒリする。対岸から清一の困惑した声がかけられる。
「えっ?そ……そんなに?」
「くそ、いい雰囲気だったのに……!め、メチャクチャまずい。分量きっちり計って、ど、どうして……!!」
謎の泡を立てたドリンクを回し飲み、サキュバス達が真剣に考え込んでいる。
「……何故色が変わるのかしらね」
「ちょっと粘液っぽくなったよね。味は正直、ドブだわ」
「私はいけますよ!お酒なんて最後は全部ゲロの味じゃないですか!!」
一部ストロングスタイルのサキュバスが喜んでいるが普通に美味しいものを提供したい清一は頭を下げて懇願した。
「もッ、もう一回お願いします!!」
お客そっちのけで検分されているカクテルは最初歩に学ぶとされる基本的なものだ。作り方は至極簡単。グラスに氷を入れ、果実を絞り、二種の酒を順に注いで混ぜる。これだけ。手際によって随分味の変わる奥の深い酒なのだが、今回は作り手がずぶの素人なので味については最低限のラインを審議する。素材の味を下回ったか、否か。
材料、作業工程と、全てをカウンターに伏したギレオがぐったり指差し確認する。
「……できました」
一言でいうと禍々しい。路上に撒かれた廃棄油の如く虹色を纏った光が表面に渦巻いていた。無色透明だったはずの魔胞酒は暗黒色に濁り、それならまだ、わかるが、底からのぼったあぶくは表面に辿り着くと同時に弾けて煙を吹いた。理屈がわからない。清一とギレオはあからさまな毒酒を挟んで思案する。
「どうして……」清一は虚空に両手を差し出して唸る。
「なんでぇ?」ギレオは悪い顔色の明度をさらに落とした。親に聞く童子のように純粋な疑問符。
横から伸びてきた白い腕が、全く同じ角度で俯いていた二人の間からグラスを掻っ攫っていく。見上げて清一は驚いた。折に触れ目をかけてくれている、先輩サキュバスのアリアであった。
「あ、アリアさん……無茶です、危険すぎる!!」
「ふん。査定してあげるわ」
生産元の叫びを無視して桃髪の美少女が杯を煽った。腰に手を当てて其れを飲み干す姿は勇猛そのものだ。彼女のお客である吸血種の彼も絹を裂いたような悲鳴をあげる。
「……ハァッ!!口ほどにもないわね」
「じゃ、じゃあ結構いけるんですね!?」
「馬鹿ッ!!廃棄物よ!!店に出せる代物じゃないわ!!……次までに仕上げてきて。アンタならできるでしょ」
精進なさいと言い捨てて彼女は去っていく。今日のご飯たる美青年は熱っぽく溜め息をつき、その背中を追っていった。ワーウルフの彼氏と切れてから、彼女は吹っ切れたように様々な種族を虜にしている。魅力。飽くなき魅力。力こそ正義。清一は涙した。彼女は、「鍛えよ」と背中で教えてくれているのだ……。
「謎に大物感……」突っ伏したギレオが呟く。
「アリアさん……俺頑張ります!!」
なれる筈だと思った。親として人として、清く正しく美しく、正しく努力し続ければ叶わないことなど何もないと。
———バーカウンターの一歩手前から嘲笑が聞こえてくるまでは。
「ふ、ハハッ!!いや、それ違うでしょぉお。こっ、これ本気でやってます?アハハハ!!や、やばー……!!」
反射的に清一の手が強張ったのをギレオは見た。いやに通りのいい滑った美声が酒場に響く。声だけなら心地いいほどのそれは、悪意を纏って刺々しい。ごく近くの席からだ。振り返って声の方向を見ると、深い翡翠色の長髪、嫌味なほど顔の整った美男が腹を抱えて笑っていた。
「き、昨日からお邪魔させてもらってましたけど……っ!!先輩ほんとに下働きやってるんですねえ!娼館の雑用?いやいや流石に、そりゃないでしょ。地元の子供泣きますよ。元ヒーローが顎で使われてるってさぁー……あっ。一回泣かしちゃったんでしたっけ。ウリバレちゃったとき」
背後で喉の鳴る音がした。清一は幽霊を見るかのような表情で、ギレオの肩越しに男を見ている。蒼白な顔は明らかに具合が悪い。他の客に聞こえないぎりぎりの声量で品のない煽りを仕掛けてくる、嫌味な眼鏡に向けてギレオは威嚇の唸りを上げた。
「アんだてめえ。いきなり感じ悪いンじゃねえか、あぁ?」
「あーあーすみませんねえ、末端の人には僕の顔もわかんないかな?うちの身内がよくお世話かけてるようでェ。……おい」
男の隣に控えていた魚人が触腕を動かし、牙を剥いて威圧するギレオの眼前へと一枚の紙片を突きつける。緑髪は眼鏡のツルをひと押し、白い犬歯の目立つ口を開く。手にとって見てみれば、それは名刺だった。
「どうもぉ、カナミドリいいます。名誉ニンゲン種とかぁ。ヒーローとか……グリーンって言ったらお分かりですかねえ、デカ豚くん」
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