イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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群青出奔:ブルー編

鬼と夜遊び

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 「だからぁ!!俺は、悪くないッ!!んれすって!!」
 「ええ~これすごくない?」
 「ベソかいちゃったよ、マジ可愛いんだけど。ボス~?これ大丈夫?」
 卓に突っ伏して泣きじゃくっているのはシート席に拘束されて身動きの取れないブルー、もとい黒服のクロである。共同経営者に嵌められたリリスは遂に音をあげて店の貸し切りを許可した。シャンパンタワー三基の向こうでやけ酒ついでにオーガ達を巻き込み、飲み勝負を始めている。
 誰ぞが持ち込んだミラーボールが彩るバールーム、対岸に位置する革張りのVIP席に大の男が縄で括られていた。
 「クロっち本当にあのブルーなん?この泣きべそでヒーローは無理でしょ」
 「バカいうな。こっちの目を潰したのはこいつだぞぉ」
 「キャァカッコイイ~!!」
 青井は黄色い声に反応することもできず、はふはふ酒臭い呼吸を繰り返す。視界が回る。先ほどまでバルドの嫌味ったらしい絡みを跳ね除けつつ無心でグラスを空け続けていたことは覚えている。お前俺のカミさんに似てるな。いや違います人違いです。そうかなら呑め、理屈はわからないが勢いに流され、おそらく途轍もなくハイプライスなボトルをピンドンシャンと開けまくり……。
 「……っく、んっぐ……きら……きら……」
 硝子越しにケミカルブルーの魔胞が対流している。ひんやりとした感触を求めて鼻先を押しつけると、顔の上半分を覆う仮面とぶつかって間抜けにも澄んだ音を立てた。
 サキュバスたちが心配そうに撃墜された用心棒を覗き込む。
 「ヤダも~なんか可愛い……。ねえアリア、あんた膝枕してあげなよ。狙ってたじゃん」
 「ハァ~?頭沸いてんの?既婚は問題外。ボス!いい加減に止めないと嫌われるよ!」
 「はん。構わんさ。クソアマどもがいびったところを慰めりゃ、俺様の株もだだ上がりよ」
 「ちょっと聞こえてんだけど!!」
 「こっちは魔石(インスタント)で我慢してやってんだからね!!」
 「ビイビイうるせえなあ、せいぜい高え酒頼んで上前はねとけ。お前ら呼ぶのは今夜限りだからな」
 頭上で会話が盛り上がっている。腰回りの圧迫感が突如消え、体が宙に浮く。拘束していたベルトが千切られたのだ。酔いが回って酒に呑まれた今、世界の全てが遠く曲がりくねって見える。
 「は、な、せぇ~っ……!!」
 「ゴラ暴れんじゃねえ!!ったく、用心棒が聞いて呆れるぜ。婆の証文はどこだ?破いて捨ててやる」
 「ゔぅ、俺は、俺は違う!ブルーちがう……クロらぁ……!」
 「あいあい。そうだな。偽名まで誂えてくれて助かった……お前が『セーイチ』なら、今頃俺様は火達磨だよ。ッグアァ!!噛むな角を!!」
 オーガの膝から抜け出そうとびちびち暴れるが、そんな抵抗が効く相手ではない。仰け反ってご立派な角に齧り付くと忌々しげな呻きが上がった。案外非難の声が大きい。今まさに牙をむいている青年の顔に一瞬の衝撃が走る。仮面の下が真顔に落ち着き、そして突如何もかも理解したような笑みが広がった。
 「むぁ……ング、ぐ!!」
 「いッででででッ!!止めろつってんだろうが!!……じっとしてろ!!よく見えやしねえ」
 頭にじゃれつく酔っぱらいを片手で押さえ込み、大鬼の手が黒服を脱がしていく。ベストが剥ぎ取られスラックスに納められたシャツの裾まで引っ張り出された。腹筋を確認する寸でのところでバルドは威嚇の唸りをあげる。
 「散れ!!見せもんじゃねえぞ!」
 「ちぇー」
 「ケチ!ケチケチ」
 蝶々の群れが散っていく。『クロ』はお気に入りのツノに食いついたまま大きな首に抱き着いた。目を閉じて、ガサついた大きな手が下腹を探っているのをぼんやりと感触で悟る。鬣は土と火花の匂い。大きな手のひらが腹を離れ、服の上から膝、太腿を経て右肘を撫で、関節を数回屈伸させてくる。顔を見せろと言わんばかりに首根っこを引っ掴まれ、猫の子よろしくその膝へ納められた。
 バルドはあくまで仮面を外さぬようその下の目元を探る。
 「んへ……アッハハ!はなせよぉ」
 「ふん、傷増やしちゃいねえようだな……あに笑ってやがんだ~ァア?」
 「うるはい!もうしらない!!」
 大きな手がボタンを閉める。目の前が暗くなったので何かと思ったら、真紅に金細工の施された派手な外套で全身を包まれていた。釦にミラーボールの光が反射する。視界の端々がきらきら瞬いて面白い、巻き簀から顔と腕だけ出した滑稽な姿で青年が笑う。
 「きらきら、光って……ンわぁ~!」
 「キまってんなぁ。んなに飲ませたか?」
 「半分ニンゲンちゃんでしょ。魔胞入り飲ませたんだから当然じゃん」
 「ね~」
 いつの間にか美女達が舞い戻り、卓が再び賑やかになる。半魔族の当人はご機嫌で外套ごしにバルドを背もたれにしていた。夢現で見上げてくる顔がいっそう幸福そうに緩む。
 「あんだよ」
 「きらきら……」
 薄暗い仮面の下、金冠が沈んだ青の瞳に、大鬼の金眼が反射している。
 「……キラキラしたもんが好きかぁ?」
 「すき!」
 「おいおいおい!金のかかる兄ちゃんだなァ!!ウェイター!端から全部持ってこい!!」
 周りのサキュバスたちが何やら大騒ぎしている。目の前にどんどんと煌びやかなボトルが並べられていくので、愉快な気持ちになってサキュバス仲間と大笑いをした。魔界の戦艦や合成獣を可愛らしく象った飾りボトルが整列し、片端から開けられては新しいものに交換される。最後のほうは魔法で部屋中金箔が舞っていた気がする。筋肉質な膝がぬくい。清一は船型の空き瓶を抱いて目を瞬かせる。
 バルドは最近、特に仕事でいそがしい。わかってる、わかってるけど……ダゴンはやっぱり寂しそうだ。
 ……金の瞳のかわいいダゴン。きっとお土産を喜んでくれる―――。
 「わぁったよ、土産にお迎えな。そんなもん俺様だってなぁ……」
 最後まで聞くことはできなかった。安心極まる体温に体をもたれ掛けさせ、清一は抗えない眠りに落ちていく。
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