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群青出奔:ブルー編
再就職だよ!青井くん
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「こんなにもらえません」
「いいえ、貴方のお給料よ。受け取って頂戴」
しかし札束だ。魔界の通貨がどれほどの価値か知らないが、かなり高額なのだろう。清一の視線がテーブルとリリスを往復する。
(こ、こんなに簡単に再就職できてしまった……)
両手に載せられた貨幣入りの袋に頭がクラクラする。突然の家出からこっち、上手くことが進み過ぎていてどうにも落ち着かない。
———現在清一はダゴンを連れてこの魔女の娼館で世話になっている。家出先にできる場所がどこにもなかった清一に手を差し伸べたのはリリスの侍従兼息子の家庭教師を務めるルイゼだった。あれよあれよという間に着の身着のままバルド邸を出奔し、やってきたのは古城と見紛う高級娼館。用心棒として雇用先を充てがわれ、仕事を始めてから既に数日が経過している。
「そもそもブル……」
「リ、リリスさん!!」
「いやっ!いけない……ブルドッグ!ブルスケッタ!!」
幸い後方で給金を数えるスタッフの耳には入らなかったらしい。清一の身の上は誰にも漏らさぬようリリス自身が厳命している。わざとらしい咳払いで会話が仕切り直された。
「ごほん。……クロちゃんは魔界のお金、今まで使ったことある?」
執務机で腕を組み、リリスの恐ろしく整った顔が清一を見上げた。
「あ、ありませんが……」
「そんなの勿体ないわ!それは日給よ、ダゴンちゃんも連れてショッピングに行くわよ。貴方たちも準備して!今日は私が出すわ!!」
後ろで給料を確認していた勤務明けのサキュバス達が黄色い声をあげる。指先ひとふりで彼女達を色直しさせたリリスは、ふと清一を振り向いた。ぎくりと肩が揺れてしまう。にっこり蕩けるような笑みを見たらもう諦めるしかない。
淫魔であり魔女も兼ねる彼女の細い指が清一の面に触れるなり、旋風が髪を掻き回した。ちかちか煌めく魔胞が辺りを被い、周囲に霧散して覆いをかたどる。
「う、うわぁ……」
清一は己の首から下を見て呻いた。骨格から何もかも、見慣れた自分の身体とはかけ離れている。ストンと落下した視界はリリスと正面から向かい合う高さになっていた。
「真っ黒!クロちゃん、レースのドレスだね!お面はそのままぁ?」
「お化粧させてよママ!」
「いや、お構いなく……っ」
右と左にくっついてくるのはサラとエマ、双子の年若いサキュバスだ。可憐な容姿に反して清一の数十歳は年上だという。少女人形のような小さい顔をぴったりと清一の二の腕にあて、まごつく新人を挟み込む。
ブロンドの美女が仕方なさそうに笑った。
「居場所がバレちゃうから駄目よ。でもそうね、フルフェイスだとお茶するときに邪魔だわ。えい」
「……ッ!!」
メキメキ音を立てて清一の頬骨が形を変えていく。ぺたぺた触ってみて仮面が挿げ替えられていることに気がついた。鼻から上を隠す半面タイプ。顔の形なんか気にしたことはなかったが、輪郭が明らかに二回りほど縮んでいる。……魔法って怖い。
促されるまま連れ出された先は、繁華街の中心に位置する巨塔であった。店の隣に併設されているから移動もほぼ無いに等しい。赤い扉をくぐれば、煌びやかな店が建ち並んだ大広間に出る。
「魔界の商店って、なんていうか……豪華ですね」
「そうでしょお、私がひとりひとり腕の良い職人さんを集めて出店させてるの。お洋服はもちろん、アクセサリーや食べ物だって。全ての店で一級の品を扱ってるわ!ここで買えないものなんかないのよ」
ショーウィンドウを冷やかしながらリリスの供をする。周りでお喋りを楽しんでいたサキュバスたちはめいめい目的の店へ散っていき、清一は身動き取りずらそうにハイヒールの後を追いかけた。
「……リスノワ本店の稼ぎなんてね、見た目ほどないの。私たちの本業はこれ」
リリスの脚がある店で止まった。宝飾品店だ。リスノワのスタッフたちも何人か店内でアクセサリーを見繕っている。店のあちこちに吊るされたランタンの灯りを受けて、棚に陳列された品物の金具がきらきら瞬く。
「ここの石は私たちが卸してるわ。魔力が詰まった輝石ほど高値がつくの。カラの石に魔力を注げるのは淫魔だけなのよ!」
「うわ、すっご……!!」
指し示されたのは深い紅色に輝く大粒のガーネットだった。まわりを金で縁取られ、ペンダントに加工されている。近くで見ると赤く見えるのは石の色ではなく、水晶の内に対流する光の色なのだとわかった。透明な結晶の内側で光の砂粒が絶えず流動し、水晶石それ自体が輝いているようにさえ見える。
……魔族たちはこの砂状の光を魔胞と呼ぶ。魔力がそのまま可視化された状態を指すらしい。石に込められる魔力の量が多ければ多いほど石の色は濃く、鮮やかに染まる。
「うちの子達が接客中もアクセサリーを外さないのはね、吸い上げた魔力を石に吸わせるため。お客の精気の出し渋りにも気づけるし、空腹状態もわかるから健康管理がしやすくなるわ。サキュバス族には必須アイテムね。私たち夢魔は空の水晶を装身具に加工してもらって、魔力が満ちたら石だけを交換しにくるの。……お腹が空いた時は、逆に水晶に溜めた魔力で補給ができるわ。……高くつくけれど、石さえ買えればセックスなしでも生きていける」
あなたも一つ、お選びなさいな。リリスが具体的に何かを買えと言ってくるのは初めてのことだった。極楽鳥が羽ばたくように、ブロンドの美女は清一の隣を離れて他所の店へ流れていく。
……硝子のショーウィンドウにありとあらゆる宝飾品が並んでいた。美しい品ばかりだけれど、剣を振るう職務上指輪は邪魔だしネックレスには先約があった。ブレスレット、ピアス、髪飾り。馴染みのないものばかりで、しばらくショーケースの前で立ち尽くしてしまう。
清一がまごついていると肩を叩くものがあった。目線の高さが同じになった為か、薄桃髪の気が強そうな美貌に少しばかり戸惑う。名前は確かアリアと言った。彼女は迷う清一にタイピンを指し示した。
「アンタの仕事中でもつけやすいんじゃない」
「……そうか。ありがとうございます」
「別にぃ。そのピンならちっちゃい水晶三つはつけられるだろうしね。……一応空の石も買っておいた方がいいよ」
ドレスの胸元にピンが差し込まれる。無色透明であった水晶が薄氷の如き空色に染まった。黒服にも合わせやすい煤けた金地のタイピンが、清一にとって魔界で初めての買い物となった。
「いいえ、貴方のお給料よ。受け取って頂戴」
しかし札束だ。魔界の通貨がどれほどの価値か知らないが、かなり高額なのだろう。清一の視線がテーブルとリリスを往復する。
(こ、こんなに簡単に再就職できてしまった……)
両手に載せられた貨幣入りの袋に頭がクラクラする。突然の家出からこっち、上手くことが進み過ぎていてどうにも落ち着かない。
———現在清一はダゴンを連れてこの魔女の娼館で世話になっている。家出先にできる場所がどこにもなかった清一に手を差し伸べたのはリリスの侍従兼息子の家庭教師を務めるルイゼだった。あれよあれよという間に着の身着のままバルド邸を出奔し、やってきたのは古城と見紛う高級娼館。用心棒として雇用先を充てがわれ、仕事を始めてから既に数日が経過している。
「そもそもブル……」
「リ、リリスさん!!」
「いやっ!いけない……ブルドッグ!ブルスケッタ!!」
幸い後方で給金を数えるスタッフの耳には入らなかったらしい。清一の身の上は誰にも漏らさぬようリリス自身が厳命している。わざとらしい咳払いで会話が仕切り直された。
「ごほん。……クロちゃんは魔界のお金、今まで使ったことある?」
執務机で腕を組み、リリスの恐ろしく整った顔が清一を見上げた。
「あ、ありませんが……」
「そんなの勿体ないわ!それは日給よ、ダゴンちゃんも連れてショッピングに行くわよ。貴方たちも準備して!今日は私が出すわ!!」
後ろで給料を確認していた勤務明けのサキュバス達が黄色い声をあげる。指先ひとふりで彼女達を色直しさせたリリスは、ふと清一を振り向いた。ぎくりと肩が揺れてしまう。にっこり蕩けるような笑みを見たらもう諦めるしかない。
淫魔であり魔女も兼ねる彼女の細い指が清一の面に触れるなり、旋風が髪を掻き回した。ちかちか煌めく魔胞が辺りを被い、周囲に霧散して覆いをかたどる。
「う、うわぁ……」
清一は己の首から下を見て呻いた。骨格から何もかも、見慣れた自分の身体とはかけ離れている。ストンと落下した視界はリリスと正面から向かい合う高さになっていた。
「真っ黒!クロちゃん、レースのドレスだね!お面はそのままぁ?」
「お化粧させてよママ!」
「いや、お構いなく……っ」
右と左にくっついてくるのはサラとエマ、双子の年若いサキュバスだ。可憐な容姿に反して清一の数十歳は年上だという。少女人形のような小さい顔をぴったりと清一の二の腕にあて、まごつく新人を挟み込む。
ブロンドの美女が仕方なさそうに笑った。
「居場所がバレちゃうから駄目よ。でもそうね、フルフェイスだとお茶するときに邪魔だわ。えい」
「……ッ!!」
メキメキ音を立てて清一の頬骨が形を変えていく。ぺたぺた触ってみて仮面が挿げ替えられていることに気がついた。鼻から上を隠す半面タイプ。顔の形なんか気にしたことはなかったが、輪郭が明らかに二回りほど縮んでいる。……魔法って怖い。
促されるまま連れ出された先は、繁華街の中心に位置する巨塔であった。店の隣に併設されているから移動もほぼ無いに等しい。赤い扉をくぐれば、煌びやかな店が建ち並んだ大広間に出る。
「魔界の商店って、なんていうか……豪華ですね」
「そうでしょお、私がひとりひとり腕の良い職人さんを集めて出店させてるの。お洋服はもちろん、アクセサリーや食べ物だって。全ての店で一級の品を扱ってるわ!ここで買えないものなんかないのよ」
ショーウィンドウを冷やかしながらリリスの供をする。周りでお喋りを楽しんでいたサキュバスたちはめいめい目的の店へ散っていき、清一は身動き取りずらそうにハイヒールの後を追いかけた。
「……リスノワ本店の稼ぎなんてね、見た目ほどないの。私たちの本業はこれ」
リリスの脚がある店で止まった。宝飾品店だ。リスノワのスタッフたちも何人か店内でアクセサリーを見繕っている。店のあちこちに吊るされたランタンの灯りを受けて、棚に陳列された品物の金具がきらきら瞬く。
「ここの石は私たちが卸してるわ。魔力が詰まった輝石ほど高値がつくの。カラの石に魔力を注げるのは淫魔だけなのよ!」
「うわ、すっご……!!」
指し示されたのは深い紅色に輝く大粒のガーネットだった。まわりを金で縁取られ、ペンダントに加工されている。近くで見ると赤く見えるのは石の色ではなく、水晶の内に対流する光の色なのだとわかった。透明な結晶の内側で光の砂粒が絶えず流動し、水晶石それ自体が輝いているようにさえ見える。
……魔族たちはこの砂状の光を魔胞と呼ぶ。魔力がそのまま可視化された状態を指すらしい。石に込められる魔力の量が多ければ多いほど石の色は濃く、鮮やかに染まる。
「うちの子達が接客中もアクセサリーを外さないのはね、吸い上げた魔力を石に吸わせるため。お客の精気の出し渋りにも気づけるし、空腹状態もわかるから健康管理がしやすくなるわ。サキュバス族には必須アイテムね。私たち夢魔は空の水晶を装身具に加工してもらって、魔力が満ちたら石だけを交換しにくるの。……お腹が空いた時は、逆に水晶に溜めた魔力で補給ができるわ。……高くつくけれど、石さえ買えればセックスなしでも生きていける」
あなたも一つ、お選びなさいな。リリスが具体的に何かを買えと言ってくるのは初めてのことだった。極楽鳥が羽ばたくように、ブロンドの美女は清一の隣を離れて他所の店へ流れていく。
……硝子のショーウィンドウにありとあらゆる宝飾品が並んでいた。美しい品ばかりだけれど、剣を振るう職務上指輪は邪魔だしネックレスには先約があった。ブレスレット、ピアス、髪飾り。馴染みのないものばかりで、しばらくショーケースの前で立ち尽くしてしまう。
清一がまごついていると肩を叩くものがあった。目線の高さが同じになった為か、薄桃髪の気が強そうな美貌に少しばかり戸惑う。名前は確かアリアと言った。彼女は迷う清一にタイピンを指し示した。
「アンタの仕事中でもつけやすいんじゃない」
「……そうか。ありがとうございます」
「別にぃ。そのピンならちっちゃい水晶三つはつけられるだろうしね。……一応空の石も買っておいた方がいいよ」
ドレスの胸元にピンが差し込まれる。無色透明であった水晶が薄氷の如き空色に染まった。黒服にも合わせやすい煤けた金地のタイピンが、清一にとって魔界で初めての買い物となった。
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