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金継ぎの青 下:ブルー編
ダゴンと魔女
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育児の日々は忙しなく過ぎる。
バルドをほとんどそのままミニチュア化したような我が子は、すくすくと成長を遂げていた。一ヶ月で膝丈ほど、二ヶ月経てば身長はもう腰の位置に達する。
「いや怖いわ……。坊ちゃん、もう俺よりしゃべれるでしょ」
割烹着のギレオが青ざめた顔で呟く。一月前まで壁から壁へ飛び回っては大穴を開けていた小さな弾丸は、椅子にきちんと座って経済新聞を読んでいる。
「父上。クラーケン出資の三社、株価が暴落しています。おととい言った通りでしょ」
「…………。」
「聞いてますか?父上、僕もう一緒に働けます。ね、連れてってくれたら役に立ちますよ。そうでしょギレオ、そうだよね」
「いや~、うん、そうね……いでぇっ!!」
「……いいか。ガキは、食って遊んで、寝るのが仕事だ」
オーガ族の首領は、ころころと足下に纏わり付く息子を制して執務に向かう。子どもは遊ぶのが仕事だと思っていたが、凄まじい勢いで脳味噌を育てている息子は父親について行きたくて仕方無いようだ。
雑に撫で繰りまわされ、しょぼくれた仔鬼をブルーが抱き止める。
「父上行っちゃった……」
「そうだなあ、寂しいな」
「母上も寂しい?」
「ダグと一緒だよ。さあ、今日はどんな本を一緒に読もうか」
珠のような仔鬼には、ダゴンという名が与えられた。強面の番いそっくりに育つ息子ではあるが、徐々に見え隠れし始めた人なつこさは父親の側近たちを残らず虜にしている。特に産まれてすぐから面倒を見てくれていた三人の養育係はべたべたにダゴンを溺愛している。
お昼寝の時間に入ったあと、ブルーはギレオに尋ねた。
「この子、あとどのくらいこうしてくれると思う?」
「そうだな~……坊ちゃん賢いから、半年くらいで大人を煩がりそうだよな……」
反抗期ということか。魔族の成長速度の中でも、オーガのそれは特に早い。幼いころから弟や妹の世話をして育ったブルーからすれば、考えられないスパンである。
「すぐですぞ。すぐ大人になります」
陰鬱そうな顔で意見を言うのはベイレスである。
「見てみなさい、旦那様など五年数えぬうちに手のつけられない暴れん坊になりました。この愛らしいダゴン様とていずれは!!」
ベイレスは年老いたオーガで、バルドの世話役を務めたこともある男だ。感慨に耽ってすぐ泣く悪い癖がある。小さなお手々を握って男泣きしているが、本当にそうなるのだろうか。
「家庭教師が要る」
そう進言するのは一ヶ月前までダゴンに鼻っ柱を折られて泣いていたヴォイドだった。
「旦那様のアレはきっと、最初の一年が良くなかったんだ。今から家庭教師をつけて清く正しく美しく育てやしょう」
「酷い言われようですけど、バルドはやんちゃが足りないって心配してますよ」
「尚更いかん。旦那様に悟られねえうちに手配しなけりゃ」
青年の憂慮など関係無しに話が進んでいく。バルドが聞いていたら血を見そうなやり取りではあったが、オーガのことはオーガが一番わかっている筈だ。他人に迷惑をかけない程度に健康でいてくれたら清一はそれで良かった。そんな成り行きで家庭教師が手配されることになり、一人の魔女がバルド邸にやってきた。リリスの侍従であるという彼女を見て、まずギレオが白目を剝いた。
「ル、ル、ルルル……」
「リリス様の侍従をしております、ルイゼと申します。……お教えするのはこちらの坊やでしょうか」
「こんにちは!初めまして!!家庭教師の先生ですか!」
「こんにちは。あらまあ、元気な生徒さんだこと」
同姓同名の魔女に違いないとギレオは思った。バルド邸を襲ったルイゼは、こんなふうに化粧っ気のない女ではなかったし、何より雰囲気が毒花のような魔女である。目の前の女は目鼻立ちこそ似ているものの、間違っても鬼の魂を抜いて遊ぶようには見えない華奢な魔女だ。ギレオの後ろからブルーが顔を覗かせる。白雪のクラシックドレスに身を包んだ家庭教師が青年を見て微笑んだ。
「初めまして。これからまた、どうか宜しく」
「は、はぁ……。どこかでお会いしましたか?」
「似た人に会うと、よく言われるの。坊やのお名前をお聞きしてもいいかしら」
笑窪の形が、ある人によく似た魔女だった。彼女はすぐにバルド邸に馴染み、ダゴンにあれこれと知識を授けるかけがえのない存在になっていく。
バルドをほとんどそのままミニチュア化したような我が子は、すくすくと成長を遂げていた。一ヶ月で膝丈ほど、二ヶ月経てば身長はもう腰の位置に達する。
「いや怖いわ……。坊ちゃん、もう俺よりしゃべれるでしょ」
割烹着のギレオが青ざめた顔で呟く。一月前まで壁から壁へ飛び回っては大穴を開けていた小さな弾丸は、椅子にきちんと座って経済新聞を読んでいる。
「父上。クラーケン出資の三社、株価が暴落しています。おととい言った通りでしょ」
「…………。」
「聞いてますか?父上、僕もう一緒に働けます。ね、連れてってくれたら役に立ちますよ。そうでしょギレオ、そうだよね」
「いや~、うん、そうね……いでぇっ!!」
「……いいか。ガキは、食って遊んで、寝るのが仕事だ」
オーガ族の首領は、ころころと足下に纏わり付く息子を制して執務に向かう。子どもは遊ぶのが仕事だと思っていたが、凄まじい勢いで脳味噌を育てている息子は父親について行きたくて仕方無いようだ。
雑に撫で繰りまわされ、しょぼくれた仔鬼をブルーが抱き止める。
「父上行っちゃった……」
「そうだなあ、寂しいな」
「母上も寂しい?」
「ダグと一緒だよ。さあ、今日はどんな本を一緒に読もうか」
珠のような仔鬼には、ダゴンという名が与えられた。強面の番いそっくりに育つ息子ではあるが、徐々に見え隠れし始めた人なつこさは父親の側近たちを残らず虜にしている。特に産まれてすぐから面倒を見てくれていた三人の養育係はべたべたにダゴンを溺愛している。
お昼寝の時間に入ったあと、ブルーはギレオに尋ねた。
「この子、あとどのくらいこうしてくれると思う?」
「そうだな~……坊ちゃん賢いから、半年くらいで大人を煩がりそうだよな……」
反抗期ということか。魔族の成長速度の中でも、オーガのそれは特に早い。幼いころから弟や妹の世話をして育ったブルーからすれば、考えられないスパンである。
「すぐですぞ。すぐ大人になります」
陰鬱そうな顔で意見を言うのはベイレスである。
「見てみなさい、旦那様など五年数えぬうちに手のつけられない暴れん坊になりました。この愛らしいダゴン様とていずれは!!」
ベイレスは年老いたオーガで、バルドの世話役を務めたこともある男だ。感慨に耽ってすぐ泣く悪い癖がある。小さなお手々を握って男泣きしているが、本当にそうなるのだろうか。
「家庭教師が要る」
そう進言するのは一ヶ月前までダゴンに鼻っ柱を折られて泣いていたヴォイドだった。
「旦那様のアレはきっと、最初の一年が良くなかったんだ。今から家庭教師をつけて清く正しく美しく育てやしょう」
「酷い言われようですけど、バルドはやんちゃが足りないって心配してますよ」
「尚更いかん。旦那様に悟られねえうちに手配しなけりゃ」
青年の憂慮など関係無しに話が進んでいく。バルドが聞いていたら血を見そうなやり取りではあったが、オーガのことはオーガが一番わかっている筈だ。他人に迷惑をかけない程度に健康でいてくれたら清一はそれで良かった。そんな成り行きで家庭教師が手配されることになり、一人の魔女がバルド邸にやってきた。リリスの侍従であるという彼女を見て、まずギレオが白目を剝いた。
「ル、ル、ルルル……」
「リリス様の侍従をしております、ルイゼと申します。……お教えするのはこちらの坊やでしょうか」
「こんにちは!初めまして!!家庭教師の先生ですか!」
「こんにちは。あらまあ、元気な生徒さんだこと」
同姓同名の魔女に違いないとギレオは思った。バルド邸を襲ったルイゼは、こんなふうに化粧っ気のない女ではなかったし、何より雰囲気が毒花のような魔女である。目の前の女は目鼻立ちこそ似ているものの、間違っても鬼の魂を抜いて遊ぶようには見えない華奢な魔女だ。ギレオの後ろからブルーが顔を覗かせる。白雪のクラシックドレスに身を包んだ家庭教師が青年を見て微笑んだ。
「初めまして。これからまた、どうか宜しく」
「は、はぁ……。どこかでお会いしましたか?」
「似た人に会うと、よく言われるの。坊やのお名前をお聞きしてもいいかしら」
笑窪の形が、ある人によく似た魔女だった。彼女はすぐにバルド邸に馴染み、ダゴンにあれこれと知識を授けるかけがえのない存在になっていく。
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