イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

文字の大きさ
上 下
69 / 117
金継ぎの青 下:ブルー編

隔たり

しおりを挟む
 喜一は役場に戻った。小さな町とはいえオーガの移民は増え、それに伴って整理すべき仕事はデスクに山脈を連ねている。人手不足のためガイドとして業務外の仕事をしたのは、結局教会へ案内するまでの数時間のみだ。確かに喜一が会話をした筈の大鬼は、シスターとリリスの戻ってくるのと同時にただの炭鉱夫へ姿を変えていた。シスターに訴えても疲労のために惑乱しているのだと休みを勧められてしまい、もう対処のしようがない。
 部屋は綺麗に整えられ寝具も使った痕跡はなく、眠る妊婦の隣で炭鉱夫はだんまりを決め込んでいた。
 たったさきほど縺れ合っていたオーガと兄は初めて見たときと同じ人間の夫婦にしか見えない。この状態で町の住人へ触れ回ったとして、気が狂ったとしか思われないだろう。或いは本当に気が可笑しいのは自分かもしれないという恐れが、胸中を蝕んでいく。
 いくら片付けても終えられない仕事は昼を少し回ったところで中断となった。形式だけの退勤記録をつけ、喜一はデスクを立つ。
 役場の入り口に行けば、田代の親父が顔を出している。酒焼けした真っ黒い顔を歪ませて、腕組みしながら喜一を待っていた。
 「一丁前に働いてるみてえじゃねえか、坊主」
 「……田代さん。あの」
 「いいからよ、ほら、渡すモンあんだろ?」
 こうなることはわかっていた。喜一は懐に入れていた茶封筒を男に手渡す。受け取るなり田代は封筒の中を改め、喜一にだけ聞こえる舌打ちをした。
 「少ねえな」
 「……すいません。今週は、まだありますから」
 「…………」
 嫌みな溜め息を吐き、男は役場を出て行った。いつものことだが、機嫌を損ねると後が面倒だ。これは仕方の無いことだった。給金の一部を割いて渡しさえすれば、あの親父は教会へごみを撒きにこない。田代が来たということは、他の隣人達も頃合いだろう。客人がいるうちは、「慰謝料」をせびる頻度が上がるに違いない。
 「田代の爺も暇なようだな」
 「課長……。ご迷惑おかけして」
 「いい、いい。あの爺さんもさ。可愛がりに来てるんだ。立派になって、てな」
 「はは……」
 こうした会話もとうに慣れた。小さな町で厄介者とされているのは、喜一たち孤児院側の人間だ。町に来て間もない頃にスリをした孤児が、その慰謝料を払えるまでに成長して、手堅い役人になった。だからこれは、当然のことだ。いつまで払い続ければ良いかなんて聞くのは反省していない証拠で、みっともないことだから。喜一はいつまでも謝り続ける。そう考えるにも苦しさは感じなくなった。
 「田代さんのところ、お孫さんが生まれるのはもうすぐですかね。……お祝いを持って行かないと」
 役場の職員は怪訝な顔をした。何を言っているのかわからないといった表情であった。
 「田代の爺さんは、ずっと独り身だろうが」
 微妙な沈黙が流れた。喜一は思った。———、まただ。
 「そ、うですよね。すいません、変なことを……、言って……」
 「おいしっかりしてくれ。帰れないほど仕事は残ってるのに頭がいかれちまったのか」
 具合が悪くたって、まだ帰してやれんぞ。そう野次が飛ぶ。誰かが笑った。
 「また雪乃さんが来なきゃいいけどな。遅い仕事をフォローして、責められたらたまらんよ」
 「そんなことは……、あの、」
 「まあそう言うな。こいつは身内じゃないか」
 上司に肩を叩かれると、そこから腐ってなくなって、心の臓まで毒が回るようだった。
 身内。あの日、喜一は、こっち側について、この汚らしい世界の住人になった。
 「お兄さんのことは残念だったが、よくやってくれたのは皆わかってる。そんな顔をするな、お前は身内だよ」
 ……だから、これは罰なのだ。口の端を懸命に持ち上げて、喜一は干からびた感謝を述べた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...