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金継ぎの青 下:ブルー編
望郷
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魔界と人間界の端境にある小さな小さな海辺の集落。氷雨の町は長い冬を終え、ようやく雪氷の覆いから解き放たれた時節であった。どこまでも続く青空の下、一台の幌馬車が氷雨の入り口へ辿り着く。
「旅行なんて久方ぶりだわ!」
馬車の荷台からブロンドの美女が降り立った。リリスは仕立ての良いアリゲーター革のトランクケースを抱えてくるくると回る。釘を刺しておかねば今にもそのまま何処かに駆けだしてしまいそうだ。隣に立つ大男が苦々しく顔を歪める。炭鉱夫らしき大男は輸送車を降りて辺りを見回す。薄い潮の香り。だだっ広い、如何にもな田舎町へ向かう大通りに今のところ敵影は無さそうだ。男は低く呻きをあげ、片瞼の上へ手を延べる……潰れた左目の洞で義眼がしっくり収まらず、視界は少しばかり不安定だ。
「……おい、高え金払って雇うこっちのことも考えて動けよ。いつもみてえに行方不明はごめんだぞ」
「あんまりな言い方じゃないの。貴方は可愛い子を抱えて新婚旅行でしょ?もっと嬉しそうな顔しなさいよ」
「うるせえな!予定日まで部屋とって楽しむ計画だったんだよ!」
「わかってたけど、私と同じくらい淫魔向きよねヴァリィちゃん……」
大男が両手で抱きかかえているのは異様に腹の膨れた青年だ。手触りのいい布で仕立てられた温かなローブに身をくるまれ、今は深い眠りに沈んでいる。
「……きっちり魔術かかってんのか?」
「馬鹿ねえ。周りを見なさいよ。気にする人間なんか誰もいやしないわ。この子は今、小柄でか弱い妊婦さんに見えてるはずよ」
周りを行き交う人間たちは抱きかかえられた青井をちらりと気にはするものの、視線の先を大男に変えて何かを察したように笑顔を向けてくる。
「ようお客人!何かお困りかい?奥さんの具合が悪かったら牛車に乗っていけよ」
「……あー悪いな。大丈夫だ。少し疲れて眠っちまってるだけさ」
返事をすると、町の住人と思しき男は手を振りながら牛車を引いていく。確かにリリスの言葉通りのようだ。夢魔の種族長を千年務めた実力は伊達ではないらしい。
一息ついた男の安堵をよそに、リリスは眉をひそめて彼を見る。
「それよりもその格好は何?魔族はなるべくこの子の近くにいないほうがいいんじゃなくて?」
「……チッ、『人間』なら構わねえだろうが」
「いつからオーガは人間になれるようになったのかしら?」
「……企業機密だ」
「どんな面白い魔術を使ったのかしらぁ!魔女戦争の時にも聞いてないわよ!!まだ私に内緒の秘密道具があったってわけ!」
「やかましい!幹部位の魔族が手の内をひけらかす理由はねえ。さっさと行くぞ」
寝入った青年を抱え、柄の悪い大男は視線の先にある丘の上へ急ぐ。置いて行かれてはたまらないとばかりに、淫魔リリスが後ろについて行く。目的地は、もうすぐそこに見えていた。
「旅行なんて久方ぶりだわ!」
馬車の荷台からブロンドの美女が降り立った。リリスは仕立ての良いアリゲーター革のトランクケースを抱えてくるくると回る。釘を刺しておかねば今にもそのまま何処かに駆けだしてしまいそうだ。隣に立つ大男が苦々しく顔を歪める。炭鉱夫らしき大男は輸送車を降りて辺りを見回す。薄い潮の香り。だだっ広い、如何にもな田舎町へ向かう大通りに今のところ敵影は無さそうだ。男は低く呻きをあげ、片瞼の上へ手を延べる……潰れた左目の洞で義眼がしっくり収まらず、視界は少しばかり不安定だ。
「……おい、高え金払って雇うこっちのことも考えて動けよ。いつもみてえに行方不明はごめんだぞ」
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「うるせえな!予定日まで部屋とって楽しむ計画だったんだよ!」
「わかってたけど、私と同じくらい淫魔向きよねヴァリィちゃん……」
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「……きっちり魔術かかってんのか?」
「馬鹿ねえ。周りを見なさいよ。気にする人間なんか誰もいやしないわ。この子は今、小柄でか弱い妊婦さんに見えてるはずよ」
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「ようお客人!何かお困りかい?奥さんの具合が悪かったら牛車に乗っていけよ」
「……あー悪いな。大丈夫だ。少し疲れて眠っちまってるだけさ」
返事をすると、町の住人と思しき男は手を振りながら牛車を引いていく。確かにリリスの言葉通りのようだ。夢魔の種族長を千年務めた実力は伊達ではないらしい。
一息ついた男の安堵をよそに、リリスは眉をひそめて彼を見る。
「それよりもその格好は何?魔族はなるべくこの子の近くにいないほうがいいんじゃなくて?」
「……チッ、『人間』なら構わねえだろうが」
「いつからオーガは人間になれるようになったのかしら?」
「……企業機密だ」
「どんな面白い魔術を使ったのかしらぁ!魔女戦争の時にも聞いてないわよ!!まだ私に内緒の秘密道具があったってわけ!」
「やかましい!幹部位の魔族が手の内をひけらかす理由はねえ。さっさと行くぞ」
寝入った青年を抱え、柄の悪い大男は視線の先にある丘の上へ急ぐ。置いて行かれてはたまらないとばかりに、淫魔リリスが後ろについて行く。目的地は、もうすぐそこに見えていた。
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