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金継ぎの青 下:ブルー編
魔女の爪先
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「何よ、何だっての!?外しなさいよこの……豚!オーガ風情が!!大魔女ルイゼ様になんてことッ!あんたも鐘にしてやるからねギレオ!!」
結論から言えば女の焼死体はそのまま息を吹き返した。
真皮まで黒く炭化している姿をそのままに、ギレオによって手早く捕縛されたのである。あんまりだと思ったらしい青井がブランケットをかけてやろうと後ろでうごうごしている。その首根っこを掴んで奥の部屋へ放るのも護衛の役目だ。
「ルイゼ様よぉ、俺ぁもうあんた付きの護衛じゃねえんだわ。どうして魔王軍幹部宅に奇襲かけたりするかねえ、これは軍への謀反になるぜ。誰がどう見たってそうだ」
オーガ族特有の牙を剥き出しにして威嚇すると、黒焦げの女は真っ赤な口内を見せつけるように喚いた。相も変わらず元気な女だ。
「なァにが謀反よ!随分偉そうな口を聞くようになったじゃなぁい!?屑肉泥棒猫を綺麗な鐘にしてやろうと思っただけよ、ちゃんと鐘にしたあとはあんた達に売りつけてやったわ!!」
「全部白状しちまってるじゃねえかこのイカレ女!腐れた鐘に変えたオーガ衆を解放してから出直すんだな!」
ギレオが火を吹きそうなほど激昂するのには理由がある。彼がバルドの軍門に縁故入隊して間もない頃、可愛がってくれていた先輩隊員数名はこの女の気まぐれで「鐘」にされていた。魔女は見目こそいいが、なまじ生来の魔力が強いため善悪を教わる相手がいない。気に食わなければ無邪気な癇癪のまま見境なく暴力を振るう魔界の乱暴者なのである。彼ら彼女らにとって、他者とはおおかたよく囀る玩具に過ぎない。以前茶の淹れ方に気分を害したルイゼは、世話係につけられていたオーガを数名「鐘」に変えてしまっていた。
女好きのバルドも肝いりの部下に手を出されては黙っていられず、激しい痴話喧嘩の末に二人は破局を迎えた。プライドを叩きのめされたルイゼは泣きじゃくりながら魔女の渓谷へ逃げ込んでしまいそれから行方知れず。鐘にされた部下は彼女に持ち逃げされたままだ。
———あの悪い夢からもう百年ばかり経つ。
「おいおいおい、アンタが切られたのはもう一世紀も昔の話だろうが。アオ……ブルーさんに難癖つける資格はねえんじゃねえのか?」
「あるわ!あの豚、私のカード切りやがったのよ!!!もう貢ぐ気すらないってこと!?そこのブサイクが来てからすぐだったわ!!」
「カードォ?あー、オッサンの印章(クレカ)?あれまだ有効期限切れて無かったんか。部下にも支給してっからそれこそ何百枚単位であるぜ。そろそろ団体名義に書き換えるって言ってたからな。別にこいつ関係ねえから」
「はっ……な……!!な、ぐっぅう……関係あるわ!関係あるわよ!」
「あーもういいから、しばらくそこで大人しくしてろ」
兎にも角にも、警護対象である青井は無事だ。頭目であるバルドに心配いらないと伝え聞いていたものの、魔女をここまでのしてしまう術とは一体どういうものだろう。
……憂慮すべき問題はまだいくつもある。オーガの若者は嫌な予感に唸りを漏らした。
ルイゼは態度こそでかいがお歴々の中では雑魚も雑魚。所謂田舎のお上り魔女である。この女ごときが侵入できるほど防御の薄い屋敷なら、ここはとっくに陥落している。誰か他に、この女をここへ遣わした大物がいると考えるべきだろう。
……ルイゼの爪が根元から再生し始めている。そう時間は残されていないようであった。
ふん縛られたまま喚く焼死体を背に、護衛は食料庫に押し込んでいた青井を抱え上げる。
「へ、えっ!?ギレオさん!?」
「ちょっと移動しますよブルーさん。いや~!新しい雇い主は最高だな~ッ!!世話役を玩具にしねえしよぉ!単騎で突っ込んでくるようなバカな真似もしねえもんな~!!金もねえ、後ろ盾もねえ、ひとりじゃ何にも出来やしねえ!!惨めなもんだな大魔女様はぁ!!」
なるべく大声で煽り立てると、案の定黒焦げのルイゼが噛み付いてきた。
「ひとりじゃないわ!ひとりじゃないわよ豚!!こんな、こんな……ッ!!侮辱ぅう!!……アンタなんかすぐにお姉ちゃんがやっつけてくれるんだから!!お姉ちゃん怒ってるんだから、ここの鍵もくれたんだからね、私なんかよりずっとずっと怒ってるんだからッ!!」
「やっぱか。まじぃな」
炭化していた魔女の瞳が瞬き1つで生白く生まれ変わり、怒りに呼応して瞳が輝き出す。
ギレオは一気に駆け出した。もう遅いかは知れないが、非常時は隠し部屋に駆け込む手筈だ。両手に抱え上げた青井がうわぁと緊張感の無い悲鳴を上げている。
「ぎ、ギレオさぁん!」
「なんだぁあ!?」
「なんか、なんか来てるよ、カサカサ真っ黒いのが来てる!!」
「あああああ!!畜生っ!あんま見るなよ!!———歯ぁ食いしばれ!!」
背後からガサガサギイギイと極小の断末魔が束になって追いかけてくる。降って湧いた蟲の渦。全てを食い尽くすルイゼの魔法である。ギレオは背後を振り向かずに屋敷の吹き抜け部分まで走り、隠し持っていた遠隔操作ボタンを力強く押した。バルド邸の中央、大理石の床が大きく底抜けてギレオと青井を飲み込んでいく。
「え、落ちっ……落ちてっ……!うわぁあああ!?」
「ギャッハハハハァ!!あばよ糞魔女!!お姉様によろしくな!!」
黒い濁流となって押し寄せていた蜘蛛の渦は、間一髪獲物を喰らい損ねた。崩落した床になだれ込んだ先は用水路に繋がっており、蜘蛛の大群は勢いのまま、その巨体を水没させた。……オーガと人間の行方は杳としてしれない。魔女が化けた毒蟲の群れをばっくりと飲み込んだ大穴は、むずがる口の動きで元通りに地平を縫い合わせ、……そして何事もなかったかのように、屋敷は静寂を取り戻した。
結論から言えば女の焼死体はそのまま息を吹き返した。
真皮まで黒く炭化している姿をそのままに、ギレオによって手早く捕縛されたのである。あんまりだと思ったらしい青井がブランケットをかけてやろうと後ろでうごうごしている。その首根っこを掴んで奥の部屋へ放るのも護衛の役目だ。
「ルイゼ様よぉ、俺ぁもうあんた付きの護衛じゃねえんだわ。どうして魔王軍幹部宅に奇襲かけたりするかねえ、これは軍への謀反になるぜ。誰がどう見たってそうだ」
オーガ族特有の牙を剥き出しにして威嚇すると、黒焦げの女は真っ赤な口内を見せつけるように喚いた。相も変わらず元気な女だ。
「なァにが謀反よ!随分偉そうな口を聞くようになったじゃなぁい!?屑肉泥棒猫を綺麗な鐘にしてやろうと思っただけよ、ちゃんと鐘にしたあとはあんた達に売りつけてやったわ!!」
「全部白状しちまってるじゃねえかこのイカレ女!腐れた鐘に変えたオーガ衆を解放してから出直すんだな!」
ギレオが火を吹きそうなほど激昂するのには理由がある。彼がバルドの軍門に縁故入隊して間もない頃、可愛がってくれていた先輩隊員数名はこの女の気まぐれで「鐘」にされていた。魔女は見目こそいいが、なまじ生来の魔力が強いため善悪を教わる相手がいない。気に食わなければ無邪気な癇癪のまま見境なく暴力を振るう魔界の乱暴者なのである。彼ら彼女らにとって、他者とはおおかたよく囀る玩具に過ぎない。以前茶の淹れ方に気分を害したルイゼは、世話係につけられていたオーガを数名「鐘」に変えてしまっていた。
女好きのバルドも肝いりの部下に手を出されては黙っていられず、激しい痴話喧嘩の末に二人は破局を迎えた。プライドを叩きのめされたルイゼは泣きじゃくりながら魔女の渓谷へ逃げ込んでしまいそれから行方知れず。鐘にされた部下は彼女に持ち逃げされたままだ。
———あの悪い夢からもう百年ばかり経つ。
「おいおいおい、アンタが切られたのはもう一世紀も昔の話だろうが。アオ……ブルーさんに難癖つける資格はねえんじゃねえのか?」
「あるわ!あの豚、私のカード切りやがったのよ!!!もう貢ぐ気すらないってこと!?そこのブサイクが来てからすぐだったわ!!」
「カードォ?あー、オッサンの印章(クレカ)?あれまだ有効期限切れて無かったんか。部下にも支給してっからそれこそ何百枚単位であるぜ。そろそろ団体名義に書き換えるって言ってたからな。別にこいつ関係ねえから」
「はっ……な……!!な、ぐっぅう……関係あるわ!関係あるわよ!」
「あーもういいから、しばらくそこで大人しくしてろ」
兎にも角にも、警護対象である青井は無事だ。頭目であるバルドに心配いらないと伝え聞いていたものの、魔女をここまでのしてしまう術とは一体どういうものだろう。
……憂慮すべき問題はまだいくつもある。オーガの若者は嫌な予感に唸りを漏らした。
ルイゼは態度こそでかいがお歴々の中では雑魚も雑魚。所謂田舎のお上り魔女である。この女ごときが侵入できるほど防御の薄い屋敷なら、ここはとっくに陥落している。誰か他に、この女をここへ遣わした大物がいると考えるべきだろう。
……ルイゼの爪が根元から再生し始めている。そう時間は残されていないようであった。
ふん縛られたまま喚く焼死体を背に、護衛は食料庫に押し込んでいた青井を抱え上げる。
「へ、えっ!?ギレオさん!?」
「ちょっと移動しますよブルーさん。いや~!新しい雇い主は最高だな~ッ!!世話役を玩具にしねえしよぉ!単騎で突っ込んでくるようなバカな真似もしねえもんな~!!金もねえ、後ろ盾もねえ、ひとりじゃ何にも出来やしねえ!!惨めなもんだな大魔女様はぁ!!」
なるべく大声で煽り立てると、案の定黒焦げのルイゼが噛み付いてきた。
「ひとりじゃないわ!ひとりじゃないわよ豚!!こんな、こんな……ッ!!侮辱ぅう!!……アンタなんかすぐにお姉ちゃんがやっつけてくれるんだから!!お姉ちゃん怒ってるんだから、ここの鍵もくれたんだからね、私なんかよりずっとずっと怒ってるんだからッ!!」
「やっぱか。まじぃな」
炭化していた魔女の瞳が瞬き1つで生白く生まれ変わり、怒りに呼応して瞳が輝き出す。
ギレオは一気に駆け出した。もう遅いかは知れないが、非常時は隠し部屋に駆け込む手筈だ。両手に抱え上げた青井がうわぁと緊張感の無い悲鳴を上げている。
「ぎ、ギレオさぁん!」
「なんだぁあ!?」
「なんか、なんか来てるよ、カサカサ真っ黒いのが来てる!!」
「あああああ!!畜生っ!あんま見るなよ!!———歯ぁ食いしばれ!!」
背後からガサガサギイギイと極小の断末魔が束になって追いかけてくる。降って湧いた蟲の渦。全てを食い尽くすルイゼの魔法である。ギレオは背後を振り向かずに屋敷の吹き抜け部分まで走り、隠し持っていた遠隔操作ボタンを力強く押した。バルド邸の中央、大理石の床が大きく底抜けてギレオと青井を飲み込んでいく。
「え、落ちっ……落ちてっ……!うわぁあああ!?」
「ギャッハハハハァ!!あばよ糞魔女!!お姉様によろしくな!!」
黒い濁流となって押し寄せていた蜘蛛の渦は、間一髪獲物を喰らい損ねた。崩落した床になだれ込んだ先は用水路に繋がっており、蜘蛛の大群は勢いのまま、その巨体を水没させた。……オーガと人間の行方は杳としてしれない。魔女が化けた毒蟲の群れをばっくりと飲み込んだ大穴は、むずがる口の動きで元通りに地平を縫い合わせ、……そして何事もなかったかのように、屋敷は静寂を取り戻した。
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