イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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金継ぎの青 上:ブルー編

胎動、その根の在処

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 長い夜が明け、久方ぶりにベッドから出られなくなった青井はシーツにくるまっている。激昂するギレオの説教を聞く旦那が、態度悪く鼻をほじりまた叱られていた。オーガ族が二人並ぶと本当に家族のようだ。青井が目を覚ましたことに気づいたらしいバルドが、黄金の盆に食事を載せてやってきた。光が反射して目に刺さる。
 「お、目ぇ覚めたか。起きられるか」
 「……いま、何時……?」
 「昼過ぎだよ!おいおっさん、聞いてんのか!?ガキは平気でも奥さんに無理させちゃ意味ねえんだっての!!これだからオーガの男衆は野蛮だって言われんだぞ!ッでえぇ!!」
 「わかったっつってんだろ糞餓鬼!」
 「すぐ殴る!!母さんに言いつけてやるからな!!」
 ぶたれた右頬を押さえてギレオが抗議する。これも飲ませなさいよと投げてくれた錠剤には、腰痛を抑える鎮痛剤が混じっていた。今更だが、なんだか気恥ずかしくて青井はシーツを被り直した。寝巻きは着せられていたが、万一ギレオにキスマークなんか見られたら羞恥で死んでしまう。
 「ぅ、んん……ありがとうギレオさん!」
 「どういたしましてね!!クソ爺が全休とったらしいから俺は帰りますよ!!言っとくけど有給扱いにしてもらいますからね!」
 バルドに念を押して帰っていく気のいい彼の背中を見送り、青井はベッドに腰掛けて溜め息をつく大きな背中に身を寄せる。
 「……今日は休んでいいのか?」
 「たまにゃあ下のモンに指揮取らせねえとな。馬鹿に阿呆ばかりで代理が誰か忘れちまう」
 分厚い手がおずおずとにじり寄ってきた青年の黒髪を撫でくりまわす。ということは、今日は一日一緒にいられるのだ。悟られぬよう俯きつつ顔をほころばせた青井は、「そっか」と短く相づちを打った。持ち帰ってきた仕事もあるだろうから、ギレオに教わったやり方で茶を差し入れる機会もあるかもしれない。ふわふわ期待を大きくする青年をとは対照的に、バルドはばつの悪そうな顔で己よりもだいぶ小さな腰を擦る。
 「痛えだろ。悪かったな、昨日はだいぶ余裕がなかった」
 「え、ぇ……っいや!いや、別に、俺も……下手なことしたし……」
 「下手じゃあなかったが……」
 「ぁ、ぇ……?何て?」
 まごつく小さな声にバルドが渋面をつくる。正直めちゃくちゃ具合が良かった。生真面目な性格の青井が積極的にしゃぶってくる姿は全く実に背徳的で、バルドの好みど真ん中ではあったのだ。しかしそれは同時に、青井が誰か他の輩にフェラチオを仕込まれたという事実を意味していた。マゾっ気のある青井が常よりもきゃんきゃん反応良く喘いだことも手伝ってつい苛め抜いてしまったが、歯止めのきかなかった自分にバルドはだいぶしょげている。セックス覚えたての餓鬼じゃねえんだから。
 「なんでもねえよ。もっとふて腐れてなんかねだってみろ。こっちもどう埋め合わせていいかわからん」
 数多くいた愛人たちは多少無茶が過ぎてもその無体の倍はぶん取る勢いで貢ぎ物を要求してきた。結局そういう雑な付き合いがバルドの女性遍歴を紡いできたのであるが、逆を言えばそれが通じない相手にはどう出ていいかわからない。金だけはある。資金力は恐らく他の幹部にも負けてはいない。
 「……ものじゃなくてさ……もっと話がしたいな。天気とか、飯とか、何でもいいから……もっとバルドの話が聞きたい」
 「…………。」
 「バルド?」
 サファイアの瞳がこちらを覗く。数秒だけ、バルドは群青の奥底にかつての光を垣間見た。それを悟られないように顔を背け、そっと青井の手を握る。
 「———ふん。いくらだってしてやるさ、今日は一日お前のための時間がたっぷりある。……それ以外にもよ、こう、なんか欲しいものねえのか?……これじゃ俺様が無理強いしただけになっちまうだろうが」
 本来やったことはその後何を贈ろうが無かったことにはならないのだが、バルドの心中では手荒く抱いてしまった青年妻への謝罪の念が渦を巻いてやまない。すげなく扱って自分のもとを去っていった愛人たちの後ろ姿が思い起こされる。
 「でも俺、別にほしいもの無いしな……」
 「……そういやお前、好きなもんとかないのか?セイイチ、俺様はてめえの好物を知らん……これは大変なことだぞ」
 「バルドはお金が好きだよな」
 「よく知ってるじゃねえか。……いや俺様はいいんだよ、てめえだ、ブルー君よ」
 猫のように抱え上げて膝に乗せると、青井は頬を緩ませてバルドを見上げた。
 「……こういう話をするのは好き」
 「あ~?」
 顔の険が取れ、ふにゃついた青年の輪郭を撫でる。バルドは一つ番いの好きなものに見当がついた。清一はじゃれ合いが好きだ。正確にはいちゃいちゃするのが好き。
 「……でも本当に、欲しいものないな。剣は好きだけど。……駄目だろうな、立場を考えても……。ヒサメへの支援……はもうしてくれてるし。みんなの顔が見たいけど、それは写真を貰ってるだろ」
 故郷への支援は十分すぎるほど行われている。枯れ果てた漁村も、今では活気づいて見違えたようだった。
 「……じゃあ何か?本当にないのか」バルドは大仰に唇を噛む。
 「ないなあ……」
 「欲がねえなあ。つまらんつまらん、飯でも酒でも女でも……女は駄目だが、何でもいい!何かねだれ!お前は魔王軍幹部バルド様の番いなんだぞ!!」
 「……ぇえ……?」
 当惑する青井は夫の膝に頭を乗せ、しばらく考え込んでいたが、やがて擦れ声で答えた。
 「じゃあ……名前、決めて」
 「アア?名前ェ?」
 「子供の名前、決めてくれよ。俺はこっちの名付けとかわかんないから」
 もし人間みたいな名前っていじめられたら可哀想だろ。青井は少し俯いてそう続ける。膝の上に乗った細い首を見て、名状しがたい庇護欲に駆られたバルドは、平静を取り繕いながら少し肉の戻ってきた首筋を撫でた。
 「……まあ、そうだな、うん?俺様がつけてもいい。俺様の第一子にあたるわけだしなァ———でもな、なめた奴らは全員ぶちのめせば済む話だ。お前は……お前たちは、何も心配しなくていい」
 大鬼の言葉に青井は安堵する。バルドは……この人は大丈夫だ。
 「安心しろ!教育係は三人つける。護衛は五人、厳戒態勢で行く。ここは魔界だ、金さえ積めばどんな家庭教師でも雇えるぞ!!」
 「その、何でもお金で解決しようとするのは良くないと思うぞ……」
 ちょっと教育の思想が激しめなところも不安かもしれない。撫でくりまわされながら、青井はずっと気を揉んでいたことを聞いてみた。
 「……バルドは何で子供が欲しかったんだ?」
 「ガキが欲しかったわけじゃねえ、お前と血の繋がりが欲しかっただけだ。なんせ———愛しちまってるからな!」 
 青井の髪を、大鬼の手が照れ隠しにわしゃわしゃと掻き回す。青年はしばらく呆けていたが……やがて腹を抱えて笑い出した。
 「変な奴!」
 「へっ!何とでも言え!!」
 「どこが良かったんだ?俺たちずっと殺し合ってたんだぞ」
 「……ツラと身体。それからクソ根性」
 「趣味変わってるなぁ……」
 首の裏を指で揉んでやれば更に力が抜けて、ふすふすと笑い声混じりに返事を耳打ちされる。俺も———バルドのこと好きだよ。囁かれた言葉に大鬼の口角が上がる。魔界に倦んで三世紀半。年を食ってから随分儚い生き物に惚れてしまったものだ。
 揺り籠の如き安寧に包まれ、腹の仔は育つ。妊娠初期を越え……魔界植物の根は、その胎動に殻を揺らし始めている。
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