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金継ぎの青 上:ブルー編

青井と燃える若獅子

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 無心に草の皮とりをしているのをいいことに、いかばかりか膨れた彼の腹を盗み見た。
 ……仕込まれて3ヶ月といったところか。
 大きめの黒いパーカーに隠されてはいるが、青年の腹ではオーガの仔がすくすく育っている。ふと余計な言葉がギレオの口を滑って出た。
 「ブルーさん、腹とかきつくないっすか?」
 「え……あ、大丈夫です。服も用意してもらってるから」
 「体調は?なんか気になることとかある」
 「特にないかなぁ。すこぶる健康で……少し眠気が強いくらい」
 口調にストレスは感じられない。事情はどうあれこの人間は妊娠を受け入れてはいるらしい。
 「そっか、なんかあったら言ってくださいね」
 「あ、ありがとう……」
 間が開く。食虫草の皮剥きは時間が吸われる業務の一つだ。
 次に質問をかけてきたのは、珍しく青井のほうであった。
 「あの。……人間とオーガの子供って、どうなのかな」
 「どうって……?」
 「け、健康に産まれるだろうか。俺はそんなに体が……いい状態じゃなくて。それに種族は?オーガになるんだろうか。人間……?それとも半々か?前例はあるのかと思って……」
 「ああそりゃまっとうな……」
 まっとうな疑問だ。彼の状況を考えれば不健全なほど「まっとう」な質問だった。ギレオのなかで青井への違和感が輪郭を濃くしていく。普通の人間ならば、魔族に孕まされた時点で発狂していても可笑しくない。この人間はたいそう善良で、性根の素直なヒトかもしれないが……どうにもわからない。どこかが歪んで、ズレている。
 「……オーガと他の怪人の混血児は結構いますよ。まァ俺たちオーガの血が濃いせいか、もれなくオーガ族に生まれるなあ……。オーガは生まれた瞬間からもう立派に自立するし、とにかく丈夫だから、むしろ心配するとしたら母胎のほうっすよ」
 「……そうか。それなら、……よかった」
 噛みしめるような囁きに、ギレオはどう返せばいいかわからない。
 「ボスにはそういうの、聞かねえんすか」
 「どう聞けばいいのか……。普通はそうだな、あいつに聞きますよね」
 青井が下手な苦笑いで答える。芽を取りだし続ける手は止まらないが、指先に少しの震えが走ったのを見逃さないギレオではなかった。
 「正直、聞くのが怖いんです」
 バルドはどういうつもりだったんだろうか。
 青井を身請けして、ヒトの世界から隔離して、迷うこと無く番いの紋を焼き付けて。
 相手は血で血を洗う死闘を繰り広げてきた魔族である。青井も落ち着こうとしているのだろうが混乱は避けられない。どうしてと思うことをやめられない。そこまで自分に手間をかける価値を見出せない……。どうしても腑におちないままだ。
 「……連れ添ってくれと、言ってくれたんだ……。男の俺が可笑しいだろうけど、一緒にやっていこうと言われたのは、とても嬉しくて……こんなに優しくしてもらったのに……。でも、もらったぶんだけ返せるものが、おれにはなんにもない……」
 俺のどこが良かったのだろう。感情の剥落した顔で青井が呟く。
 子供を産んで、家族ができても、その子はきっと苦労をする。最近の日中、青井の胸に去来するのはそういう不安ばかりであった。自分は捕虜で戦犯だ。戦争とはいえたくさんの魔族を鏖殺してきた。ブルーから生まれた子は、ヒーローの子だと後ろ指を指されて育つことになる。青井にはそれが何よりつらい。考える度に消えてしまいたい気分に駆られた。……また家族に迷惑をかけることになるんだろうか。
 「魔界では、降した捕虜に子を産ませる事例は多いのかな」
 「ンん?いや~、あんましないんじゃねえかな。争いごとは日常茶飯事だけど、負けたほうは大体すぐ殺されちまうよ」
 「そうか……。そうかぁ……」
 「……なァに暗い顔してんだよぉ。大丈夫だってガキのことは!ボスがしっかりしてる内は安泰だ!オーガの寿命何百年だか知ってっか?先代は八百年生きたぞ!!
それよりブルーさん、あんたまず自分の心配しましょうや。しっかり飯食って肉つけてもらわねえと、ほんとに死んじまうぜ?」
 産婆の母のもとで数多く妊婦の姿を見てきたギレオは、気分の安定しない彼女らの姿を日常的に見てきた。個人差はあるが、ケアされずにこじらせると母子ともに碌なことにはならない。
 しかしギレオの憂いを拭い去るかのように青井はゆるく笑みを返した。
 「俺はもう、体の具合も良くなったから大丈夫……。医者にも診せてもらったんですよ」
 「大丈夫ねえ……」
 ギレオは顎に手を当てて頭を傾けさせる。頭のてっぺんからつま先まで目を眇めて観察を行い———青井の手から一旦食虫草の籠を取り上げる。
 「ブルーさ……いやもういいか。あんたもさんづけ止めねえし、俺も好きに呼ばせてもらうわ。名前なんだっけ。アオイ?だよな?アオイよう、あんたまっとうだよ。でもよ、そのまっとうさの勘定にあんた自身も入れねえとさあ……ほら食って食って」
 「むぐっ」
 ギレオがそっと蒸しておいた饅頭を半開きの口に突っ込んできた。おどおどする青年に神妙な顔を向け、深々と頷く。青井は戸惑いながらも粗熱が取れて食べやすい温度になった饅頭を噛む。
 「……?……ぐ、んぐ……」
 口の中が美味しい。一口大の大きさだが普通の肉まんだ。
 咀嚼して飲み込んだはしからもう一個、もう一個とおかわりが詰め込まれる。青井が目を白黒させて五つ目の饅頭を食べ終えると、今度は湯飲みが手渡された。淹れ立ての焙じ茶。しみじみ美味しい。喉を茶葉のいい匂いが下っていく。
 「で、お味はどーですか」
 シェフが腕組みをしながら尋ねてきた。
 「お、おいしい、ぇふ」
 「…………どんな味がした?」
 「え、えっと……塩気があってうまかったです」
 「やっぱりな。あんたまだわかんねえ味多いんじゃん?5つとも味つけ違ったんだけどわかってなさそうだし、味覚戻りきるまでは大丈夫じゃあねえわ!」
 水仕事で荒れた手が青年の顔を指さす。この男、自分のことに関して異様に関心が薄い。違和感の根はおそらくそれだろう———その慢心が、ギレオは気にくわない。自分は大丈夫と言う奴ほど信用してはいけないのだ。
 擦り切れたメンタルに調子戻り立てのフィジカル、そんな状態で乗り越えられるほど初産は甘くない。わかっていなさそうなこの青年を養生させねばならぬ。産婆の手伝いを続けた云十年の経験が若きオーガにそう告げていた。
「それ、回復しきってねえ証拠だからな!今のあんたのシゴトは養生すること!!妊娠初期が一番危険なんだぞ、茶を飲んだら軽く昼寝!起きたら指圧に足湯も用意しますから!アオイ、あんたいくつになる!?」
 「に、二十六……」
 「はい俺一世紀半!!俺年上~!言うこと聞けよ。療養舐めてんじゃねえぞガキ!!———いいから茶!胃から温めろ!!」
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