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金継ぎの青 上:ブルー編

野蛮な愛から

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 優しく揺すぶられて目が覚めた。猫の子のように脇の下を支えられ、寝ぼけ眼を数度瞬かせる。向かい合った顔は機嫌良さげで、帰宅したばかりであるバルドは番いの額にキスを落とした。
 「……おかえり……」
 「おう。今帰った」
 ニマーッと開いたオーガの口で、総金歯が雁首そろえてただいまを告げる。
 ヒトの男がオーガに抱き上げられている光景は客観的に考えれば襲われているようにしか見えないが、もう慣れっこになってしまった青井はくしゃくしゃの髪を手櫛で整えられても無抵抗だ。大きくてごつごつした手は温かい。
 外套の袖口から火薬の匂いがして、懐かしくなって丸太のような腕にしがみつく。
 「んん~?どうした?甘えただなブルー君よ」
 「……いいだろ…。頭もっと……」
 「おうおう。ようしよし、留守番ご苦労だったな」
 「っんー……♡」
 左腕で背中からしっかりと抱き込まれ、体重をすっかり預けたままで、青井は荒く頭を撫でる手の感触に感じ入る。ふらりとよろけそうになりながら、つま先立ちで訴えるとバルドがかがんでくれた。オーガらしい大きな口に近づいて上唇を甘噛みする。色呆けた頭でバルドの喜ぶねだり方を思い出し、舌で軽く唇をノックすると、大口が開かれ分厚い舌が迎えにきた。
 「ちゅ♡んく、ンっ♡む、ぅ♡」
 「…………っ……ふ、くく」
 「は……っ♡……ん、ンんっ♡!!」
 夢中で舌を絡めている青年の足を掬い、バルドは己の半分ほどの厚みもない体を2人がけのソファーに押し倒す。青井はぼんやりした意識で帰ってきた彼を観察した。自分を両腕の檻に囲ってしまうほどの巨躯からは製鉄所の匂いがする。我の強そうな太い眉に薄く煤がついていた。労いを込めて指で拭うと、男の笑い皺が深くなる。
 人間からしてみれば寝台ほどの大きさがある長椅子で、不埒な手つきが青井のシャツの内側を這いはじめた。
 「っはァ♡……その、いま……しちゃう……?」
 「んだよ、駄目か?」
 「ぅあっ♡で、でも———あぁっぁっ♡……ン、ばるど、飯まだだし……飯…めし……あ、」
  青井の頭が一気に覚醒する。バルドの夕飯をまだ作っていない!
  シャツを捲られ腹を出したまま、青年はあたふた慌ててバルドの下から這い出ようとする。男の巨体から顔を出すと、厨房に続く廊下への扉が目に入った。じっとりした視線と目があって。

 「……もう俺あがってい~ですかね……」
 「あ……あ、えっあっ、これはっ!!その……ちが……」
 「違くねえだろ。何言ってる」
 ———青井は音速で身なりを整えようとした。前に転びかけてその首根っこをバルドの手が掴む。呆然と見上げれば金髪の彼が気まずそうにこちらを伺っていた。
 「レオ、まだいたのか。もう帰っていいぞ」
 「それはないっしょボス!でもいいんすね!?あがりあがり~っ!鍋に飯入ってるんで、あとでブルーさんと食ってください」
 あからさまにしょっぱい表情のギレオは、居間に首だけ突っ込んでそれだけ話すと、「あんまり無理させないように」と言い残して帰っていった。バルドのでかい図体の下に引っ込み、青井は下唇を噛んで悶える。みっともなく甘えたくっている姿を見られてしまい、羞恥で頭がおかしくなりそうだ。
 「ぅううぅ……!!」
 「何だ今更。あいつには言ってあるだろ」
 「そういうことじゃないんだよぉ、明日も顔合わせるんだぞ!」
 ギレオの「ほどほどにね」とでも言いたげな顔が思い出されていたたまれない。考えてみれば捕虜にされてから今日まで、バルド以外の第三者と一切の接触を絶って暮らしてきたのだ。人目を気にする感覚が鈍っていたのかもしれない。……うごうご体を丸めて後悔に悶えている青井の服を、素知らぬ顔のオーガがひん剝いていく。
 青井は羞恥が尾を引いてそういう気分になれず、バルドの手を押さえて抗議した。
 「ちょ、ちょっとは慌てろ!動じなさ過ぎるだろう!?」
 「なァんでてめえが雇った家政夫に見られたくらいで騒がなきゃならねえんだよ」
 「ぅ、うぅ……でも……!!」
 「あんだ、気にくわねえな!お前レオみてえな若造に気を散らす余裕があんのか?」
 見上げる男の顔は不機嫌ですと激しく主張している。青年は何を怒っているのかと混乱し、ついでに反射で涙ぐんでしまう。
 「な、なんで怒って……」
 「怒ってねえよ」
 バルドはあからさまにぶすくれている。
 「怒ってんじゃん!お、俺何かしたか!?……飯も作れない役立たずだから?だから怒ってんのかよ?」
 青井がべそをかきそうになるのを察したバルドは、慌てて服を脱がす手を止める。文字通り鬼の魔王軍幹部もなんだかんだ言ってこの青年には甘い。赤くなった目元にキスを落として機嫌取りに入った。ある程度落ち着いたと思って油断していたが、青井の情緒不安定さは相変わらずだ。言葉を選んで弁解を試みる。
 「あーあー。怒ってねえから、な?泣くなよブルー。んん、あー、そのだ……おれぁお前を……。俺様は大事なもんはしまっておく主義なンだ。だからあいつだって本当ならここに入れたくねえんだよ。……言ってることわかるか?」
 「……ぁ……?うん……その……一人で家事、できる……」
 「わかってねえだろうが!違う、シッターは雇い続ける!俺様は嫉妬深えんだ!ギレオにかまってあんまり妬かせるなってこった!」
 目を見開いたまま処理落ちした青年に、これ好機とばかりにバルドの甘噛み攻撃が始まった。せっかく帰ってきたというのに泣きじゃくられては面倒だ。こっ恥ずかしい台詞を誤魔化すように首筋への愛撫が始まる。
既にスウェットを下げられてしまっている青井は上の部屋着を半脱ぎにされてもなおフリーズしていたが、言葉の意味をようやくかみ砕いたらしい。首から上が面白いほど朱に染まっていく。
 「な……な、な、な……っは、ぅ、ぇ……?」
 「お前を囲ってんのは強欲のバルド様なんだからよ、そこをしっかりわかってもらわねえと困るよなア」
 「んンっ……?」
 「あれと仲良くすんのはいいが、若いのに鞍替えなんて俺様は認めんぞ。浮気心でも起こしてみろ、相手を、殺して、俺様も死ぬ。お前に取り憑いて永遠に恋路の邪魔をしてやる」
 どすどすと太い指で胸をつきながらバルドは脅しをかける。
 「ない!そういうのはない、絶対ない!……だ、大体……お前以外そんな趣味の悪い奴いな、———ぅうっ……♡」
 バルドの言葉を遮って否定する青井だったが、腰骨を掴まれて怯んでしまう。
 青年のシャツをめくって見れば、植え付けたバルドに呼応するよう紋の色が濃くなっている。オーガの荒れた指が少し張った腹をなぞった。白い腹から縫合痕が目立つ胸、首へと視線を移していくと、青年の端正な顔がじわじわと朱に染まる。淫紋の色がこう濃いのなら、こいつとて「空腹」の筈である。バルドは視線の合わない青井の火照った頬を大きな手で撫ぜ、やわい耳殻をなぞって髪を梳く。明後日を見ていた金混じりの青が、沈黙に耐えかねて自分から夫の瞳を覗いた。
 目が合った途端ぶわ、と気恥ずかしさがぶり返す。青井の黙っていれば意志の強そうな眉が情けなくハの字を描き、至近で見つめ合う体勢になったオーガがげらげらそれを面白そうに笑った。一体誰のせいだというのか。不服な青井は下唇を噛んで分厚い胸に頭突きをかます。
 腰掛けの上で大きな体にじゃれついて、やがてどちらともなく唇が合わさった。
 「……腹減ったか?」
 「ン、くそ……。へったよ……はやくくれよ……♡」
 魔族の太い胴に手をついて、馬乗りになった青年が強請る。
 担ぎ上げられて寝室へ向かう背を叩く。青井は知れず、溺れる先があることに安堵した。
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