イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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イエロー編

参謀様と黄色のあの子

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 ぴんぽん。
 『頼もう』
 「……またかよ!!」
 魔王城に内包される幹部住居であるバルド邸門前。トランクふたつ手下げた白衣の小柄な怪人がひとり。
 ついこの間バルド邸を半壊させた張本人が尋ねてきたのである。
 家主であるオーガは不本意ながらこのリッヒェ参謀を応接間に通し、一枚の請求書を渡した。桁のおかしい屋敷の修繕費が明記されていたが、鉄仮面の怪人は二つ返事で了承する。
 バルドは隠すこと無く渋面をつくった。なんてむかっ腹のたつ野郎だ。同席させろと指名をくらったブルーを己の背に隠す。
 「その捕虜には世話になったからね。お礼に来たんだ」
 世迷言を言いつつ、両手に持っていた大きなトランクケースをよこしてくる。ばかっと開かれた革製トランクケースの中身は、煌びやかかつ色とりどりの鉱石であった。どれも含有魔力の純度が高く、希少価値のつく粒よりの宝石である。換金すれば請求した修繕費など消し飛ぶくらいの額になるだろう。
 「下等生物の育児がどんなものか想像もつかないが、用立ててくれ」
 「喧嘩売ってるんだろォ?そうだよなぁ?」
 バルドのこめかみにくっきりと、今にも破裂しそうな血管が浮かんでいる。後ろ手で隠した青井が銃にかけた手を必死に抑えていなければ、突貫工事で補修されたばかりの屋敷は瓦礫に後戻りしていただろう。
 ———あの失明事件から数時間ほどで、ブルーはすっかり元通りに視力を取り戻していた。しかし治ったからいいというものではない、怪人の種を受けてふくれたブルーの腹は既にそれらしく張りが出ている。自分の番いに、ひいては子どもにちょっかいをかけられて……穏便にことが済むなどと、リッヒェだって思ってはいないだろう。
 バルドは落とし前をつけさせるために件のリッヒェを家に入れたが、このくつろぎぶりは一体なんだ。どこまでこいつは俺様を馬鹿にしくさるつもりだ?
 「用件を言え!そんで出てく前に一発殴らせろ!」
 「そうかっかするものじゃない。お互い伴侶をもつ身だろうに。命は大事にしたまえ」
 「ああ!!?なんだとてめ……え、……」
 微妙な沈黙が流れる。カリカリとゼンマイの巻く音が妙に響いた。
 立ち上がりかけたバルドが腰を下ろす。
 「……番いを作ったのか?」
 「そうだ」
 「てめえが?」
 「見たまえ、先日籍を入れたばかりだ」
 その指に光る指輪を見せつけられ、オーガ族の首領は柄にも無くその体躯をぐらつかせた。
 ———番いを作った?誰ぞと籍を入れた?この男が?
 人と話したくない関わりたくない下等生物から得るものなど何も無いと、一切合切の雑務を———自分の領地の支配権さえ丸投げしてきたこいつが?
 動揺しているのが伝わったのか、バルドの後ろで控えていた青年が慌てて直属の部下を呼びに行こうとするので、抱え込んで止める。

 目の前で優雅に足を組んで茶を啜っているリッヒェは一切の気を遣うことなく、懐から一枚の写真を取りだしてきた。
 「挙式の写真だ。カエデが嫌がるので知り合いは呼ばなかったのだが」
 飲み屋の一風景にしか見えない。
 大事に仕舞われていて皺ひとつないその写真には、ミラーボールでケミカルにライトアップされた酒場の店内が写されていた。シャンパンタワーを眼前にドンペリをラッパ飲みしているのは人間の少年とリッヒェ本人だ。
 「あ、イエロー」
 腕に抱え込んだ番いの元ヒーローが呟く。リッヒェに肩を抱かれているのは元同僚であるイエロー、黄ノ下楓少年である。
 短い金髪にそり上げた短い眉毛、いくつも空けたピアスはわかりやすく不良少年だ。写真をみるぶんには健康そうだが、どこかやけ酒をしているようにも見える。

 リッヒェは実に嬉しそうに青井へ話しかける。
 「捕虜……いや捕虜君。君のデータは非常に役に立った。カエデは快楽主義者だ」
 「はあ」
 「要はそこに漬け込んで依存させてしまえばいい。君は最高の検体だ、本当にありがとう」
 「おいっ!!人のもんに触んじゃねえ!」
 ブルーに握手を求めてくる銀肢をバルドが叩き落とす。いまいち話が見えないブルーだったが、会話にならない会話を続ける頭上の怪人ふたりを見るに、どうもリッヒェ参謀長官は結婚報告に来たらしかった。それが彼に自覚できているのかわからないが、『イエローは健康そうだ』と考えればテレパスで『わかるか捕虜君』と返してくる、この気安さ。

 「伴侶とはいいものだ。カエデのいない生活はもう考えられない……彼は捕虜君よりも活発でね。昨日も私を置いてどこかに行こうとした。傍に置くのに苦労するよ……ちょっと工夫してね。常に一緒にいるようにしているんだ」

 人が変わったように軽やかな慇懃無礼。唖然とするバルドと青井の視線が同じ方向へ向けられる。
 ———リッヒェが抱えてきた二つのトランクのうち、まだ開かれていない革張りのもう片方。人ひとり入れられるサイズなうえ、中から獣の唸り声に似た何かが聞こえる。

 トランクから視線をリッヒェに戻すと、上機嫌な声が螺子巻かれた。
 「挨拶するべきかな。番い揃って」
 イエロー、お前これから苦労するんだろうな。
 限りなく無に近い心持ちで、リッヒェの提案を丁重にお断りする。バルドがどうにかお帰り願おうと大斧に手をかけた。たぶんこれきりの付き合いには収まってくれないのだろうなというブルーの予感は、遠くない未来に的中することとなる。
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