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イエロー編
真白の檻から
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「カエデ、カエデ……」
熱っぽい声がきりきり螺子巻かれては放たれる。
勘弁してくれよ、黄ノ下は上にのしかかってくる金属生命体の腹を蹴った。全力で蹴り上げても足が痛いだけで、当の相手はダメージを受ける様子も無い。
「発情期か?噛みちぎってやるから下脱げよ」
「下?悪いが正確に表現してくれ。私の装甲のことかね」
リッヒェの個人ラボは人里離れた岩山の頂きにある。
広大過ぎるラボは外観だけ見れば半円状のホールケーキのようだ。その大部分の区画にかつては日々実験隊の呻きや悲鳴が響き渡っていた。今なお死の匂いが濃く漂う場所だ。このラボはリッヒェの知識欲を満たすためだけの———正しく、悪趣味な生体実験場であった。
この場所で恐ろしい数の怪人や魔物が脳を弄くられては焼却されていったが……最上の実験体たるイエローが捕縛され、今やリッヒェの望みは果たされつつある。今までの研究は大方が打ち切られ、人魔大戦後は隠居の準備が開始された。
リッヒェの城は変わりつつある。黄ノ下を迎え入れるにあたって実験場区画は数室のケージを残し、ヒトの暮らしに沿うようにリフォームがなされたばかりであった。
白を基調にしたリビングはモデルルームと言っても不自然はないだろう。使用感が全く無いのは普段使う者がいないからだ。革張りのソファも、輸入させたテレビだって、全て目の前の子どものために用意したものなのに。
「私に性処理の必要は無いんだよカエデ」
テレポート先はリビングルームで、銀の腕が革張りのカウチに抱えていたイエローを下ろす。金髪を掻きながらイエローは舌打ちをした。
「っせえな。そういう意味じゃねえっつーの」
揶揄に失敗したのが不満なのか口先を尖らせて唸っている。
この研究所に連れてこられてからもうずっと長いこと不機嫌だった。
全部が全部不愉快だ。何故自分がこんな目に遭わなければならない。
「家に帰ってデリヘル呼びてえ……」
「ここが家だ」
断じて違う。イエローにとっての家はしみったれたヒーロー宿舎でも豪奢で不気味なこのラボでも無く、給金で買ったスラムのぼろアパートだ。今にも崩れ落ちそうな木造は気遣いするものなど無く居心地がよかった。寝て食ってヤりたい放題。15の姿でも中身は17歳、不良少年として自由を謳歌していたイエローは給金を余さず遊興費に突っ込み借金までこさえていた。
「まあその隠れ家も私が焼き払ってしまったわけだが」
「ざけんなマジ……頭ん中覗き見てんじゃねえぞ」
「君ときたら友人を人質に取られても従わない、どこまで手を煩わせる?」
「あんなんダチじゃねえつってんだろ。さてはお前友達いねえな」
3度目の脱走から連れ戻された後、リッヒェは黄ノ下のヤサに住み着いていた住所不定無職の成人男性数名をラボに拉致してきた。クラブで金をばらまいて遊んでいた際酒をたかられただけの関係だ。交渉材料には到底ならず、彼らは破壊光線に蒸発させられ、消え失せた。
友はおろか母親も父親もいない、故郷には気兼ねなさ以外求めていない。
イエローが大事なのは徹頭徹尾自分だけ。
「……私に友は必要ない。これから先は君が居ればいい」
だから当然こいつも要らないのだ。どこで知識を得たのか、キスまがいの動きで鉄仮面が頬に触れる。カウチに押し倒され、Tシャツから露出した脇腹を銀肢で探られた。金属の感触が冷やっこい。イエローは身を捩りつつ不平を紡ぐ。
「熱烈な告白反吐が出るけどな、これからも俺はてめえから逃げ続けるぜ。」
「どうして」
「こんな僻地で隠居なんて年じゃねえからだよ!」
「……どうしてそんなことを言う?」
リッヒェの声が少し重くなる。嫌な予感がしてイエローは顔を顰めた。こういう問答は何度も行われた。そしていつもこの男の機嫌は急降下する。
そういう返事しか自分はできないしする気も無い。めんどくさい女を相手にしているようで、毎度辟易させられる。
「水晶に取り憑かれた君はほぼ不死だ。恐らく私と同等か、それ以上長く生き続けるだろう。私たちは共にあるべきだと思わないか」
「思わねえよ。他をあたれ」
「他はいない。他などいないのだよカエデ。やっと壊れない相手を見つけたのに、どうして拒む?どうしてここが満足できない」
他のモノはすぐに死に絶えるぞ。何度も何度も、私たちを残して。
男の言葉こそ呪詛だった。積年の恨み言だったのかも知れない。感情を知って欲を抱いて、この怪人は格段に湿っぽくなってしまった。満たされないことを訴えるよう、体をすり合わせてくる。見えはしない視線が、暗くイエローを見据えた。
「……満足させてみせよう。手を尽くしてね」
「オシオキか?好きにしろよ。どうせ切って捌いて、明日には元通りだ」
「今日は違う。君に傷はつけない……」
リッヒェは白衣で囲った相手を裏返し、カウチに固定した。怪訝な顔で首を捩るイエローの背中を、ばちりと衝撃が貫いた。視界が急に霞んでいく。
「———準備をするよ。少し眠っていろ」
どこか浮き足だった声だ。イエローは力無く目を閉じる。壮絶に、嫌な予感がした。
熱っぽい声がきりきり螺子巻かれては放たれる。
勘弁してくれよ、黄ノ下は上にのしかかってくる金属生命体の腹を蹴った。全力で蹴り上げても足が痛いだけで、当の相手はダメージを受ける様子も無い。
「発情期か?噛みちぎってやるから下脱げよ」
「下?悪いが正確に表現してくれ。私の装甲のことかね」
リッヒェの個人ラボは人里離れた岩山の頂きにある。
広大過ぎるラボは外観だけ見れば半円状のホールケーキのようだ。その大部分の区画にかつては日々実験隊の呻きや悲鳴が響き渡っていた。今なお死の匂いが濃く漂う場所だ。このラボはリッヒェの知識欲を満たすためだけの———正しく、悪趣味な生体実験場であった。
この場所で恐ろしい数の怪人や魔物が脳を弄くられては焼却されていったが……最上の実験体たるイエローが捕縛され、今やリッヒェの望みは果たされつつある。今までの研究は大方が打ち切られ、人魔大戦後は隠居の準備が開始された。
リッヒェの城は変わりつつある。黄ノ下を迎え入れるにあたって実験場区画は数室のケージを残し、ヒトの暮らしに沿うようにリフォームがなされたばかりであった。
白を基調にしたリビングはモデルルームと言っても不自然はないだろう。使用感が全く無いのは普段使う者がいないからだ。革張りのソファも、輸入させたテレビだって、全て目の前の子どものために用意したものなのに。
「私に性処理の必要は無いんだよカエデ」
テレポート先はリビングルームで、銀の腕が革張りのカウチに抱えていたイエローを下ろす。金髪を掻きながらイエローは舌打ちをした。
「っせえな。そういう意味じゃねえっつーの」
揶揄に失敗したのが不満なのか口先を尖らせて唸っている。
この研究所に連れてこられてからもうずっと長いこと不機嫌だった。
全部が全部不愉快だ。何故自分がこんな目に遭わなければならない。
「家に帰ってデリヘル呼びてえ……」
「ここが家だ」
断じて違う。イエローにとっての家はしみったれたヒーロー宿舎でも豪奢で不気味なこのラボでも無く、給金で買ったスラムのぼろアパートだ。今にも崩れ落ちそうな木造は気遣いするものなど無く居心地がよかった。寝て食ってヤりたい放題。15の姿でも中身は17歳、不良少年として自由を謳歌していたイエローは給金を余さず遊興費に突っ込み借金までこさえていた。
「まあその隠れ家も私が焼き払ってしまったわけだが」
「ざけんなマジ……頭ん中覗き見てんじゃねえぞ」
「君ときたら友人を人質に取られても従わない、どこまで手を煩わせる?」
「あんなんダチじゃねえつってんだろ。さてはお前友達いねえな」
3度目の脱走から連れ戻された後、リッヒェは黄ノ下のヤサに住み着いていた住所不定無職の成人男性数名をラボに拉致してきた。クラブで金をばらまいて遊んでいた際酒をたかられただけの関係だ。交渉材料には到底ならず、彼らは破壊光線に蒸発させられ、消え失せた。
友はおろか母親も父親もいない、故郷には気兼ねなさ以外求めていない。
イエローが大事なのは徹頭徹尾自分だけ。
「……私に友は必要ない。これから先は君が居ればいい」
だから当然こいつも要らないのだ。どこで知識を得たのか、キスまがいの動きで鉄仮面が頬に触れる。カウチに押し倒され、Tシャツから露出した脇腹を銀肢で探られた。金属の感触が冷やっこい。イエローは身を捩りつつ不平を紡ぐ。
「熱烈な告白反吐が出るけどな、これからも俺はてめえから逃げ続けるぜ。」
「どうして」
「こんな僻地で隠居なんて年じゃねえからだよ!」
「……どうしてそんなことを言う?」
リッヒェの声が少し重くなる。嫌な予感がしてイエローは顔を顰めた。こういう問答は何度も行われた。そしていつもこの男の機嫌は急降下する。
そういう返事しか自分はできないしする気も無い。めんどくさい女を相手にしているようで、毎度辟易させられる。
「水晶に取り憑かれた君はほぼ不死だ。恐らく私と同等か、それ以上長く生き続けるだろう。私たちは共にあるべきだと思わないか」
「思わねえよ。他をあたれ」
「他はいない。他などいないのだよカエデ。やっと壊れない相手を見つけたのに、どうして拒む?どうしてここが満足できない」
他のモノはすぐに死に絶えるぞ。何度も何度も、私たちを残して。
男の言葉こそ呪詛だった。積年の恨み言だったのかも知れない。感情を知って欲を抱いて、この怪人は格段に湿っぽくなってしまった。満たされないことを訴えるよう、体をすり合わせてくる。見えはしない視線が、暗くイエローを見据えた。
「……満足させてみせよう。手を尽くしてね」
「オシオキか?好きにしろよ。どうせ切って捌いて、明日には元通りだ」
「今日は違う。君に傷はつけない……」
リッヒェは白衣で囲った相手を裏返し、カウチに固定した。怪訝な顔で首を捩るイエローの背中を、ばちりと衝撃が貫いた。視界が急に霞んでいく。
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どこか浮き足だった声だ。イエローは力無く目を閉じる。壮絶に、嫌な予感がした。
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