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イエロー編
バルド邸、来訪者
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『頼もう』
「なんだあ!?」
インターホンの前にいるはずが無い同僚が立っている。
バルドの記憶が正しければ、来訪者は何よりも人付き合いを回避したがる偏屈者だったはずだ。
あり得ない人物の来訪に三和土でバルドは腰を抜かし欠けたが、相手の立場が立場なので無碍に追い返すわけにもいかない。魔王軍幹部にも序列が存在する。玄関先に立っている相手はバルドより二つ位が格上なのだ。意味も無く追い返せば軍法会議で議題にされてしまいかねない……。
バルドは後ろを振り返って同居人を呼びつけた。
「おいブルー!……ちょっと来い」
「どうした。誰か来たのか?」
ラフな部屋着にエプロン姿の青年が三和土までやってきた。
丁度昼飯の準備をしていたところで、浅葱のエプロンには跳ねた油の跡がついている。可愛い。調理の手を止めてふらふら寄ってきた青井に予期せず眩しさを感じる大鬼だったが、それには触れず目的の通り玄関先の映像を見せる。
青井は見覚えのある顔に少し目を見開いた。
「……リッヒェだ。魔王軍参謀長官じゃないか」
モノアイ・インターホンに映し出される白衣は悪名高い魔王軍主力に間違いない。
ブルーは界境防衛ラインの担当だったので終戦まで顔を合わせることは無かったが、魔界への領土奪還作戦に配置された隊員はもれなくリッヒェの破壊光線で灰にされてしまった。リッヒェに遭遇して生還できた者は少ない。希少な映像資料でしか見たことの無かった怪人が、扉一枚隔てて向こうまで来ている。
バルドは夕陽色の髭をひと擦りして苦々しく忠告した。
「いいかブルー。いつも言ってるがこういう風体のイカレを中に通すんじゃねえぞ。……今から俺様は仕方無く、全く不本意にも———こいつを家に上げるが、俺様の留守中にやってきても応対の必要はない。居留守を使えよ」
「いつも言われた通りにしてるけど……」
「こういうのは何度共有しておいたって不足はねえ」
青井は事実上バルド所有の捕虜であり、奴隷である。日中は広い屋敷内に軟禁されていて、ひとり主人の帰りを待つ身の上だ。言いつけを守って家の外には一歩も出ず、また屋敷の訪問者にも接触しないよう言い含められていた。
邸内で過ごすバルドの過保護は徐々に磨きがかかり、最近は箸より重い物を頼んでも持たせて貰えない。肉体の修復速度に関わるから無理をさせたくないそうだ。
「リッヒェは口の上手え悪党だからな、特別注意しろ。……悪いが奥に引っ込んでてくれや。俺様が呼ぶまで出てくんなよ」
バルドは眉間に深い深い皺を作って扉向こうを睨んでいる。
「……ん、わかった。ズールといるから気にしないでくれ」
はぐれスライムのズールにも昼飯を与えなければならない。素直に頷き、青井は廊下を戻ろうとするが……それを遮るように、無機質な声が頭に響いてきた。
『待て。それは困る。その捕虜も同席させてくれ』
え、とバルドのほうを見れば、般若の形相で扉の外を睨み付けている。聞こえる声は耳でとらえるそれより不自然に鮮明で、超能力による意思疎通術に近いものを感じた。
直接意識に語りかけてきたのは件のリッヒェのようだ。
『そう怒るなバルド。君の所有物に興味など無いよ』
「そういう問題じゃねえ。……こいつは外に出さねえって決めてんだ」
『ならいいじゃないか。捕虜は外には出ない、君の屋敷で簡単な質問に答えてもらうだけだ。部屋にあげてくれるだろう?心配なら膝にでも乗せておくといい。……いつもしているように』
やはりテレパスか。言葉の欠けた会話をする2人の怪人を前にしてブルーは感心する。聞いたことはあったが実際目の当たりにするのは不思議な気分だった。口ぶりからするに記憶さえ見透かすことができるのかもしれない。
———しかし膝上云々は多少の誤解がある。あれはバルドの図体がでかすぎてソファーの座面が不足するが故の、仕方なしにとる姿勢なのだ。
『クク、その男なら己に適切なサイズの腰掛けを用意できる筈だ。わざとワンサイズ小さなものを選んで……おっと、バルド。怒らないでくれ。今回は本当に話し合いに来たんだ』
「…………。」
歯を剝きだして唸り、不機嫌を顕わにするバルドの傍らに立つ。別に青井自身は構わないのだが、バルドの立場が悪くなるのは避けたい。……単に、ひとりの居候としてそう思った。
『君の捕虜は物わかりがいいな。実に従順だ。躾の仕方も教授してくれないか』
「うちは無料相談所じゃあねえんだがな!」
『一応私は君の上司に当たるんだがね。押し入りたくは無いんだ、破壊光線を照射するのも疲れる』
要はさっさと招き入れないと玄関口ごと破壊するぞ、と言っているらしい。案外短気だ。さすが魔族。変に感心してしまう青井の頭に、男とも女ともとれない中性的な声が伝わってきた。
『合理的と言ってくれたまえ。さあバルド、ドアを開けてくれ。捕虜の君は茶の用意でもしてくれると助かるね』
———金縁の赤いドアが、ゆっくりと開かれる。
「なんだあ!?」
インターホンの前にいるはずが無い同僚が立っている。
バルドの記憶が正しければ、来訪者は何よりも人付き合いを回避したがる偏屈者だったはずだ。
あり得ない人物の来訪に三和土でバルドは腰を抜かし欠けたが、相手の立場が立場なので無碍に追い返すわけにもいかない。魔王軍幹部にも序列が存在する。玄関先に立っている相手はバルドより二つ位が格上なのだ。意味も無く追い返せば軍法会議で議題にされてしまいかねない……。
バルドは後ろを振り返って同居人を呼びつけた。
「おいブルー!……ちょっと来い」
「どうした。誰か来たのか?」
ラフな部屋着にエプロン姿の青年が三和土までやってきた。
丁度昼飯の準備をしていたところで、浅葱のエプロンには跳ねた油の跡がついている。可愛い。調理の手を止めてふらふら寄ってきた青井に予期せず眩しさを感じる大鬼だったが、それには触れず目的の通り玄関先の映像を見せる。
青井は見覚えのある顔に少し目を見開いた。
「……リッヒェだ。魔王軍参謀長官じゃないか」
モノアイ・インターホンに映し出される白衣は悪名高い魔王軍主力に間違いない。
ブルーは界境防衛ラインの担当だったので終戦まで顔を合わせることは無かったが、魔界への領土奪還作戦に配置された隊員はもれなくリッヒェの破壊光線で灰にされてしまった。リッヒェに遭遇して生還できた者は少ない。希少な映像資料でしか見たことの無かった怪人が、扉一枚隔てて向こうまで来ている。
バルドは夕陽色の髭をひと擦りして苦々しく忠告した。
「いいかブルー。いつも言ってるがこういう風体のイカレを中に通すんじゃねえぞ。……今から俺様は仕方無く、全く不本意にも———こいつを家に上げるが、俺様の留守中にやってきても応対の必要はない。居留守を使えよ」
「いつも言われた通りにしてるけど……」
「こういうのは何度共有しておいたって不足はねえ」
青井は事実上バルド所有の捕虜であり、奴隷である。日中は広い屋敷内に軟禁されていて、ひとり主人の帰りを待つ身の上だ。言いつけを守って家の外には一歩も出ず、また屋敷の訪問者にも接触しないよう言い含められていた。
邸内で過ごすバルドの過保護は徐々に磨きがかかり、最近は箸より重い物を頼んでも持たせて貰えない。肉体の修復速度に関わるから無理をさせたくないそうだ。
「リッヒェは口の上手え悪党だからな、特別注意しろ。……悪いが奥に引っ込んでてくれや。俺様が呼ぶまで出てくんなよ」
バルドは眉間に深い深い皺を作って扉向こうを睨んでいる。
「……ん、わかった。ズールといるから気にしないでくれ」
はぐれスライムのズールにも昼飯を与えなければならない。素直に頷き、青井は廊下を戻ろうとするが……それを遮るように、無機質な声が頭に響いてきた。
『待て。それは困る。その捕虜も同席させてくれ』
え、とバルドのほうを見れば、般若の形相で扉の外を睨み付けている。聞こえる声は耳でとらえるそれより不自然に鮮明で、超能力による意思疎通術に近いものを感じた。
直接意識に語りかけてきたのは件のリッヒェのようだ。
『そう怒るなバルド。君の所有物に興味など無いよ』
「そういう問題じゃねえ。……こいつは外に出さねえって決めてんだ」
『ならいいじゃないか。捕虜は外には出ない、君の屋敷で簡単な質問に答えてもらうだけだ。部屋にあげてくれるだろう?心配なら膝にでも乗せておくといい。……いつもしているように』
やはりテレパスか。言葉の欠けた会話をする2人の怪人を前にしてブルーは感心する。聞いたことはあったが実際目の当たりにするのは不思議な気分だった。口ぶりからするに記憶さえ見透かすことができるのかもしれない。
———しかし膝上云々は多少の誤解がある。あれはバルドの図体がでかすぎてソファーの座面が不足するが故の、仕方なしにとる姿勢なのだ。
『クク、その男なら己に適切なサイズの腰掛けを用意できる筈だ。わざとワンサイズ小さなものを選んで……おっと、バルド。怒らないでくれ。今回は本当に話し合いに来たんだ』
「…………。」
歯を剝きだして唸り、不機嫌を顕わにするバルドの傍らに立つ。別に青井自身は構わないのだが、バルドの立場が悪くなるのは避けたい。……単に、ひとりの居候としてそう思った。
『君の捕虜は物わかりがいいな。実に従順だ。躾の仕方も教授してくれないか』
「うちは無料相談所じゃあねえんだがな!」
『一応私は君の上司に当たるんだがね。押し入りたくは無いんだ、破壊光線を照射するのも疲れる』
要はさっさと招き入れないと玄関口ごと破壊するぞ、と言っているらしい。案外短気だ。さすが魔族。変に感心してしまう青井の頭に、男とも女ともとれない中性的な声が伝わってきた。
『合理的と言ってくれたまえ。さあバルド、ドアを開けてくれ。捕虜の君は茶の用意でもしてくれると助かるね』
———金縁の赤いドアが、ゆっくりと開かれる。
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