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イエロー編
怪人リッヒェ
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リッヒェは孤高の怪人である。
母の胎を破って生まれた彼は、赤子ながらに激昂した父をも返り討ちにした。生存本能に従った闘争の結果、生まれた怪物の周りには一人の同族も残らなかった。
生後行われた戦いで、赤子の鼻先から下は失われていた。顎から下の肉体が無い、というよりも生首の上半分だけで蠢いている生き物に誰も干渉しようとはせず、彼自身それでも尚生存を続ける己に疑問を持っていた。
———自分は一体、どういう生き物なのだろうか。
取りあえず肉饅頭のような状態でも、自分は生態ヒエラルキーの頂点に立てるらしい。
彼は上顎だけの状態で、魔界北部においての覇権を握ることに成功した。生き物に出会ったらとりあえず破壊光線。自分を踏みつぶそうとしてくる魔族を片端から光線で蒸発させていくと、いつの間にやら自分を崇めたてる弱者の勢力が出来上がっていた。神輿に担がれたリッヒェはテレパスを用いて指示を下し、下級魔族達が身の回りの世話をすることを許した。五月蝿い召使いもどきがそこらじゅういていちいち間引くのも煩わしかった———魔王軍に抜擢されたのはそんな頃だ。
魔王は部下としてリッヒェを軍参謀に採用する代わり、奇怪な金属片を彼に与えた。
ブロック状のそれにリッヒェが飛び乗ると、鈍色の金属はみるみるうちにヒト型へと変形していき、失われたはずの肉体にとって代わった。初めての胴体と四肢である。これはリッヒェ自身も素直に喜ばしかったが、同時に金属片の正体も気になった。物に興味を持つのも、初めての経験であった。
「これは何だ?」
魔王は巨体を揺らしてこう答えた。
「……約束のかたちだ。昔、不死種の……お前の血の源たるアンデッド族に誓ったのだ。子孫に難あれば此れを助けよと……使い物にならなくなった道具を鋳固め直したものだ。義肢の代わりぐらいにはなろう」
「そうじゃない。もっと物質的な話をしていることがわからないか」
「…………」
魔王はいささか器の小さな男だった。奴は物事の本質とは全く関係のない「言葉使い」を幼き日のリッヒェに教授したのち、仕事が残っていると言って魔王城に帰って行った。
気になるなら調べるなり何なりするがいい。魔王は北部の統治をリッヒェに任せ、資金と個人用のラボを与えた。ざっくり放任主義な上司で困惑したが、それから暫く彼は手足のある生活を楽しんだ。他の怪人の生態を調べて日常に取り入れたりもした。労働、睡眠、食事、コミュニティーでの協同生活。殆どの怪人は同族どうしで共同体を作り、そこで生活しているようだったが———生後間もなく家族を失ったリッヒェがそのサイクルに馴染むのは、どうにも困難が生じた。全く馴染めなかったと言っていい。
ほぼ補給の必要ない高次の生命体たるリッヒェである。弱者の生活サイクルに当てはめて暮らせば暮らすほど無駄が発生した。定期的な活動の休止で肉体はメンテナンスできたし、睡眠や食事は動作ばかりを真似をするだけの実に無意味なお遊びだった。
———その後、いくつかの実験を重ねて。共同体での生活はリッヒェには難しいという結論に達した。基本的に怪人は気性が荒い者が多い。リッヒェに反発した者は尽く、破壊光線を浴びせかけられ灰燼に帰した。
「耐久性がなさ過ぎる」
リッヒェには手加減も難しい。最低出力の攻撃で半壊してしまう相手と、どう生活しろというのか。それに加えて更に困難を極めたのは精神構造の理解についてである。
息絶えた部下に取りすがる同族の、俗に怒りと呼ばれる感情が表出した視線。零れる涙に分析される悲哀。これは理解できても実際感じることは難しい。
———リッヒェには。とりわけ心がわからないのだ。
母の胎を破って生まれた彼は、赤子ながらに激昂した父をも返り討ちにした。生存本能に従った闘争の結果、生まれた怪物の周りには一人の同族も残らなかった。
生後行われた戦いで、赤子の鼻先から下は失われていた。顎から下の肉体が無い、というよりも生首の上半分だけで蠢いている生き物に誰も干渉しようとはせず、彼自身それでも尚生存を続ける己に疑問を持っていた。
———自分は一体、どういう生き物なのだろうか。
取りあえず肉饅頭のような状態でも、自分は生態ヒエラルキーの頂点に立てるらしい。
彼は上顎だけの状態で、魔界北部においての覇権を握ることに成功した。生き物に出会ったらとりあえず破壊光線。自分を踏みつぶそうとしてくる魔族を片端から光線で蒸発させていくと、いつの間にやら自分を崇めたてる弱者の勢力が出来上がっていた。神輿に担がれたリッヒェはテレパスを用いて指示を下し、下級魔族達が身の回りの世話をすることを許した。五月蝿い召使いもどきがそこらじゅういていちいち間引くのも煩わしかった———魔王軍に抜擢されたのはそんな頃だ。
魔王は部下としてリッヒェを軍参謀に採用する代わり、奇怪な金属片を彼に与えた。
ブロック状のそれにリッヒェが飛び乗ると、鈍色の金属はみるみるうちにヒト型へと変形していき、失われたはずの肉体にとって代わった。初めての胴体と四肢である。これはリッヒェ自身も素直に喜ばしかったが、同時に金属片の正体も気になった。物に興味を持つのも、初めての経験であった。
「これは何だ?」
魔王は巨体を揺らしてこう答えた。
「……約束のかたちだ。昔、不死種の……お前の血の源たるアンデッド族に誓ったのだ。子孫に難あれば此れを助けよと……使い物にならなくなった道具を鋳固め直したものだ。義肢の代わりぐらいにはなろう」
「そうじゃない。もっと物質的な話をしていることがわからないか」
「…………」
魔王はいささか器の小さな男だった。奴は物事の本質とは全く関係のない「言葉使い」を幼き日のリッヒェに教授したのち、仕事が残っていると言って魔王城に帰って行った。
気になるなら調べるなり何なりするがいい。魔王は北部の統治をリッヒェに任せ、資金と個人用のラボを与えた。ざっくり放任主義な上司で困惑したが、それから暫く彼は手足のある生活を楽しんだ。他の怪人の生態を調べて日常に取り入れたりもした。労働、睡眠、食事、コミュニティーでの協同生活。殆どの怪人は同族どうしで共同体を作り、そこで生活しているようだったが———生後間もなく家族を失ったリッヒェがそのサイクルに馴染むのは、どうにも困難が生じた。全く馴染めなかったと言っていい。
ほぼ補給の必要ない高次の生命体たるリッヒェである。弱者の生活サイクルに当てはめて暮らせば暮らすほど無駄が発生した。定期的な活動の休止で肉体はメンテナンスできたし、睡眠や食事は動作ばかりを真似をするだけの実に無意味なお遊びだった。
———その後、いくつかの実験を重ねて。共同体での生活はリッヒェには難しいという結論に達した。基本的に怪人は気性が荒い者が多い。リッヒェに反発した者は尽く、破壊光線を浴びせかけられ灰燼に帰した。
「耐久性がなさ過ぎる」
リッヒェには手加減も難しい。最低出力の攻撃で半壊してしまう相手と、どう生活しろというのか。それに加えて更に困難を極めたのは精神構造の理解についてである。
息絶えた部下に取りすがる同族の、俗に怒りと呼ばれる感情が表出した視線。零れる涙に分析される悲哀。これは理解できても実際感じることは難しい。
———リッヒェには。とりわけ心がわからないのだ。
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