イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

文字の大きさ
上 下
19 / 117
イエロー編

怪人リッヒェ

しおりを挟む
 リッヒェは孤高の怪人である。
 母の胎を破って生まれた彼は、赤子ながらに激昂した父をも返り討ちにした。生存本能に従った闘争の結果、生まれた怪物の周りには一人の同族も残らなかった。
 生後行われた戦いで、赤子の鼻先から下は失われていた。顎から下の肉体が無い、というよりも生首の上半分だけで蠢いている生き物に誰も干渉しようとはせず、彼自身それでも尚生存を続ける己に疑問を持っていた。

 ———自分は一体、どういう生き物なのだろうか。

 取りあえず肉饅頭のような状態でも、自分は生態ヒエラルキーの頂点に立てるらしい。
 彼は上顎だけの状態で、魔界北部においての覇権を握ることに成功した。生き物に出会ったらとりあえず破壊光線。自分を踏みつぶそうとしてくる魔族を片端から光線で蒸発させていくと、いつの間にやら自分を崇めたてる弱者の勢力が出来上がっていた。神輿に担がれたリッヒェはテレパスを用いて指示を下し、下級魔族達が身の回りの世話をすることを許した。五月蝿い召使いもどきがそこらじゅういていちいち間引くのも煩わしかった———魔王軍に抜擢されたのはそんな頃だ。

 魔王は部下としてリッヒェを軍参謀に採用する代わり、奇怪な金属片を彼に与えた。
 ブロック状のそれにリッヒェが飛び乗ると、鈍色の金属はみるみるうちにヒト型へと変形していき、失われたはずの肉体にとって代わった。初めての胴体と四肢である。これはリッヒェ自身も素直に喜ばしかったが、同時に金属片の正体も気になった。物に興味を持つのも、初めての経験であった。
 「これは何だ?」
 魔王は巨体を揺らしてこう答えた。
 「……約束のかたちだ。昔、不死種の……お前の血の源たるアンデッド族に誓ったのだ。子孫に難あれば此れを助けよと……使い物にならなくなった道具を鋳固め直したものだ。義肢の代わりぐらいにはなろう」
 「そうじゃない。もっと物質的な話をしていることがわからないか」
 「…………」
 魔王はいささか器の小さな男だった。奴は物事の本質とは全く関係のない「言葉使い」を幼き日のリッヒェに教授したのち、仕事が残っていると言って魔王城に帰って行った。
 気になるなら調べるなり何なりするがいい。魔王は北部の統治をリッヒェに任せ、資金と個人用のラボを与えた。ざっくり放任主義な上司で困惑したが、それから暫く彼は手足のある生活を楽しんだ。他の怪人の生態を調べて日常に取り入れたりもした。労働、睡眠、食事、コミュニティーでの協同生活。殆どの怪人は同族どうしで共同体を作り、そこで生活しているようだったが———生後間もなく家族を失ったリッヒェがそのサイクルに馴染むのは、どうにも困難が生じた。全く馴染めなかったと言っていい。
 ほぼ補給の必要ない高次の生命体たるリッヒェである。弱者の生活サイクルに当てはめて暮らせば暮らすほど無駄が発生した。定期的な活動の休止で肉体はメンテナンスできたし、睡眠や食事は動作ばかりを真似をするだけの実に無意味なお遊びだった。

 ———その後、いくつかの実験を重ねて。共同体での生活はリッヒェには難しいという結論に達した。基本的に怪人は気性が荒い者が多い。リッヒェに反発した者は尽く、破壊光線を浴びせかけられ灰燼に帰した。
 「耐久性がなさ過ぎる」
 リッヒェには手加減も難しい。最低出力の攻撃で半壊してしまう相手と、どう生活しろというのか。それに加えて更に困難を極めたのは精神構造の理解についてである。

 息絶えた部下に取りすがる同族の、俗に怒りと呼ばれる感情が表出した視線。零れる涙に分析される悲哀。これは理解できても実際感じることは難しい。

 ———リッヒェには。とりわけ心がわからないのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...