イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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ブルー編

回顧録:大鬼回想

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 この男に会ってから八年が経つ。出会ったばかりのころ青井は十八の小僧、ヒーローになったばかりの糞ガキであった。先代の幹部が当時のブルーと相討ちになり、バルドが幹部の座を戴いてから初めての邂逅。腕のたつ剣術使いと聞いて当時は身構えたものだが、こいつときたら吹っ飛ばされるばかりで拍子抜けもいいところだった。
 急拵えで埋められたブルーの席は青年にはいささか荷が勝ちすぎたらしい。威勢ばかりはいいらしく、ぎゃんぎゃん吠えながら、殴っても圧し切っても叩き潰しても執拗に立ち向かってきたのは覚えている。若さだな。無謀な若者はそう嫌いでは無いバルドなので、適当にあしらいつつ戦い方を稽古してやることもあった。ヘルメットの下で悔し泣いているザマは何度思い出しても胸が躍る。
 しかし一年もすると青井は剣筋を読むようになり、二年目で半時はバルドの斧とやり合えるほどに成長を遂げた。ヒーロー達は人間界に位置する魔力の込められた巨大な水晶から加護を与えられて戦っている。通常であれば労せずとも怪人と同等か、それ以上の肉体的ステータスを得られるはずが、若きブルーは水晶のお気に召さなかったようだ。与えられた加護はせいぜいが再生能力だけ。死なないだけの肉体で、よく戦ったほうだといえるだろう。
 バルドにワンパンでのされることは無くなっていたが、最終的には力負けしてしまう。
 ブルーはチームの中でもみそっかす扱いで、時間稼ぎしかできない無能だとイエローの小僧は殊更馬鹿にしていたっけか。
 逆境としか言えない状況下を根性気合いで乗り切り、ようやく訪れた三年目。暗雲立ち篭める陰気なある日のことだった。
 その日を境に、ブルーの戦い方が一変することになる。

 『おいおい……どういう風の吹き回しだ?てめえ今更ヒーローに目覚めたとでも言うつもりかよ?』
 『…………』
 『なァおい、聞いてんのか?一丁前におべべを衣替えして調子こいてるらしいじゃねえか!!』

 いつものように挑発してきた大鬼を袈裟懸けにひと太刀、斬撃が襲った。あと少しでも踏み込んでいたら完全にバルドは身体を半分に裂かれていたことだろう。
 ———ブルー襲名から3年、宿敵たるバルドに剣先が届いたことさえ無かった青年は、その日初めてオーガ軍を撤退させることに成功した。
 大振りの片手剣はスーツに呼応して妖しく刃先を光らせる。闇を染め出したようなスーツ姿に、オーガ軍の兵士たちは怯えを示す様になった。青井は事実、唐突に、悍ましいほどの強さを手に入れたのだ。

 ……可愛げが失われたのは攻撃力だけではなかった。真新しいダークブルーのヒーロースーツに身を包んだ青井は戦闘中、一切の無駄口をきかなくなったのだ。怪人であるバルドの挑発にも、仲間であるレッド達の呼びかけにも返事をしない。
 侵攻中目の前に現れる時、ブルーは必ず一人だった。

 『……単独行動たあ、てめえも偉くなったもんだなァ!ああ!?』
 『………っ!~~~っ!!』
 『てめえは本当にブルーか?あのガキはもっと弱っちくてよ、可愛げってもんがあったぜ!!』

 バルドの大斧が剣先を滑ってヒーローマスクの右半分を破砕する。メット型の覆いから露出した顔は、確かに見知った顔をしていた。
 ……その目から止めどなく流れる血涙を除けば、間違いなく記憶のそれと一致する。
 白目は赤く充血し、睨みあげる顔半分は皮下から浮いて出た血の管で一面変色していた。鬱血した土色の皮膚は死人のものに似ている。……一瞬ひるんだ怪人の隙をついて、ブルーは首を切り落としにかかった。

 『ぅおっとォ!!は、てめえ、そりゃ何だ!随分男前になったもんだな』
 『———ち、くしょう……ッ!!』

 斧の柄で攻撃を防がれた青井は、そのまま腕を振り上げて二撃目に移行する。明らかに肩の可動域が可笑しい。人間は関節を一周して動くことなどできないはずだ。刃先の摩擦で火花が飛び散り、お互いの顔を照らし出す。
 防弾アクリルを基礎に造られたヒーローマスクの縁が光を反射してその輪郭を露わにする。破損して飛んでいった強化アクリル板と共に、内蔵されていた奇妙な管が宙を舞う。剥がされた肉片がこびり付いて禍々しい。神経管の拡張器具と、諸共毟り取られた青年の頭皮であった。
 (肉体改造か———。いい趣味してるねえ)
 その日見たものが妙に気になったバルドは自陣に戻って直ぐ、間諜を人間界に送り込んだ。

 『ボス、本当に報告しますか?』
 『どういう意味だ。仕事サボってんじゃねえぞ』

 ヒーロー宿舎に忍び込ませた部下の一人が無線連絡を寄越す。どうにも言葉の歯切れが悪い。

 『あー、吐いてる吐いてる……ブルーの野郎、半端ない量の投薬でのびてます。自室に戻るなりベッドにぶっ倒れて点滴ですね。というかほぼ宿舎にはいません、もっぱら怪人研究ラボで暮らしてます』
 『ラボに何の用がある。あいつは研究者ってオツムじゃなかったと思うが』
 『いえ。……どうにも、対怪人兵器開発の為の被験体に利用されているようです。神経系の一部をスーツと連結させ、肉体的基礎値の底上げを目的にした生体実験で……』
 『———ああ、もういい。……わかった。データだけ書簡にして寄越せ』

 烏便で郵送された報告書を、バルドはそのまま五大幹部の参謀に提供した。魔王軍参謀長官であるリッヒェは機械仕掛けの体をねじ巻きつつ人工声帯を震わせる。この男にしては珍しく、彼は茶まで用意してバルドを労ってみせた。

 『たまにはいい仕事をするじゃないか。魔物の細胞を移植して適合させ、進化した皮膚材をヒーロースーツの素材に用いる。なかなか原始的だがいい案だ。ブルーが肉体再生能力に特化しているからこそ成し得た計画だな。うちの軍でも真似できないものか。バルド、丈夫な君に頼みたいことがある』
 『大事な生身の脳みそをミンチにされたいらしいな』
 『冗談だ。お前に耐えられる仕事ではないよ。神経系がイカレてしまうし、何より寿命がもつまい。再生に特化したブルーといえど、それは戦場で与えられる加護だ。人為的な開発のためにあの水晶共が力を借すとも思えない。』
 『するってえと……あいつは死ぬのか』
 『数年以内に。持ったとしても十年そこいらだ。儲けたな、担当ヒーローを殺す手間が省けるぞ』

 笑い声の代わりに歯車の滑車が軋む。バルドは舌打ちをひとつ、どうにもむかつく胸をばりばり掻いた。
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