イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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ブルー編

苗床level2:母体修復

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 大鬼は日がな一日青年の側に侍り、あれこれ世話を焼いた。
 「本当にクビになったんじゃないか?休みすぎだろう」
 「休暇取ったんだよ。あんだろ人間界にも」
 「…………にしたって……もう一ヶ月……」
 爪を切られながら呻く。自分でできると言ったのにこのオーガは聞く耳を持たない。手足の感覚麻痺を大げさに捉えすぎているのだ。
 「俺様の休みをどう使おうが俺様の勝手だ。ちょっと任せただけでガタがくるような組織作りはしてない」
 1日3食、おやつに昼寝。気の向くままにセックスをして、奴の馬鹿げた求愛の台詞を聞き流しているとすぐ日は落ちる。魔王城の一画にあるというバルドの屋敷は広く、ぼんやり歩いているだけで軽い散歩になった。
 「……一人暮らしなのか?」
 金装飾の目に痛いインテリアを眺めながら青井が問えば、バルドは陽色の鬣を弄りながらだるそうに答えた。
 「ずっとな。他人が信用できん性質でね」
 「掃除とか、大変じゃないか」
 「それはズールがいるからな。あいつはそのために飼ってる」
 初日にあらぬ場所を弄られた特大スライムを思い出して青井の顔が渋くなる。ズールと呼ばれる粘体生物は、この家の掃除屋として住まわされている唯一の魔物であった。
 「傷痕の膿とか……瘡蓋とかよ、放置してると勝手に食ってくれるから便利なんだわ」
 「へえ……あれ、最近俺の皮膚がたまに湿ってるのってそういう……?」
 「お前の背中なんかズタボロだからな。ズールの体液は殺菌作用もあるから衛生的だぞ」
 「ふうん……」
 もう何が起きても驚かない。ぼんやりと与えられる何もかもを受け取って、青井は丁寧に整えられたつま先を見た。訓練生であった頃、技に支障が出ないよう身体を整えるのは当然のことだった。それがいつの間にか、青井の爪はただ病的に噛み潰されるだけの、見窄らしく欠けた覆いになってしまっていた。
 (いつから切らなくなったんだっけ)
 確か戦闘用スーツが変わってからだ。自分で自分の制御をする必要がなくなってから、青年は自分の世話を放り出し始めた。

 ———これはもう、もたないねえ。

 年嵩の研究員の声が蘇る。青井の麻酔が切れていることに気づいていないのだ。
 ストレッチャーの上で言葉が交わされる。

 ———一年もてば御の字だろう。
 ———壊死が治っていない。回路反応も弱い。
 ———加護が及んでいないのでは……。

 あんなスーツを着なくても俺は戦えた。人間のために働けたのに。余命は結局、終戦を迎えても教えられていない。研究員の推測が正しければ、期限はとうに訪れている。脳みそにも傷みがきていたのだろうか、記憶はところどころ虫食いのように曖昧だ。

 「———おい。おいって」
 軽く頬を叩かれて、青井は思い出から現実へ浮上した。椅子に座らされ、足の爪を切り終えたらしいバルドと目を合わせる。
 「キョトンとしてんじゃねえ。終わったぞ」
 「あ、ああ……ありがとう。アンタのも……」
 切ってやろうか、そう言いかけて青年は口篭った。握力は衰えて指先を手繰る動きも覚束ない。自分のそれならまだしも、他人の爪切りをしてやれる自信がなかったからだ。
 「い、いや、あ、ちが……何でも……っ」
 「…………」
 狼狽える青井の唇が唐突に奪われる。青年は目を丸く見開いて硬直していたが、オーガの分厚く熱い舌が唇を割りさく寸前で正気を取り戻した。渾身の力で押しのけて、のぼせた顔を手の甲でおさえる。
 「ぷ、ぷぁっ……!!」
 「あんだよォ」
 「な、なんで……何でキスした!?」
 心底理解できないといった顔で戸惑っている青年にバルドはけろりと答えた。
 「したかったから」
 「そういう事じゃない!了解をとれ!!」
 「じゃあキスしてえ。許可を頂けますかァ?ヒーローさんよう」
 「な、だ、だめ……っ」
 オーガの厳しい顔が近づいてくる。額を合わせ、名残惜しげに鼻先を触れさせてバルドは体を離した。青井は抑えていた呼吸を少し深くする。首筋が熱い。
 「かァわいいの」
 「ば、バカにしやがって……!!」
 「本当だぜ。お前は可愛い、可愛くてたまらねえ」
 脇の下に手を差し入れられ、猫の子のように宙へ持ち上げられる。群青の短髪が驚きに逆立つ。
 「はなせ!!あ、わ、うわ……っ!」
 「ハッハッハァ!!ほら小僧、抱っこしてやる」
 そのまま本当に抱き上げられ、戯れはしばらく続けられた。丸太のような腕から解放される頃には青井も疲れ果て、バルドの巨体に寄りかかったままぐったり頭を垂れた。空中でばたつかせた手足が重い。肩を抱かれ、膝に引き寄せられて乱れた服の上から撫でさすられる。
 「———可愛いなァ……」
 「う…………、ン、く……♡」
 低く邪悪な、欲の絡んだ声だった。顎を掬われて唇を合わせる。体を腕一本で支えられて、青年は瞳を蕩つかせる。唾液が甘い。オーガの熱い舌で絡め取られ、ぼんやりと目を閉じた。
 手懐けられている自覚はあったが、今更どうすることもできない。抵抗するには青井は現状あまりに弱っていたし、男の愛撫は押しのけるには甘美すぎた。体を委ねれば、一時全てを忘れられる……青井はとかく優しさに飢えていた。
 蜘蛛の巣にかかってもがく羽虫のように、バルドの腕の中で青年は薄く身を震わせる。この大鬼は人並みはずれて色事が達者だ。組み敷かれて気をやらない夜はなく、キスひとつで青年はすぐに思考を奪われてしまう。
 「ん、ん……♡ふ、ぁ……んゥ」
 ざらつく舌が絡め取られては吸い上げられ、角度を変えながら口内を責められる。数分かけて呼吸まで支配された青井は涙を滲ませてオーガの唾液を飲み下した。思考がまとまらない。飲酒のそれに似た心地よい酩酊感がまわり、恍惚と大鬼に身を寄せる。人間より高めの体温が移される。ぎゅうと抱きしめられ、下腹に甘い疼きが走った。
 「……はーっ……♡はぁ、は……♡」
 「…………ハァア、どうだった?ヒーロー殿。気持ちよかっただろ」
 唇を離した青井の顔はぼんやりと色に曇り、鍛えられた剣士の身体を苦しげにひくつかせている。男前に整った顔がそれでも不服そうに意地を張る。
 「お、まえの……」
 「ウン?」
 「おまえの、ことなんかっ……♡絶対……!!好きになんかならないからな……!!」
 「———ケヒヒッ!!本当に可愛い奴だよてめえは……!!」
 オーガの瞳孔が興奮に開いている。ぎらつく視線は愉快げに青井を睨め回す。
 「ベッド行こうぜ。今日こそ素直にさせてやるよ」
 「……るさい……♡……っはぁ、はーっ……♡!!くそ、しつこくするなよな……」

 悪態をつきながら青年は内心安堵する。考えるのをやめて、問題を先送りにするのはこれで何度目だろう。シーツに沈められて呼吸を奪われる。バルドが覆い被さってきて、青井は蝕む死の不安から目を背けることに成功した。好き勝手されているのだからと心の内で赦しを乞う。

 ———お前の玩具はずっと早くに壊れるのだと知った時、バルドはどう思うだろうか。

 「お、お前が……っ!俺なんか、選んだんだからな……!!あっアッあ……ッ♡!!」
 ごりごりと弱い場所を抉られて声が掠れる。意識が遠くなるまで深く犯してくるオーガの巨根に青年が啼く。水音にかき消され、よく聞こえなかったらしい大鬼が身を寄せてきた。
 「なンだって?……ようやく素直になってきたかぁ」
 「……うるせえ、は、は……っ♡この遅漏、早く終われって……♡んァんッ♡!!」
 「へへ、まぁだ元気があるらしいな。……もう一発付き合えよ」
 「や、ほんとにっ♡!あ、嘘だろッ!?もうむりぃ……!!」
 甘く鮮烈な快楽が脳を灼く。その晩もまた、青年は精も根も尽き果てるまで大鬼の下で喘ぎ狂った。

 ———青年の知らぬうちに、その下腹で紋が育っていく。脈動する根は雄々しく肉をかき分け、腸の間へと取り憑きつつあった。吸い上げた魔力が苗床に注がれる。抱き潰されて眠る虜囚の躰は、徐々に魔の者へと作り変えられようとしていた。
 
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