イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

文字の大きさ
上 下
5 / 117
ブルー編

大鬼の虜

しおりを挟む
 ここはくらい、めがやける。あつくていたい。つちが、のどにはいって、いきもできない。だれか、だれか。つぶされたくないしにたくないおかあさんおとうさん……。
 瓦礫の下で藻掻く子どもを助ける者は誰もいない。
 赤々と燃えさかる建物の残骸、焼け野原を生きて歩く人間などいるはずもない。
 それはある日不意に訪れた厄災だった。隕石落下による衝撃で街二つが消し炭へと変貌を遂げ、衝撃破は周辺の都市に壊滅的な被害を与えた。跡形もなく建物が消し飛び、何もかも美しくならされた街の隅で、不幸にも息を続ける者がいる。
 祈りの声は届かない、救いの凱歌も聞こえない。
 奇跡的にも即死を免れた少年は、火の手が燻す瓦礫に埋もれて、誰かの救いを待っていた。

 「———ぅ、げほっ!!ごほっ……!!ヒュ、ひゅー……ッ!!ひっ、ひ……」
 「息をしろ馬鹿野郎!おら吸え!……そんでゆっくり吐け。そうそう」
 「えぐ、しゅ、す……は、はっ……!!ふー……はァ、はっ……!」
  魔界の紫を帯びた朝陽が窓から射している。青井はかけられる野太い声に現実へと意識を戻した。無呼吸状態に陥っていた青年の背中を巨躯で支えつつ、怪人は涙目で嘔吐く姿に安堵のため息をつく。
 「あー肝が冷える……ブルー、お前持病があったんなら言え!」
 「……ぎ、ぇほっ……散々犯した相手にっ……!ひゅ……それを、言うのか」
 相変わらず青白い顔で隣の巨漢を睨む青井は、言いながら自分の置かれた状況について思い出していた。あたりを見回す。怪人サイズに合わせたやたらと巨大な寝台、嫌みにもゴテゴテと華美な金装飾の部屋、足首に感じる足枷の冷ややかさ、……何より隣で己より二回り以上に太さのある筋肉質な腕をまわしてくるこの怪人。
 地毛の黒に戻り始めた群青の短髪を掻いて、元ヒーローであるブルー、もとい青井清一はつぶやいた。
 「……魔界に売られたんだったな、俺は」
 諦念を込めた言葉に、人身売買の当事者であるバルドが答える。
 「ああ?ンなことも忘れちまったのか?」
 「ほっとけ。いいからいけよバルド。ここで俺相手に腰振ってるだけが魔王軍幹部の仕事じゃないだろう」
 「一丁前に煽ってんじゃねえぞ餓鬼、死にそうなツラの奴隷置いて行くほど無神経な飼い主だと思ったか?あんだけ可愛がってやってもわからねえらしいな」
 「うわっ!」
 とんでもない腕力でバルドに横抱きにされてしまう。ぢゃりりと足枷についた鎖が無機質な音をたてた。ベッドの柱にくくりつけられた鎖が、出て行こうとするのを咎めて軋む。バルドは不愉快そうに顔をしかめると、糸を千切るようにその鎖を引きちぎった。
 「くそ!邪魔くせえ」
 「……お前がつけたんじゃないか……」
 「おうそうだな、だから俺様の勝手だ!飯行くぞ」
 冷たい足枷、体を包むのはすっぽり被せられたバルドのシャツだけ。青井はバルドの住処に連れてこられてからというもの、まともに合った服を着られないままだ。加えてどれもこれも筋肉達磨の巨躯を誇る怪人サイズときているので、ワンピースのような見た目になってしまい非常に不本意である。

 バルドは魔王軍に名を轟かせる五大幹部のうちの一人であり、青井の担当地区を侵攻しに来ていた嫌な顔馴染みだ。彼のセンスは昔からわかりやすく破滅的で、あらゆる服装に金の縁取りを施した軍服を好んで身につけている。赤い外套は男のトレードマークだ。権威ばった堅苦しいデザインではなく、持ち主の気質を表すかのように盗賊の頭領に近いアウトローな仕立てであった。いつだったか戦いの最中、奴は服装についてエライ奴は身分に合わせたものを着るべきだと豪語していた気がするが、自宅では随分ラフな格好になるらしい。上半身は裸、下に履いた寝間着のズボンはくたびれて、身分相応でない生活感が滲み出ていた。

 成金趣味も甚だしいシステムキッチンに入ると、乱雑に放置された食材が二人を迎える。バルドは片付けができない男だが、こうして日々青井に食わせる食事だけは手ずから料理するのだ。
 小脇に抱えられた青井はがさつにあくびをする宿敵を睨んだ。
 「……お前、ここ一週間この家から出てないだろう。部下の統制はどうなってる?幹部様は随分いい御身分らしいな。まさか幹部の座を配下にかすめ取られたのか?引退すると偉ぶれなくなるぞ」
 わざと挑発するような言葉を選ぶ青年をつまらなさそうに一瞥すると、バルドはテーブルの椅子をひいて青井を座らせた。だるそうに無視して腹をかき、調理台に向かってしまう。怒った青井は、もう一度声をあげた。
 「おい!」
 「ブルーよ、そうかりかりすんなや。てめえはちょいと仕事熱心過ぎるし」
 椅子に座ったまま振り返った青井の首元に、薄皮一枚分距離をとって出刃包丁が突きつけられていた。動きが全く見えず、青井は呆然と冷や汗をかく。……反応速度が格段に落ちている。最早戦うどころではない戦力差をまざまざと実感させられ、背中に薄く汗が伝う。
 「もう自分がヒーローじゃねえってことを自覚しねえとな。引退したのはてめえだろ。癪だがな。戦争は終わったんだよ。……それによぉ、こっちの情報を掴んだとしてだ、どうやって人間共に知らせてやれるんだ?」
 「ぁ、ぅ……」
 「なア?まさかどっか逃げようとか考えてねえよな?ンなことありえねえよなあ。お前さんは停戦の為の生贄だぞ。あんだけご主人様旦那様って尻振っといてどこぞの男に鞍替えってか?」
 下品な言葉で揶揄された青井の顔に血が上る。しかし向けられた殺気に劣らない威圧に動くことができない。鈍く光る出刃包丁の切っ先が喉の皮膚を撫で、首から頬を刃の背でゆっくりなぞり上げていく。
 「ぁ、れは……お前が……!」
 「……へえ、まだ口答えできんのか。まあてめえはそういうタマだわな。……いいぞ。いくらでも知りてえことを教えてやる。機密だろうがなんだろうが、俺が知ってることは全部だ」
 包丁をおろし、バルドが嗤う。よく戦場でみた悪辣な笑い方だった。

 「だがな、ここからは一歩も出さねえ。お前は俺様のもんだ。この俺様が金で買い、血判書まで押してここに連れてきた。つま先から頭のてっぺんまで所有権はこのバルド様にあるんだ」

 トースターの間抜けな音が無ければ、青井は威圧に負けて震えだしていたに違いなかった。一気に険の抜けたバルドは、しょうもない中年怪人の顔に戻る。
 皿を並べろ、と眠そうな指示が青井に寄越された。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...