イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

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ブルー編

苗付けの夜

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 「おい間抜け、起きろ。飯の時間だ」
 青井は跳ね起きた。ところどころ汗で額に張り付いた髪をかいて、あたりを見回す。
 「うっ……」
 一言で言えば悪趣味な部屋だった。やたら金ぴかのごてごてした装飾品が目に痛い。どこだここは。
 振ってくる影に上を見上げれば、にんまり金色の歯が整列していた。見知った顔が邪悪に笑っている。
 「よお……久しぶりだってのに、あんまり起きねえもんだからいい加減くたびれたぞ。」
 「……俺を指名したのはお前だったな。バルド」
 「俺様以外に誰がいるってンだよ。覚えてたようで嬉しいぜえ!」
 黄金に光るカウチの上で自分を抱きかかえ、酒瓶を煽っている男が髭から濃いアルコールを滴らせて機嫌良く返事をした。

 青井とてヒーロー稼業で鍛えた体はそれなりにしっかり筋肉がついているが、このバルドという怪人はそれを二回り大きくして余りある身の丈だ。冗句なしに筋肉達磨という表現が正しい大鬼である。青井とバルドはあまりに長い間命を狙いあう間柄であったため、腐れ縁のライバルとしてお互いにマークを外さなかった。恨み辛みも深い相手だ。

 ……ヒーローを怪人幹部達が指名して、奴隷にしたがっている噂は本当だったらしいと青井は他人事のように考えた。

 よりにもよってバルドの膝の上で寝こけていたらしい。腹を太い腕でしっかり抱き押さえられ身動きができない。青井は不安を誤魔化して自嘲気味に笑った。
 「ここはもう、魔王城というわけか。……さあ、復讐なりなんなりするがいい。ひと思いに殺してくれた方が、助かるんだがな」
 ヒーローとしての人生に終止符を打つ相手がこの男ならと、青年は体から力を抜いた。生爪を剥がれようが全身の肉を千々に引きちぎられようが、今更逆らう気は無かった。ヒーローヂカラをフルに使うためのドーピング剤の副作用により痛覚が鈍くなっているところが殆どだ。きっとどんな拷問にかけられても大してきついものにはなるまい。
 見上げる大男はつまらなさそうに目をすがめる。
 「馬鹿言ってんじゃねえよ。お前さんを捕まえるためにどれだけ大枚はたいたと思ってる?」
 「……そんなに俺が憎かったか。いい、精々飽きるまで好きにすればいい。煮ようが焼こうが俺は……」
 「おいおい勘違いしてねエか?なんで苦労して捕虜にしたヒーローをみすみす殺すと思う?」
 え、と声をあげるより先に顎を掬われる。バルドの口髭の感触をそれと理解するまでに数秒かかった。
 「ん、んうっ!ンうーっ!?」
 分厚い舌が青井の口内をまさぐってくる。捕食するように深く口づけられて、混乱した青年は力一杯バルドを押し返そうとした。どんどん、と己の二倍も三倍も厚みのある体を叩く。しかしどんなに力んでもびくともしない、青井は絶望して目を白黒させた。
 (———くそ!ドーピングが切れちまってる……!)
 人間の体で倍以上の体格とパワーを持つ怪物に立ち向かうのにはある程度の対策が必要だ。ヒーローは人間界の中心部に座す水晶体からの加護を受けて怪人を退ける為の特殊能力を得る。
 うまくヒーローヂカラが使いこなせる人間が育てばいいのだが、素養のある者はそれ自体が稀有だ。待てど暮らせどブルークリスタルのヒーローヂカラを開花させられるものは現れない。二十二代目が怪人と相打ちになってから百年が経過、青井が選ばれたのはそんな折だった。  
 ヒーロー協会は候補生の中から耐久性の高い肉体を持つ少年を選び、過剰にドーピングを施すことで規格未満ながらブルーの空位を埋めることに成功した。その非正規のまがいものヒーローが青井清一である。

 ドーピング剤を絶たれた今、青井のパワーは一般的な成人男性ほど……、副作用の感覚麻痺を勘定に入れればそれ以下に低下していた。
 じゅるじゅる音を立てて舌を吸われ、呼吸も儘ならず酸素が不足していく。バルドは目を三日月型にして機嫌良さそうになおも青井の口内を蹂躙した。舌を噛まないよう顎を左手で爪が食い込むほど掴み、半開きのまま固定された口から唾液がこぼれていくのを愉快そうに舐め取る。
 「ぷは、はあっ!は…、っん、……!…~~~~っ!」
 人間の肺活量では信じられないほど長いキスが続く。アルコールの苦みが舌を焼く。パニックになった青井は暴れるが、熊のように太い腕に抱き寄せられ舌を愛撫された。生理的な涙が頬を伝い、酸素不足に紅潮した顔は口の端から垂れる涎にまみれている。最早抵抗する気力も削がれ、青井は腕の中で捕食される得物のように震えるしか無い。
 「く……ふ、うぁ……っ!ん、んん……!!」
 上あごを舐られるたびに微弱な刺激を感じてしまい、その身を捩って逃れようとする。すかさず太い腕が宥めるように青年の体を抱き込んで固定する。場違いな甘さが舌の根に広がり頭がクラクラする。のし掛かりつつ行われるキスは、青年の邪な欲求を駆り立てた。最後はこくこくとバルドの唾液を従順に飲み下し、陶然としている様子を笑われてしまった。
 「そんなによかったか。お前はな、こういうことのために連れてこられたんだよ。俺様の女にするためにな……」
 一瞬何を言っているのか理解できなかった青井もその意味を理解すると顔を青くして暴れ始める。冗談では無い、ここに来てまでそんな、そんな屈辱的な扱いを受けてたまるか。涙がにじむ顔を見られたくなくて、腕をばたつかせて全力で脱出を試みるも、怪人の腕力の前では赤子の駄々に等しい。
 「はなせ、やめろ!恥知らずが!戦士の誇りを愚弄するか!」
 「おうおう暴れんなよぉ……そうかぁ、腹ぁ減ってんだろ?そりゃ気が立ってしょうがねえよな?」
 「ヒ、ンっ!?」
 突然下腹を舐める疼きに青井が体をくの字に曲げた。
 「ぁ、ぁ、やめ……っ!?な、なに……」
 シャツを捲りあげたバルドの指先が青井の腹に何かを押しつけている。硬質な球形のそれは文字通り青井の下腹へ根を下ろした。腹筋をバターのように割り魔界植物の侵食が進む。
 「は……!?何だこれっ!」
 じわりと熱さが拡がっていく。痛みが無いのが余計畏怖を煽った。未知の何かに根を張られ、浸食される恐怖が押し寄せる。臍の下から放射線状に、ナニカが自分に取り憑いていく感覚があった。きゅぅ、と腸が空腹に似た不埒な感覚を訴える。青年は顔を羞恥に火照らせて唇を噛んだ。……兆している。
 うそだ、こんなことで、そうパニックになる捕虜をバルドは抱え起した。部屋の中央を大きく占拠している豪奢なベッドに獲物を横たえて舌なめずり、辛抱溜まらず青井の服を力ずくで引き裂いていく。
 「い、いやだやめろ!ヒッ……やだ……っやぁあ!」
 「———安心しろよブルー。お前さんはこの俺様が何度でも腹一杯にしてやるからよォ!」
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