イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助

文字の大きさ
上 下
1 / 117
ブルー編

生贄の青

しおりを挟む
 くらい、くらい、場所にいた。

 そこまで見えない灰の海。いたぶるように燻されて、壊れた皮膚はそれでもまだ、痒みを訴える。
 息を吸う。入ってくるのは灰だけだ。喉が焼けて、いたい。
 外に出なければならない。灰と種火の海から浮上しなければ息ができない。流石に体の再生速度が落ちている。肘から先の感覚が戻ってきたから、もう頃合いの筈だ。
 がらがらと瓦礫をかき分け進む。ひたすらに上を目指す。
 いたい。くらい。もうここにはいたくない。
 でも、上に戻ってしまったら。
 熱されたコンクリートの塊を最後に、頭が冷たい空気に触れた。外に這い出るとやはり己を待つ者がいる。
 「よおお!しぶてえじゃねえか!待ってたぜェ!」
 「……うる、せえよ…」
 ずる剥けた頭皮が再生して痒い、掻くのを我慢して得物を構え直す。間一髪で銃弾をはじき飛ばした。
 両者は対峙して、炎上する市街地を舞台に再び殺し合いの続きを始める。
 相も変わらず月の照らす、赤々とした晩だった。

 ヒーロー達は敗北した。
 正確には、人間に売られた。
 魔界と人間界の入り口が開かれてより八百とんで一年。長きにわたって領土争いを繰り広げてきた人類と魔族は、魔王からのひょんな申し出によりその戦いに終止符を打つこととなる。
 魔王側から突然に返還、譲渡された肥沃な大地は飢饉に苦しむ人間達を唐突に救済した。今年の春の出来事である。小麦が一面に実った土地をそのまま差し出すことを条件に、魔王はある要求を烏便でよこしてきた。

 『当代ヒーロー5人の身柄の引き渡し、並びにその所有権の買い取り。土地で足らなければ言い値での売却を求む』

 当然人間界を揺るがす大事件だ。
 人間界の平和をその肩に背負ってきたヒーロー五人衆。代々ヒーローヂカラを受け継ぎ、色鮮やかなスーツを着て魔物を蹴散らす人間界きっての英雄達。彼らの功績によって守られた国も多く、少ない国家予算を投入して人間国際防衛軍はそのサポートにあたってきた。魔物に怯え飢えて暮らす人々にとってヒーローは希望の象徴であり、またその職業は一生安泰と羨まれるものである。
 しかしここにきて事情は変わってきた。
 ヒーロー達が魔物を殺しすぎた結果、魔界側と和平を結ぶ障害になってしまっていたのは事実。逼迫した財政を考えても毎年莫大な予算を割かれるヒーロースーツの開発費には民衆から不満の声が上がっていた。鉄鋼の開発が進んだ結果、より低予算で高性能な軍事力たる現代兵器が開発され、ヒーローの存在を欠いても軍は機能するようになっていた。
 結果として、ヒーロー達はヒーロー宿舎内にて拘束され、揃って魔界へと引っ立てられる結末を迎えた。
 泣いて暴れる者、憮然とした態度を隠さない者、怒りを訴えかけるもの。今までの恩を仇で返す扱いに当然の反応を示す四人に対して、一人静かに連行される男がいた。名前は青井清一、ヒーローブルーの二十三代目にあたり、最前線で身を削り続けてきた英雄、だった、男である。
 群青に染髪された頭はぐらぐらと傾いで足下を見つめたまま、特に何も異を唱えることなく魔王城へとひかれていく。今更、自分が抗議したところでどうなる問題ではない。養成学校でヒーロー候補生として剣を振るってきたあの頃からわかっていたことだ。ヒーローは国家の所有物、くるところまできてしまえば人権は認められない。結局政治の駒になる。だいたい今までの扱いを考えてみれば名誉なことかも知れないとまでブルーは考えもした。
 毎日毎日、変態のスポンサーに尻穴を捧げて。心にも無い媚びた台詞を吐き出して……言われるがまま枕営業に身を窶していた自分には、国を救うための生け贄だなんて栄転そのものではないだろうか。なによりも、もう臭い金持ちに体を売らなくてすむことに安堵を覚えた。これできっと、よかったのだろう。
 「許せよ青井君。これは人類のためなのだ」
 「わかっています。それよりも」
 「ああ、ご家族のことは任せたまえ。……今までの給金と報奨金は全てシスターの所へ送り届けよう。必ずだ」
 ハイヤーの中、ヒーロー協会の長官は約束してくれた。青井の出身はとある小さな孤児院で、本音を言えば青井は金のためにヒーロー候補生に志願したのだ。ヒーローの職にありつければ多額の給金が保証される。万一敗北しても生命保険と報奨金が施設に充てられる。育て親であるシスターは賛成しなかったが、それでも青井は出て行った。
 『普通の生き方をしなさい』シスターの声が蘇る。
 『普通に生きて、家族と隣人を大切になさい。お前が不幸になるのは見たくない』
 くたびれたちいさな体。皺とあかぎれだらけの手。ごめんなさいお母さん、そう言って青井は家を出た。最後に会ったのはいつだったか、……そうだ。自分が娼婦のように体を売っているとおもしろおかしく雑誌に書き立てられ始めたころだった。泣きながら怒る、かつて母と呼びたかった人を尻目に自分は逃げ出した。それ以来、施設には行っていない。
 「くれぐれも、よろしくお願いします」
 もう宿舎どころか巨大ラボも見えない。荒涼とした焼け野原をハイヤーは走り続ける。魔界と人間界の堺目につくころ、鎮静剤の影響から青井は意識を手放していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...