ヒトの飼い方

トマトふぁ之助

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個体名コウタロウ

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 『おはよう、そろそろ遅刻するぞコウタロウ』
 円形ポッドの中央に、細胞片から再生させた人間が拘束されている。観察のためポッドの外殻を透過させ、我々研究員と隔たりのないよう見せかけてもいる。蘇生にはそれなりの気を使うのだ。分厚い壁の向こうで、若いオスのニンゲンはシートに括り付けられた手足をばたつかせてもがく。
 「おい。何してる、被験体で遊ぶな」
 「妙だな……。脳波を測定して、肉親の声を再現してみたんだが」
 コウタロウとはこのオスの個体名だろう。研究員たちは次々に、ポッドの中へ人間の肉声をアナウンスしていく。
 「……どうせやるんなら脳波が落ち着くやつを頼むぞ」
 「わかっているとも」
 『コウタロウ、コウタロウ』『一緒に飯食おうぜ』『たまには帰ってきなさい』『先輩あれ歌ってよ』『うま』『優しいねえ』『大丈夫だって』『ありがとなコウ』『お巡りさん、またね!』
 「う、うわ、うわぁあッ!!やめろやめろやめろっ!!」
 鼓動が大きく乱れ、人間はついに暴れ出した。下手くそめ。私は同僚から操作していたパネルを奪う。
 「全部流してどうする。番に絞れ」
 「それらしいデータが無いからランダムにかけてやってるんじゃないか。同族の声を聞くだけで落ち着くだろ?哺乳類はみんなそうだ」
 知った顔で嘯くこいつは、つい先日自分の人間をもらったばかりだ。この無神経さではろくろく世話もできていなかろう。あの人間がストレスで弱っていなければいいが。
 「まぁいい……さっさと寄生させるぞ」
 内側から支配してしまえば負担も軽減できる。いくら怯えて暴れたところで四肢はベルトで固定されていて、唸ってバタつくニンゲンの胴体へといくつものアームが伸びていく。ポッドの中は無菌空間で安全に施術を行うことができるのだ。金属製アームの先にはフラスコが一つ取り付けられており、その中で艶々と玉虫色に光る蟲が蠢いている。真っ直ぐ人間のはらわたへ、透明な捕獲瓶が近づいて、ひたりと丸い口がその臍を覆った。
 「ンンンン゛ッッッ!!!ング、うっヴぅうううっ!!!」
 他のアームで轡を噛ませて人間の舌を保護。両手足の拘束が外れる様子もない。パネル操作で捕獲瓶のカバーを外せば、それは勢いよく柔い腹肉に張り付いた。しばらく皮膚を這い回り感触を確かめていたが、五本の鋭く長い爪で恙無く臍にわり入っていく。痛みがあるのだろう、人間は必ずこのタイミングで涙を流して失禁する。気を失うことはできない。蟲が絶えず腹の内側で余分な肉を啄むからだ。
 「不思議だよなぁ」
 「何がだ」
 「ここでいっつも勃起する。性的快楽に関わる器官には触れないはずなのに」
 蟲の引っ越しが終わるまで30分ほど、研究員は手持ち無沙汰だ。白目を剥いて失禁する宿主を眺めて過ごすしかない。可哀想にと言いつつ、同僚は興奮したように瞳を輝かせている。人間を保護した宇宙人たちは皆同じようにこの施術を好むようになる。
 「ニンゲンは心地よくても泣くんだ。可愛いって、こういう感覚のことを言うんだな」
 恍惚と漏れた呟きには答えなかった。ポッドの中央で、自分のものになるニンゲンが勢いよく精を漏らしていた。
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