11 / 21
うつし穢
しおりを挟む「目が覚めましたかな」
低い男の声がした。玉に閉じ込められたそれは身動きが取れないことを悟り、憤りに睨みをきかせる。……しかし何も起きない。瞠目するそれに袈裟姿の坊主が言葉をかけた。硝子に閉じ入れた弟の眼球へ、ひいてはそこへ封じられた怪異へと。
「うちは代々坊主をやっていまして。ここは山二つ越えた我が家、うちの本堂です。ここで力は使えませんよ」
『なんだ貴様……名を名乗れ』
「すごいな。その状態でも会話できるのか……。俺は静。あなたが手篭めにした男の兄です。貴方を封印した弟の目をくり抜いてその状態にしたのも、俺ですね」
男の口調は淡々としたものだった。感情の凪は一切感じさせない声で、瓶詰めの目玉に対峙している。開け放された本堂には涼しい風が吹き込んでいた。板間の床に安置された目玉を見下ろして、坊主は問いかける。蝶が数匹、日光を避けて本堂へと迷い込んできていた。
「聞きますが、封印される気はありますか」
正座でこちらを見つめる男の手元には一振りの金槌があった。
『…………慇懃無礼が過ぎるんじゃないか』
「こちらも必死ですので。丁重には扱いますとも、祟り神のもどきであれ、神様は神様ですからね。……弟は今伏せっています。修行もしたことがない素人の癖に出過ぎた真似をして。祓うのではなく封印したいと言って聞かないんですよ。馬鹿なことを、俺もあいつを見誤りました……。何を視たのかはわかりませんが、このままでは弟は死にます。しかし封じられる貴方自身が手伝ってくれれば命は助かる。嫌なら嫌で構わないんですよ。今ならあの子も、まだ片目を失うだけで済む」
男の声は静かではあったが、確かな怒気を孕んでいた。捲し立てられて緋猿も勢いが出ない。どうやら今依っている肉はあの童の目玉であり、すぐにでも体へ戻って穢れを散らしてやらなければならない状態のようだ。断れば目玉ごと潰される。ひとところに縛られる謎真っ平ごめんだった緋猿は、慌てて交渉を試みた。
『いいのか?可愛い弟さんの目だろうに。なああんた、儂を解放するようあの餓鬼説得してくれんかね。そっちの方が早いだろう?』
「答えてください」
『……話を聞いてたか?目玉を返してやれると言って、』
「答えてください」
『…………あの』
「答えろ」
坊主の影が焔のようにうねりをあげて床へと伸びた。逆光で静の表情はわからない。影は二人を呑み込むように螺旋状に肥大して、瓶の外側を半分覆い隠してしまった。ガチガチと硝子に硬質なものが当たる音がする。丁度大ぶりの牙のような、そのまま瓶ごと目玉を噛み潰してしまえるような、野獣の大口を想像させた。
「どっちか聞いているんだよもどき」
何か途轍もないものをけしかけられていると悟った緋猿は、一も二もなく応じるより他になかった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる