さるのゆめ

トマトふぁ之助

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禊ぎやま

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 鬱蒼とした山の土手っ腹を丸く刳り貫いてできたような場所。狭い山道を苦労しながら登り続けると、不意にそこへ抜ける。古木に取り囲まれた楕円状の岩場、その中央に朽ちかけた小寺が存在した。
 「ここに寝泊まりするん?」
 「いや、床が腐っているからすぐ外にテントを張る。飯の煮炊きもそこでする」
 Bさんのお兄さん(以下Cさんと呼する)はテキパキと野営の準備を整えていく。寝不足でぐったりしているAさんとBさんも手伝い、簡素な拠点が完成した。側からみれば行楽を楽しむ学生集団に見えただろう。ファミリー用のテントに二人を押し込み、Cさんはこういった。
 「では寝ていいぞ。二人とも、そろそろ限界だろう」
 AさんとBさんはぎょっとして作務衣姿の彼を見た。あの悪夢を見たくないから必死に睡魔に抗ってきたのだ。
 「ここなら大丈夫だ。あまり長居するのはよくないが、しばらくの間なら守ってくださる」
 不思議な場所だった。季節は夏真っ盛りであると言うのに空気は初春のそれ。空気は涼しく澄んでおり、廃寺を中心に柔らかな日差しが周辺を包んでいる。寝袋が手渡され、二人は不安に思いながらもテントの中へ横になった。まだ日中陽光が気持ちのいい時間で、すぐ泥のような眠りへと落ちていく。

 禊といっても、特別なことは何もしなかった。三人は川で釣ってきた魚を焼いたり、廃寺まわりの掃除をして日中を過ごした。
 「これじゃキャンプと変わらねえよ」
 「それでいいんだよ。一週間ここで生活すれば大抵の厄は落ちる。よくないものにコナかけられた時はもってこいだ」
 文句を言うBさんをCさんは宥める。
 「ここは曾祖父さんの代から大事に管理してる土地でな、……様のおわす場所だ」
 小屋にしか見えない小さな本堂の奥には朽ちかけた石像が安置されている。中には入れない。入ってはいけない決まりになっているそうだ。お兄さんは月に二回、積もった埃の掃除にこの山奥まで来るらしい。弟のBさんですら知らなかったが、それも住職を務める長男の仕事なのだと言う。
 幸い住職が留守にしても、寺には後を任せられる人間が多くいた。Aさんたちも大学が夏季休暇の時期に入って山奥に籠るのには支障のない時期だ。二日目に入ると、三人は普通の行楽客のようにキャンプを楽しんだ。辺鄙な場所にあるだけあって不便ではあったが、幸い近くには川があり炊事も洗濯もできる。怯え切っていたAさんが徐々に元気を取り戻していくので、Bさんも呑気な禊もどきに文句を言えなくなっていた。
 不安がっているのを感じたらしい。兄のCさんが二人きりのとき唐突に川を指し示した。
 「大丈夫。どんなものも、あの川を越えてはやってこない」
 細い小川だった。湧水がこんこんと溢れ、日の光を受けて川面を煌めかせる。
 「……本当に」
 「ああ。ここの主は名のある水神だ。邪なものは寄せ付けない」
 「……。もし、越えてきたら?越えられる化け物がいたら……」
 少し間をおいて兄の口が動く。
 「……その時は、俺たち全員助からないよ」

 キャンプ生活は七日ばかり続いた。穢れを落とし切ったという理由で、Cさんは二人に下山許可を出した。
 「ここの水で生活して、今日で一週間だ。体の調子はどう?」
 「すごくいいです!!肩が重いのも無くなってるし!!」
 Aさんの血色がいい。コットで寝起きして一週間、全身バキバキに凝っていたが不思議と気分はよかった。街まで降りてすぐ、小さな無人駅でAさんと別れた。懲りもせず近くの郷土資料館を訪ねるらしい。
 「お前さあ、ほんと気をつけろよ……」
 「わかってるよ。大学に用事もあってさ、文献借りにいくだけだから。廃寺とかにはしばらく近づかないって」
 そう手を振って別れたきり、BさんはAさんと連絡が取れなくなった。次の日、行方をくらました彼のリュックだけが、駅から数歩の場所で発見された。
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