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第二章後編 百鬼夜行

第93話 現実とは非情なもの

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「これ以上無理すんな。ゆっくり休んどけ」

 現実は非情だ。
 ヒーローが覚醒する見せ場など、悪役は与えてなどくれない。

 重力場に抗って立ち上がらんとする風早かざはやの後頭部に凄まじい威力のかかと落としが降り下される。
 その直前、一陣の風が吹き荒ぶ。

「ギリギリ間に合ったようだね」

 蘆屋あしやの踵落としは空を斬り、誰もいない大地を砕いた。

「会……長……?」
「遅くなってすまない。遅れせながら助けに来たぞ」

 風早を助けた人物は染谷一輝そめやかずきだった。
 自身の方へと風早を収束させて助け出したのだ。

 そして、駆けつけたのは彼だけではない。

「ん?」

 蘆屋は突如、大気が硬化して足が動かなくなったことに気づき、呑気とも取れる声を挙げる。

 その一瞬の隙を突くように現れる二つの影。

——大地を穿つ紅き流星ジェット・プロミネンス!!

——柳生一刀流奥義“天晴”てんせい!!

 上空から輝ける紅き流星が飛来する。
 それと同時に、彼の背後から天空さえ斬り裂く斬撃が閃く。

「君らにこのステージは早過ぎると思うんやけど」

 互いに最大最高の一撃。
 にも関わらず、日向ひゅうがの放った拳は左手で易々やすやすと受け止められ、柳生やぎゅうの放った斬撃は右手の指で刀身を摘み取られてしまった。

 彼らが弱いわけでは決してない。
 彼らの実力は既にレート6の領域に至っているといっても過言ではない。
 柳生に至ってはレート7の領域にすら踏み込めるポテンシャルを秘めている。

 ただ、相手が悪すぎたのだ。
 たとえ全てを遮断する概念結界による護りが剥がれようと、神々すらも喰らい尽くすかの陰陽師はその隔絶された実力によって依然、無敵の存在のままなのだ。

「全てが終わるその時まで、ゆっくりお休み」

 指で摘み取られた柳生の刀は飴細工のように砕かれる。
 そして、足下の硬化された大気を力業で捩じ伏せ、目視不可能な速度の蹴りを数百発と叩き込んで周囲を囲む木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばす。

 日向の拳は引き込まれながら握り砕かれ、そのまま鉄山靠てつざんこうによって遥か彼方まで吹き飛ばされる。

 足元の空気を硬化させていた篠咲しのさきは反応できぬまま、天高く土砂が舞う程の威力で地面に殴り倒される。

 この間、僅か一秒。
 そこまでやられて漸く何が起きているか理解が及んだ染谷は“神騎抜刀”しんきばっとうを発動するが、彼が行動を起こすより尚速く、蘆屋の拳が鳩尾を抉り抜く。

 飛びかける意識をなんとか堪えて、彼が放てる最高最速の一撃を蘆屋へと放つ。

白斂びゃくれん霹靂雪華へきれきせっか!!」

 全魔力をただ一刀に注ぎ込み、極限まで上昇させた身体能力で放つ、全てを破壊する事象崩壊現象による絶死の一閃。
 
 それを蘆屋は、強化した染谷の抜刀術をも上回る速度で彼の手首を握ることで止めてみせた。
 そして、続け様にもう片方の手で後頭部を掴まれて、染谷を地面へと叩きつける。

 彼らはここに来るまで、己らの実力ならば数分程度なら時間稼ぎはできるだろうと考えていた。
 彼らを送り出す決断を下した時透ときとうでさえも、そう考えていた。

 しかし、それはあまりにも甘過ぎる見込みであった。
 実際に稼げた時間は僅か三秒。
 悔しさを抱く時間すら与えられず、救援に駆けつけた仲間たちは地に伏すこととなった。

「見せ場作ってやれんくて悪いけど、面倒ごとはさっさと済ませるタチなんやわ」

 そう言うと、彼は最後に残った風早に目を向ける。
 彼は全身に刻まれた傷から血を流し、その内部も筋繊維から骨に至るまでボロボロだ。
 だと言うのに、その眼には未だ闘志を宿していた。
 少しでも気を抜けば膝から崩れ落ちるであろうに、その眼はまだ死んでいなかった。

 そんな彼の姿に、蘆屋は笑みを浮かべる。
 ある男を越える。
 その野望のために全てを切り捨てる覚悟をした彼ではあるが、それでもかつての親友がこうも自身を止めるべく立ち塞がってくれるのは嬉しいものがあるのだ。

 けれど、この感情に浸っていては野望を見失ってしまう。
 あの日の日常を懐かしんでしまう。

 ……彼らとの語らいの時が惜しいと感じてしまう。

 故に、その感情に蓋をして心の奥底へと封じ込める。
 全ては、千年に渡る宿願しゅくがんを果たす為に。

 そんな時だった。
 各地に送り込んだ怪物達から信号が送られてくる。
 その信号とは、万が一怪物達が危機的状況下に陥った際に自動発信されるものだ。
 つまり、この信号が来たということは、各地の怪物が追い詰められているということだ。

「……へぇ、やるやないか」

 そう呟くと、蘆屋はとある術を発動する。

——術式起動:八将神はっしょうじん照応しょうのう神授詔しんじゅみことのり


    ◇


 蘆屋道満が術式を起動したと同時、日本各地に顕現した八体の怪物へと天から光が差し込んだ。

 それは、蘆屋道満がその身で喰らった数多の神々を分け与える秘術の光。

 太歳たいさい
 大将軍だいしょうぐん
 太陰たいおん
 歳刑さいぎょう
 歳破さいは
 歳殺さいさつ
 黄幡おうばん
 豹尾ひょうび

 八将神はっしょうじんと称される八柱の神々。
 彼らの力を与えられた八体の厄災は、その姿を最適化させていく。
 
 蘆屋道満から分け与えられた神霊の力・・・・を振るうに足るだけの身体へと作り替えていく。

 今ここに、八体の厄災は、八体の荒御魂あらみたまとなった。
 
 この先は神の領域へ踏み込まねば、抵抗すら敵わぬ死地。

 只人ただびとに生きる道など残されてはいない。

 
   ◇

 
 時は数分遡り、蘆屋がメインスタジアムから姿を消したと同時刻。
 メインスタジアム地下、仮想空間制御システムの管理施設にマシュの姿はあった。

「……厄介なプログラムを組み込んでくれたわね。これはちょっと時間がかかるかも」
「世界最高峰のハッカーが弱音か」
「あら実誠さねみちゃんじゃない。どうしたの?」

 仮想空間制御システムに組み込まれたプログラムの解除を行なっていたマシュの背後に一人の人物が突如現れた。

 白髪のボサボサ頭に青褪めた顔。
 目元には深い隈が刻まれており、不健康で不気味というのが第一印象な男だ。
 しかし、そんな印象とは裏腹に、一見痩せ細ったように見える身体は引き締まったしなやかな筋肉を発達させていた。
 彼の名は鬼衆きしゅう実誠さねみ
 特務課第三班構成員にして、概念格:融合の紋章者だ。
 そして、人知れずピエロを仕留めた人物でもある。

「こいつがいればはかどる」

 そう言って指し示すのは、鬼衆きしゅうの右手が頭部に融合したピエロと名乗っていた人物だった。
 曖昧だった認識は、今は紋章術が解除されている為か、しっかりと認識することができる。
 鬼衆によって脳を支配されている為、自我を失った彼の顔の穴という穴からは体液が漏れ出していた。

「また随分な有様ね。大丈夫なの?」
「必要な処置だ。こいつの紋章はぬらりひょん。また紋章を使われれば面倒だ。それに、情報なら問題ない。対象と融合している俺にはこいつの記憶が手に取るように分かる」

 ピエロは偉人格幻想種:ぬらりひょんの紋章者だった。
 何処にでも現れ、認識できないぬらりひょんといえど、慢心していた所に不意打ちをすれば仕留められる。
 だが、万が一取り逃して正面戦闘に発展した場合、彼の位置を正しく認識することはできない。
 大規模火力で周囲一体ごと焼き払うしかなくなってしまうのだ。
 だからこそ、彼はピエロの脳を支配することで叛逆の芽を摘んでいたのだ。

(まぁ、そういうことじゃないのだけどね)

 マシュは“彼の自我は無事なのか?” という意味で尋ねたのだが、鬼衆は“情報を正しく引き出せるのか?” という意味で解釈したようだ。
 と言っても、第三班のメンツがやり過ぎるのはいつものことでもあるので今更気にすることでもない。

 復讐代行人と名乗り、依頼にのっとって対象人物を猟奇的な死体アートへ作り替えていた彼だ。
 まともな形を保って生きているだけでも御の字だろう。

 マシュはこの辺り案外ドライだ。
 正義感の強い人物ならば、彼の行いに憤慨ふんがいし、恫喝どうかつするまであるだろう。
 だが、生来達観した価値観を持つ彼女はあまり気に留めはしない。
 敵がどうなろうと、問題にさえならなければどうだっていい。
 それが自身にえきすることならば、彼女躊躇ちゅうちょなくその手すら汚してみせる。

「それで、有益な情報はあったのかしら?」
「プログラムの解除コードを見つけた。俺もハッキングの心得がある。手伝おう」

 そう言うと、彼はピエロを適当な床に融合させて留めておくと、空いた自身の右手をメインコンピューターへ融合させる。
 彼の場合、一々タイピングするよりもコンピューターに直接働きかけた方が速く効率的なのだ。

「それは助かるわ。これならあと数分もあれば解除できるかしらね」

 悠長にしている暇などない。
 今は一分一秒を争う時。
 僅か一秒が今現場で戦っている者達の生死を分けるのだ。
 しかし、そこに焦りはない。
 今、自身にできることを確実にこなして、最短最速で目的を成す。
 己にできることはそれだけであり、感情論で結果は変わらないと理解しているからだ。
 
(仮想空間にいる彼らさえ戦線に参加できれば形勢はこちらに傾く)

 仮想空間の中にはげんやルキフグスを筆頭に、この戦場の行方を左右できる猛者もさが眠っている。
 彼らを解放できれば、間違いなく事態は好転するのだ。

(あと、もう少しだけ。踏ん張ってね、みんな)

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