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第二章後編 百鬼夜行
第72話 三角形の恋模様
しおりを挟む「颯くん優勝おめでとう!!」
「梨花ちゃんありがと——うぇあ!!?」
時刻は午後五時。
徐々に日が沈み始める時刻。
表彰式を終えて、メインスタジアムの外で待ち合わせていた雨戸、芦屋の両名と合流するや否や、雨戸に飛びかかられて風早は狼狽する。
「やったね! やっと、やっと……努力が、報われたね」
雨戸は風早の肩に顔を埋めて感涙していた。
幼馴染として彼を支えることはできなかったけれど、それでもずっと、一番近くで見守ってきたのだ。
そんな彼の努力が報われて嬉しくないはずがない。
風早の肩に顔を埋めて泣きじゃくる彼女の様子を見て芦屋はやれやれ、と肩をすくめる。
「今は存分にその肩貸したり。雨戸ちゃん、トーナメント始まってからずーーっと御守り握りしめて祈ってたんやで。何の効力もない、文字通り神頼みの御守り握りしめて、お前が無理せんように、お前の努力が報われますようにってな」
「ぞんな゛恥ずかじいごと言わな゛いでよぉ」
風早の肩をぐちゃぐちゃに濡らしながら照れるという器用な真似を披露する雨戸。
そんな彼女の言葉も聞かず、芦屋は言葉を続ける。
「いや言うね。こいつは知っとくべきや。周りがどんな想いで見守ってたかっていうのを。いつも思うけどお前は周りの感情に無頓着過ぎんねん。視野が狭い」
「うっ、耳が痛い」
過去を振り返り、心当たりがあり過ぎた風早は思わず耳を塞ぎたくなるが、謹んで彼の苦言を受け入れる。
「ありがとう、梨花ちゃん。梨花ちゃんがいつもそばにいてくれたからこそ僕は頑張れた。一人じゃないって言うのは、それだけで力が湧いてくるものだからね」
そう言って風早は雨戸の背をトントンっと優しく宥めるように叩く。
「遅いよ。バカ」
「ごめんね。それと、芦屋もありがとう。なんだかんだ言って僕の勝利を祈ってくれてたのは芦屋もでしょ」
その言葉を受けて芦屋は目を丸くする。
今までの、八神と出会う前の彼ならばこんな言葉を吐くはずがない。
自分のことで精一杯で、周りを見る余裕などなかったからだ。
そんな彼が周囲の気持ちを察したかのような発言をしたのだ。
驚かないはずがない。
「ハッ、ちょっとは成長した言うことか」
「当然。僕は師匠を護れる漢にならなくちゃいけないからね」
その言葉を放った瞬間、時が静止した。
「「うん?」」
「?」
「え~と、なんや、それはあの八神っちゅう師匠の事が好きで、あの人を護れるような漢になりたいって、そう言うことなんか?」
「えっと、……まぁ、そんなとこかな。八神さんは僕のことを可愛がってはくれてるけど、たぶん男としては見てくれてないんだ。だから、今よりももっともっと強くなって、八神さんを護れるような頼れる漢になるって決めたんだ」
彼の告白とも取れる、どころかもうまるっきり告白としか取れないセリフを前に二人は絶句する。
流していた涙など一瞬で引いた雨戸は風早から離れて芦屋と密談する。
「ねぇ、さっきの何? いつの間にあんなに仲良くなったの? たった一ヶ月だよ? 私生まれてこのかたずっと颯くんと一緒にいたんだよ? おかしくない?」
「まぁ落ち着け。ワシもビックリや。てっきり八神は師匠ポジでヒロインは雨戸ちゃんや思ってたんやけどなぁ。あれか、やっぱ胸の格差か」
芦屋は悲しげな目で雨戸の胸元を見ると、凄まじい殺気を感じて即座に視線を逸らす。
「殺すよ? 八神さんは警戒はしてたけど、まさか颯くんの方が堕とされるなんて盲点だった」
「ごめんて。でも盲点言うほどのものか? あいつ童貞やから色気で堕とされるのは目に見えてたような……」
「私には色気がないと? 私だって別に貧乳な訳じゃないし。颯くんは上ばっかり見上げる癖があるからね。近くにいすぎたから私の魅力に気づいてないだけ。まだまだ挽回のチャンスはあるんだから」
またもや凄まじい殺気を向けられた芦屋はたじろぐ。
彼女の言う通り、雨戸自身別に貧乳という訳ではない。
お椀サイズの胸に高専生徒として鍛えて引き締まった身体は充分魅力的と言えるプロポーションではある。
「せ、せやなぁ。ワシとしても雨戸ちゃんの恋路は応援するけど、これ勝ち目あるかなぁ? あっち側も男の免疫なさそうやし下手すりゃあコロッといってまうで」
とはいえ、八神のプロポーションには到底敵わないのが現実。
胸の大きさで敗北していることは当然として、脚も長く、身体も鍛えて引き締まっている八神に弱点など存在しない。
加えて、芦屋が言うように八神は案外チョロい可能性がある。
見るからに恋愛経験が少なそうな鈍感な女性、と言うのが芦屋の八神に対するイメージだ。
そんな彼女なら強く押せばコロっといってしまいそうな雰囲気はある。
「……芦屋くん。その時は呪詛お願い」
芦屋と同じイメージを抱いていた雨戸はダークサイドに堕ちてしまう。
「嫌やわぁ。ワシ雨戸ちゃんが捕まる姿は見たないてぇ」
「何で雨戸ちゃんが捕まるの?」
風早を一人ぼっちにして二人で密談を交わしていると、
「そこにえちえちボディのお姉さんこと八神が現れた」
「誰がえちえちボディか! ……私ってそんなにえっちなの?」
八神の接近に気付いていた芦屋のボケにツッコミを入れる八神。
しかし、こうも静を筆頭に周りの人物にえちえちだと言われると気にもなるわけで、なんとなしに尋ねてみると、三人は改めて八神の肢体をじっくりと眺める。
豊満でいて形良く、柔らかさも兼ね備えた無敵おっぱい。
着崩したシャツの胸元から谷間が覗いているのもポイントが高い。
形が良く、引き締まったモデルのようなお尻。
小さ過ぎず、大き過ぎない。
それでいて程よい肉付きがあり、柔らかさすら一級品であろうことは明らか。
程よく筋肉のついたスラッと伸びる流麗な脚。
パンツルック故に見えないことが惜しまれるが、その内には硬過ぎず柔らか過ぎないしなやかな筋肉に包まれた太腿があることを修業期間中共に着替える機会があった少女は知っている。
「「「えっちです」」」」
三者三様に性癖(と僻み)に従った視線を向けながら異口同音に声を揃える。
満場一致のえっち発言に肩を落として落ち込む八神。
容姿を褒められるのは嬉しいが、えっちだと言われるのは話が別。
主に暇があれば揉もうとしてくる酒乱貧乳によって苦手意識がちょっぴり芽生えてしまっているのだ。
「それはそうと、八神さんはどうしてここに?」
彼女が何故ここに訪れたのか気になった風早が問いかける。
風早達が待ち合わせ場所としていたのは人目につかないスタジアムの裏手だ。
関係者用の入り口からも離れた位置なので、殆ど人は訪れないような場所だ。
トーナメントに優勝したことで人がいる場所ではすぐに集まってきてゆっくり話ができないと考えた芦屋がこの場所を指定したのだ。
故に、偶然訪れるような場所ではないのだ。
「あぁ、そうそう。風早くんに用があったんだ」
「僕に?」
“何だろうか”と疑問に思い首を傾げる彼にとって、この上なく嬉しい提案が舞い降りる。
そして同時に、それは雨戸にとっては修羅に変じてもおかしくない悪魔の囁きでもあった。
「明日の特務課と陸上自衛隊の合同競技で水着を使うみたいでさ。お祝いにディナーご馳走してあげるから一緒に水着選んでもらってもいいかな?」
頬を朱に染めてそっぽを向きながら放ったその言葉は再び場の時を止めた。
風早は思いがけないラッキーイベントに嬉しさが最高潮に達して内心でガッツポーズを決める。
雨戸は思いがけない攻め手に白目を剥いて、内心で血反吐をぶちまけた。
芦屋はナチュラルに恋愛イベントを引き起こす八神のヒロイン力の高さに戦慄する。
ちなみに、元々は静とルミ、マシュの三人を誘って買いに行こうと思ってたのだが、障害物競走の一件をマシュから聞いて、お詫びを兼ねて風早を誘うことにしたのだ。
頬を染めているのも、断片的に覚えているその時の痴態を思い出してしまったが為だ。
そして、今度は即座に時が動き出す。
動きを見せたのはこのチャンスを逃すまいとする風早だ。
「はい! 是非ご一緒したいです!!」
しかし、その声は緊張で上擦ってしまっていた。
恥ずかしさで耳まで真っ赤な風早を気遣った八神は、内心で愛くるしく思いながらも触れないでおく。
「良かった。それじゃぁ、時間もないし早速向かおうか」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
空間転移で向かおうと、紋章術を発動しかけたところで、雨戸が待ったをかける。
「あ、あの! 私たちも一緒に行ってもいいですか!?」
(え? ワシも行く感じなん?)
“修羅場見学会とか嫌やねんけど”と割とマジで嫌そうな顔をしている芦屋を他所に話はとんとん拍子に進んでしまう。
「勿論いいよ。一緒に可愛い水着選ぼっか」
八神は雨戸の恋路を応援したいと考えている。
故に“師弟関係とはいえ、プライベートで風早くんと二人っきりって言うのが嫌だったのかな?”と勝手に察して同行を許可したのだ。
それに対して風早は少し残念に思うも、雨戸達と青春できるのもそう長くない為、今はみんなで一緒にいることを優先するのであった。
(水着選びとかモロにスタイル格差が出るのに大丈夫か? 雨戸ちゃんもスタイル良いけどあの人相手にすんのは分が悪いと思うけどなぁ)
と、内心思いながらも言わぬが花とお口にチャック。
口に出した瞬間、修羅に変じた雨戸によって地面の染みにされることは想像に容易い。
友人の淡い恋を応援してやるか、と逃れられぬ修羅場直行ルートに諦めて溜息混じりに決意する。
(まぁ、二人の性格的にほのぼのした可愛いもんにしかならんやろ)
修羅場修羅場と言っておきながらも、実際にそうなるとは芦屋は露ほども思っていなかった。
青春を優先しながらも一人の女性として八神を見る風早。
そんな視線には一切気付かず、雨戸の恋路を応援しながらも無自覚に風早を誘惑する八神。
恋敵に応援されて複雑な気持ちを抱きながらも対抗心を捨てきれずモヤモヤする雨戸。
三者が描く恋模様を想像して、微笑ましく思った芦屋は“これも青春か”と顔を綻ばせるのであった。
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