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第一章 黄金の夜明け

第1話 全てを失うとも残る輝き

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 始まりは西暦二〇一二年。
 莫大な光子の帯である光帯フォトンベルトを太陽系が通過したこの時期を境として、身体の一部に個人によって模様の異なる紋章のようなものが浮かび上がるようになった。
 そして、紋章を持つ者は不可思議な能力を振るえるようになり、彼らは紋章者と呼称されるようになる。

 初めこそ世界でも数人と、極少数だったため騒ぎにはならなかった。
 政府が秘密裏に抹消して隠蔽したという説もあるが、真実は定かでない。

 二〇三五年を契機に、突如として全人類が紋章者となった。——これについて再度のセカンド・光帯フォトンベルト説や宇宙人による進化促進説などささやかれているが、現状仮説の域は出ない。

 当然、突如異能が使えるようになれば、使い方を誤る者も現れる。
 紋章者による犯罪はこれまでの警察組織では捜査、武力、双方の面において力不足と言わざるを得なかった。
 その問題を解決すべく警視庁公安部に新たに組織されたものが公安特殊犯罪課。
 通称、特務課である。

 メティス大学 フィール=マックィーン 『紋章の起こりとこれからの展望』(二〇四九)より断片的に抜粋。


    ◇


 燃え盛る研究所。
 コンクリート建築が崩れ落ちた粉塵と黒煙が立ち込める成れの果て。
 崩れ果てた瓦礫の中で、胸に風穴を開けた白髪の研究員がケタケタと凶笑を挙げていた。

 その場にはもう一人の人影。
 清廉潔白にして純粋無垢な六対十二枚の白翼。
 その背には神々しく輝く光輪こうりん転輪てんりんする。
 闇の中で一際ひときわ輝く、神性を表す黄金の瞳。
 腰まで届く金糸の髪を風になびかせる少女。

 その身は満身創痍。
 額から血を流し、病院着のような服は最早ボロぎぬ同然であり、その身にも鮮血をしたたらせる生々しい傷口が散見される。

「……生んでくれたことには感謝するよ。だけど、私は人として生きたいんだ」

 瓦礫の中で凶笑する研究員に背を向け、名も無き少女はその背にある六対の白翼で自由を目指して飛び立つ。

 しかし、その背後には正気を失ったもう一人の研究員。
 その男は凶笑と共に息絶えた研究員の上司。
 研究所の所長を務める男だった。

「なんで逃げるんだよ……、お前が逃げたらその責任は誰が負うと思ってるんだァァアアア!!」

 瓦礫に下半身を埋め、顔中から体液を撒き散らして叫ぶ所長は、その手に持つ奇怪な形状をした銃を向ける。
 ストック部にボトルのような物が付いた銃は、その銃口から赤い光線を放つ。
 
 所長が叫び散らしたことで、少女はその攻撃に気づくことができた。
 けれど、怪我と疲労がたたったのか、一瞬足の力が抜けてしまう。

「——イッ!!?」

 その一瞬の隙が命取りとなった。
 背後から放たれた光線は少女に直撃する。
 
 しかし、想定よりもダメージが少ない。
 そう思っていたのも束の間。 
 突如、半生分の記憶が失われ、彼女の六対の白翼は半分の三対へと減少する。

 一体何をされたのか分からない。
 記憶が断片的になり、何故研究所がこんな有り様になっているのかも分からない。
 けれど、残された記憶が、彼女の内に眠る何かが“今は逃げろ”とささやく。

 その言葉に従い、少女は羽ばたく。
 何処を目指すでもない、記憶の半分が失われても尚残る。
 実験体としてではなく、人としての自由な人生を歩みたいという願いのままに飛び去る。


    ◇


 人工物特有の無機質さを匂わせる都会のビル群。
 それと調和するよう設計された、自然の温もりを残した、つたが這う石橋の下。
 運が悪く、将又はたまた何かしらの失敗を経て社会に弾かれてしまった者たちが自身のきょを構える河川敷。
 そこに幾つかの人影が見えた。

 これが昼間であるならば、将棋を指したり釣りをしたりというのがいつもの光景である。
 しかし、現在は夜のとばりも降りて、普段なら明日に備えて寝静まっているべき時間帯。

 いささか妙なのだ。
 そんな時分じぶんに、彼らはアルミ缶に燃料を入れて燃やしていた。
 正確には、ある一人の人物から傷だらけの少女を護るために唯一の光源の下で対峙していたのだ。

「彼女をこちらに引き渡せ。悪いようにはしないと約束しよう」
「信用できませんな。誉高ほまれたかき英雄である貴方あなたとはいえ、貴方のお上は同じとは限らないでしょう」

 少女を引き渡すよう要請している彼は、警視庁公安部のとある部署に所属する人物。
 その圧倒的武力により、個人で犯罪の抑止力足り得ている傑物だ。
 人類史上最強と謳われる彼は、炎のような赤髪に太陽を思わせる黄金の瞳の青年だった。
 それに対峙するは、河川敷の住人たち。

「そうだ! 俺たちには彼女の事情は分からない。彼女が自分の意思で話さない限り、聞こうとも思わない。だけど、アレだけの怪我をしていたんだ。それも明らかに自然につくはずがない、人為的じんいてきな怪我を!!」

 河川敷の住人の代表である白い髭を蓄えた杖を突いた老人に続き声を挙げたのは、れた白衣を着た眼鏡の中年男性だった。

「そんな傷ついた少女をはいそうですかと簡単に見捨てられるか! 意図の分からぬやからへ無責任に預けられる訳がないだろう!!」

 彼は河川敷近くに倒れていた少女の第一発見者であり、傷だらけであった彼女に治療を施した医者崩れの男であった。

 紆余曲折うよきょくせつあり、職を失った彼ではあるが、それでも元医者だ。
 傷を見ればそれが自然についたものか、そうでないかぐらいすぐに分かる。

 彼女が目を覚さないので、河川敷の住人は誰一人として事情を知らない。
 だが、何か辛いことがあった事だけは、彼らも同じ境遇だからこそ、察することができる。
 同じ境遇であると察せられるからこそ、なんとしてでもこの哀れな少女を護りたいと思う。

「彼女がどんな事情を抱えていようと、辛い過去を持つ事は明らか。ならば、我々は護りたいと思うのです。それがここの唯一のルールであり、我々に残された最後の誇りでもありますから」

 河川敷の住人たちは老人と白衣の男を中心に、背後の住居に匿った少女を護らんと青年を睨みつける。
 住民たちの眼には確かな覚悟が宿っていた。
 命を賭けてでも少女を護り抜くという決死の覚悟が。

 対する青年は、その光景に瞠目どうもくした。
 ただ、傷ついた少女がいたから応急処置を施した。
 彼女と彼らはたったそれだけの関係性のはず。
 だというのに、『辛い過去を持つ少女がいる』、たったそれだけの理由で命すら懸ける気迫を見せる彼らの勇姿に、青年は真の英雄を見たのだ。

「そうか。ならば、こちらも最大限の礼を尽くすしかあるまい」

 青年の言葉に河川敷の住人たちは身構える。
 最大限の礼、つまりはここで殺してでも奪い去るという意味の暗喩あんゆでは、と思い至ったがためだ。

 英雄と呼ばれていても、所詮は公安。
 汚れ仕事もする。
 こんな社会から消えても分からぬ者たちなど殺して、少女を確保する事だってできるだろう。

 しかし、青年は彼らの予想を容易く裏切ってみせた。
 河川敷の住人たちを前に、綺麗な服が汚れる事もいとわず青年は膝を折り、湿り気を帯びた地面に手をついて、地面に額が着くほど深々と頭を下げたのだ。

 青年の予想外の行動を前に、河川敷の住人たちは一様にポカンと呆気に取られた表情を浮かべた。
 英雄とも謳われる者が、社会の爪弾き者に対して地に伏し、頭を下げる。
 そのあり得ざる驚天動地の事態は、彼らへ青年の覚悟を示すには充分過ぎるものであった。

「傲慢な物言いである事も、お前たちの不安も理解できるものだ。しかし、生憎と俺が示せる誠意はこの程度のことでしかない。どうか頼む、彼女を引き渡してくれ」

 彼が示す誠意を目の当たりにして息を飲む住人たち。
 いち早く我に帰った老人は、そんな彼らを代表するように一歩前へ出る。
 そして、青年の覚悟を目にした老人は、真摯しんしな瞳で問いかける。

「何があろうと、彼女を護り抜くと誓うのならば……」
「たとえ世界を敵に回そうと彼女を護り抜くと、我が誇りに誓おう」
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