上 下
10 / 51
第一章

肉体派大主教、肉体派大主教の弟子3

しおりを挟む
「それでは2日後にまたこちらに来ます。その時までにお金を含めて用意お願いします」

「承知いたしました」

「ああ、あと……」

「なんでしょうか?」

「この辺りで美味しいスイーツのお店はありませんか?」

「それでしたら向かいにあるお店がおすすめですよ」

「ありがとうございます。では本日はこれで」

 テシアはビノシ商会を出るとジーダムに教えてもらったスイーツ店に入った。
 本当に真向かいにお店があった。

「何か聞きたいのなら聞いてもいいですよ」

「答えてくださるんですか?」

 頼んだスイーツが運ばれてくるとハニアスは嬉しそうに口の端を上げていた。
 さすが商会の支部長として働いているだけあって情報にも通じている。
 
 スイーツは期待に沿える美味しいケーキであった。
 最初はスイーツを楽しんでいたハニアスだがビノシ商会での会話を思い出してしまった。
 
 テシアが何者なのか気になってしょうがない。
 見つめてしまうハニアスが何を考えているのかは無表情でもよく分かる。

 マリアベルには余計なことは聞くなと言われているけれどテシアは聞いてもいいと言う。

「テシア様は何者ですか?」

 口の端にクリームをつけたままのハニアスは真っ直ぐにテシアの目を見つめる。

「何者か……ですか。それに答えるのは難しいわね。まだ私は何者でもない、ただのテシアだから」

 テシアがジェスチャーでクリームがついてるよと教える。

「ただ今聞きたいのはそうした答えではないでしょう」

 ハニアスがクリームを舌でぺろりと舐めとった。

「ビノシ商会は私の商会なのです」

「……はっ?」

「あの商会の本当の持ち主はこの私。黒いコインの貴人はビノシ商会の本当の主人を示す暗号ということ」

 ポカンとハニアスが口を開けて驚いている。
 ようやく無表情を打ち崩せたような気がしてテシアは笑ってしまう。

「どういう……」

「それ以上は秘密」

 テシアはハニアスにウインクする。
 女というのは謎がある方が美しく見えるものだ。

 まだハニアスとの交流も浅いので秘密の全ては教えない。
 ただテシアがビノシ商会の本当の主人であるということは秘密であり、ハニアスはその秘密の大きさに気がついていない。

 ちょっと無表情を崩してみたくなったのだ。
 ハニアスなら他に言うことはないだろうし、バレても特に問題はない。

「ここは私の奢りだから今の話は秘密ね」

 もう一度ウインクする。
 テシアが追放された皇女であるということはハニアスも知っている。

 しかしそれだけではない何かがあると感じていた。
 少なくともマリアベルの友人である以上はやっぱりただの人ではないのだなとまだ表情を無に戻しながらハニアスは思った。

 悩んでも多分答えは出ない。
 だから奢りだしもう一個ケーキを頼むことにした。

 ーーーーー

「あの子はどうだい?」

 次の日旅の準備をしているとマリアベルがテシアの部屋を訪ねてきた。
 マリアベルが来てからというもの、この教会で朝のお勤めの前にトレーニングする人が増えた。

 これが小さい派閥だが影響力はあると言われる肉体派の力である。

「ハニアスのことですか?」

「そうだよ。迷惑なんかはかけちゃいないかい?」

「全く。優秀な子ですね。大主教が目をかけるのも分かります」

「あの子は能力としても優秀なだけじゃなくてちゃんとトレーニングするから脱いだら凄いんだよ」

「……そうですか」

 そういえばハニアスの肉体は見たことがない。
 肉体派の神官が増えたせいか時々人がハニアスにトレーニングの仕方について聞きに来たのを見たこともある。

 だがハニアスはいつもはゆるりとした神官服を着ていて体のラインが分からなくてどのような体をしているのか外からでは分からない。
 さらに記憶を思い起こしてみるとトレーニングの時もいつも同じような格好していることに気がついた。

「まだまだトレーニングが足りないと肌を晒すのを恥ずかしがってね」

 マリアベルはため息をついた。
 人に見られてこそより努力をしようと思う側面もある。

 恥ずかしいというので強制はしないが一皮剥けてほしいと思っている。

「そこで一つ相談があるんだ」

「相談ですか? なんでしょうか?」

 マリアベルのお願いだというのならテシアもそれに応えることはやぶさかではない。

「あの子を……ハニアスを旅に連れていってやってくれないか?」

「ハニアスを旅にですか?」

「……驚いたような感じはないね?」

 マリアベルはハニアスを旅に同行させてほしいとテシアにお願いした。
 テシアに驚いたような様子はなく微笑えんでいる。

 少し予想はしていた。
 わざわざハニアスをテシアに専属で付ける必要はない。

 それなのにハニアスを常にテシアに一緒にいるようにしたのは何かの目的があったはずだと考えていたのである。
 神官はある程度の年齢になると巡礼の旅に出ることがある。

 世の中を見て周り経験を積みながら各教会を巡って信仰心を示し、深めるのである。
 そうすることで巡礼を終えた神官は高い職責があたえられるということもあるのだ。

 ハニアスもいい年であるし神官として真面目に勤め上げた時間も長い。
 そろそろ巡礼を行い、信仰心を示す時期なのである。

 テシアにハニアスをつけたのはテシアとハニアスの仲を深めてもらおうと思ってのこと。
 どうせテシアも巡礼に行くなら一緒に行ったらどうかとマリアベルは考えていた。

「ハニアスにはこの話は?」

「いや、まだだよ」

 話はしていないがハニアスもバカではないのでそうした時期が近いことは察している。
 一人で巡礼するよりも良いことは分かりきっているので、テシアの許可さえ得られればハニアスも共に巡礼に行くだろうことも分かりきっている。

「あの子も肉体派だ。旅の役にも立つだろう」

「……そうですね。一人旅も悪くはないですが誰かと共に旅をするのも悪くはないかもしれません」

「ありがとう、テシア」

「まあ感謝するのはハニアスの意思を聞いてからにいたしましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...