上 下
69 / 301
第二章

女神はワーウルフに目をつけました2

しおりを挟む
「……様、お助けください」

「うわっ!」

 ユリディカが後ろを振り向くと女性がすぐそこにいて驚いた。
 陶磁器のような白い肌の美しい女性は目の前のユリディカではなく女神像を見上げていた。

 手を組んで祈るような格好の女性の周りを回るようにしてユリディカは観察する。
 自分が人だったらこんな感じの清楚美人だろうか、と。

 多分違う。

「あれ、これって……」

 女性は杖を持っていた。
 よく見ると女神像が抱えるようにして持っていたものに似ている。

「ていうか……これなに?」

 その変な光景をユリディカは理解できないでいた。
 ドゥゼアもいないし、ここは一体どこで周りの人々にはなぜ自分が見えていないのか。

 こんなことしている場合じゃないのにとユリディカは焦る。

「これは記憶……過去のまだ穏やかだった時のこと……」

「えっ?

 あ、あれ?」

 声がしてさらに振り返ると目の前に別の女性が立っていた。
 一瞬見覚えがあると思ったらそれは女神像と同じ顔をしていた。

 翼が生えていて優しそうに微笑んでいるその女性はどう見てもユリディカのことを見ていた。

「わ、私のこと見えるの?」

 誰にも見られないのも困惑するがその中で唯一ユリディカのことが見える相手も得体が知れなくて警戒する。

「はい、私があなたをここに呼んだのですから」

「あなたは誰?

 ここは一体なに?

 どうして誰も私が見えないの……?

 ドゥゼアとレビスは?」

 聞きたいことはたくさんある。
 ユリディカが多くの質問をぶつけても女性は穏やかな笑みを崩さない。

「私は忘れた神……元は愛と守護を司るアリドナラルという神でしたが今はもう信者もおらず忘れ去られた存在です。

 ここはあなたたちがいた神殿の上、はるか昔には地上にあった町の姿です」

 聴いていて心地が良くなるような声。
 アリドナラルはゆっくりと後ろに下がると女神像の前で翼を広げた。

「これは私。

 そして今この光景は私があなたに見せているかつてありし日の幻想。

 あなたのお友達は無事です。
 本来資格のない侵入者はガーディアンに倒されるのですがあなたと話したかったので敵対しないようにしました」

「なんでこんなことを?」

 いくら考えてもユリディカには目的が分からない。
 神様に呼ばれる理由なんて全く思いつかない。

「私たちは平和に暮らしていました。

 しかしそんな平和も長くは続きませんでした」

「な、なに?」

 地面が揺れ出した。
 気づくとその場にはアリドナラル以外にいなくなっていて、遠くから叫び声が聞こえてくる。

 不安に胸が締め付けられるような思いがして周りをキョロキョロと見ていると神殿に杖を抱えた女性が入ってきた。

「最後の希望……これを奪われてはいけない。

 アリドナラル様申し訳ございません……こうするより方法はなかったのです」

 女性は女神像の後ろに回り込むと隠し通路のスイッチを作動させる。
 女神像の後ろにある床が開いて階段が現れ、女性はその中に駆け込んでいった。

「きゃ……きゃああ!」

 その直後、神殿の天井が落ちてきてユリディカは目をつぶった。

「…………あれ?」

 再び目を開けると周りは凄惨な光景が広がっていた。
 美しかった町は完全に崩壊していた。

 建物は崩れ、人が倒れているのが見えた。
 魔物であるユリディカもひどく心が痛んだ。

「破壊の神の使徒が我々に従うように要求しました。

 けれど我々はそれを良しとしなかった。

 そして戦争が始まりました。

 ですが我々の抵抗も虚しく、我々は敗北したのです」

 そこに黒い騎士が現れた。
 中でも特徴的なのは目が真っ黒なことだった。

 瞳だけではなく白眼の部分まで黒く染まっていてユリディカも強い圧力に恐怖を感じた。
 姿が見えていないと分かっていても逃げ出したくなる。

 その黒い騎士はほとんどが崩れ去っている中で唯一と言っていいほど無事であった女神像の前で立ち止まる。
 剣を抜いて、無慈悲に女神像を切り裂いた。

「破壊の使徒……望むのは支配。

 従わなければ死あるのみ」

「……なんて悲しい…………」

「悲しんでくれるのですね」

 ユリディカの目からは涙が流れていた。
 人間に同情などするはずがないのに、なぜか胸が苦しくて悲しくて。

 その行いが非道なものであることに怒りを覚えた。

「死んだ人も、失われた信仰も、もはや戻りはしません。

 ただ破壊の神も好き勝手しすぎました。

 破壊の波を広げればそれを止めようとするものも出るもの。

 破壊の使徒は打ち果たされて世界に平和は戻りました」

「……なんで私にこのことを?」

「いかに相手を踏み潰そうとも希望は残るのです」

 周りの景色が流れるように変わっていく。
 気づけばそこは地下にある杖を持った女神像がある部屋だった。

 ただそこにドゥゼアとレビスの姿はなく、祈るように膝をついている女性がいた。

「我々の希望……神物はこちらに隠していきます。

 いつか…………良い人がこれを見つけてくれますように。

 奴らの手に、これが渡りませんように」

 女性はつぶやくように祈りを捧げると頬を伝う涙を拭った。
 再び大きく女神像に頭を下げると地下を出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~

薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。 【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】 そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界でタロと一緒に冒険者生活を始めました

ももがぶ
ファンタジー
俺「佐々木光太」二十六歳はある日気付けばタロに導かれ異世界へ来てしまった。 会社から帰宅してタロと一緒に散歩していたハズが気が付けば異世界で魔法をぶっ放していた。 タロは喋るし、俺は十二歳になりましたと言われるし、これからどうなるんだろう。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

スキル運で、運がいい俺を追放したギルドは倒産したけど、俺の庭にダンジョン出来て億稼いでます。~ラッキー~

暁 とと
ファンタジー
スキル運のおかげでドロップ率や宝箱のアイテムに対する運が良く、確率の低いアイテムをドロップしたり、激レアな武器を宝箱から出したりすることが出来る佐藤はギルドを辞めさられた。  しかし、佐藤の庭にダンジョンが出来たので億を稼ぐことが出来ます。 もう、戻ってきてと言われても無駄です。こっちは、億稼いでいるので。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...