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IFストーリー

もしもあの日、リナを選んでいたら 前編

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 今日は専属霊を決める最後の日。
 この日、専属霊を選ばなかったら一生、金縛りにかからない体質になる。
 金縛りにかからなければ金縛り霊に会えなくなってしまう。
 これは体質とかの問題ではない。だ。
 大好きな金縛りちゃんに会えなくなる呪いがかけられてしまうのだ。

 僕の目の前には花嫁衣装に着飾った金縛り霊……金縛りちゃんが三人いる。カナ、レイナ、リナの三人だ。
 その三人は右手を僕に向かって差し出している。
 その手は握り返してくれるのを……自分を選んでくれるのをじっと静かに待っている。
 三人とも気持ちは同じだ。
 差し出された手を僕が握り返せばその子が僕の専属霊になる。
 僕にとっても、金縛りちゃんにとっても、大事な選択の時だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕の部屋に静寂が続いた。
 六畳ほどしかない狭い部屋に四人も人がいるのに何も音が聞こえない。
 無音だ。聞こえるものが一つあるとすれば自分の心臓の鼓動のみ。
 大事な場面で緊張している。心臓は鼓動を早くして音となり伝わってくる。その音だけが聞こえる。

 そして四人いると言ったが正確には一人しかいない。なぜなら目の前の三人は金縛り霊……つまり幽霊なのだから。
 そもそも幽霊は音を出したりしないだろう。
 幽霊という存在は静かなイメージが僕にはある。だからそう思ってしまった。


 僕は差し出された小さな手をもう一度見る。
 すでに選ぶ手は決まっている。
 だから最後にこの瞬間を目に焼き付けておきたかった。もう会うのは最後になるのだから。

 初めは全員選ぶつもりだった。でも僕は無意識に一人の手を取っていた。両手で包み込むように手を掴んだ。
 いや、無意識ではない。心が彼女を選んだのかもしれない。

「僕はを選ぶよ」

 綺麗で長い金髪が特徴的なリナ。
 笑うと八重歯が姿を現す可愛い金縛りちゃんだ。そして生前は僕のバイト先の先輩でもある。
 この三人の中で最も僕のことを知る人物だ。そして三人の中でも1番の巨乳だ。
 いつもの白いワンピースでもその豊満な胸は目立っていたが花嫁衣装だと谷間が強調され、さらに目立つ。
 でもリナを選んだのは巨乳だからではない。

「やっぱり僕はリナが好きだ。今やっと自分の気持ちに気付いたよ」

「ウサギくん……」

「ちょっと遅くなっちゃったけど、これが僕の告白の返事です。僕の専属霊に……僕の彼女になってください」

「ウサギくん……ありがとぅ……ぅぅ……ありがとう……」

 リナは僕の前で涙をポロポロとこぼした。瞳から涙が溢れ出して止まらない様子だ。
 嬉し涙だろう。こんなに泣くリナの姿は初めて見た。こっちまで泣きそうになる。
 いや、感極まって僕も泣いている。

 でも僕は涙を拭かない。握りしめた手を離したくなかったからだ。


 リナは二度も僕に告白をしている。生きていた頃と死んで金縛り霊になってからの二回だ。
 だからリナの気持ちはずっと前から気付いていた。
 そんなリナに僕はしっかりとした告白の返事をしていなかった。
 でも今やっと告白の返事ができた気がする。いや、できたと信じたい。


 そんな僕たちの様子を見てリナと同じ手を差し伸べていた黒髪ロングの天使のような美少女が微笑んだ。

「リナちゃんおめでとう。二人はすっごくお似合いだと思うよ。だからこれから先、私たちの分も……うんんそれ以上にウサギくんをよろしくね。幸せにしてあげてね」

「カナ……」

 カナは大人だ。自分が選ばれなかった事を妬んだり恨んだりしなかった。むしろ笑顔で祝福してくれている。
 そして選ばれなかった手を僕とリナが繋ぐ手の上に重ねて置いた。
 その重なった手からも応援や祝福の気持ちが伝わってくる。

「ぅうう、ぐすっ……ぁぅ……レ、レイナは悲しいです……うぅ、あぅ……」

 カナとは逆に涙と鼻水を大量に流す栗色髪のボブヘアーのロリ顔美少女のレイナ。
 その涙はリナが流している嬉し涙とは別の涙だ。そう。心の底から悲しんで泣いている悔し涙だろう。
 覚悟はできていたはずだ。でもいざその時が来てしまうと耐えられないものだ。
 その気持ちは僕にもよくわかる。誰にだってわかるだろう。

 このレイナに対する気持ちはなんだろうか。罪悪感に近いそんな感情が僕を襲ってくる。

「カナ、ありがとう。そしてごめん。レイナもごめん」

 だから僕は感謝と謝罪の言葉しか出てこなかった。
 これでカナとレイナに会えるのは最後だというのに言葉が見つからない。
 選ばれなかった人の事を全く考えていなかったわけじゃない。むしろこうなるとわかっていた。
 わかっていたけど対策してこなかった。
 それは僕のミスだ。
 でも、もう後戻りなんてできない。僕はリナを選んだ。だからリナと精一杯向き合わないと。

「それじゃあ専属霊としての契約のキスだね」

 カナが笑顔でリナに向かって言った。
 しかしその目は少し潤んで光を放っていたような気がする。そして少し羨ましそうな表情をチラッと見えた。
 涙を必死に堪えて笑顔を無理やり作ったのだとすぐにわかった。それは僕たちのためを思ってのことだろう。
 なんて大人なんだ。そしてなんて優しい子なんだ。

「う、うん、なんか……その、き、緊張するね、け、け、結婚とかの誓いのキスもこんな感じなのかな?」

 リナはフリーになっている左手の細い指を使い流していた涙を拭き取った。
 そして改めて僕の目を見て照れながら、動揺しながら言った。そんなリナも可愛い。

「あっ、う、うん」

 リナの緊張が僕にまで伝わってくる。そして僕もキスをするのだ。緊張しないはずがない。
 おそらく僕の顔は真っ赤だ。トマトよりも真っ赤だろう。顔と耳が熱くなっているのがわかる。

 心の準備ができていないままリナは僕の唇に向かって少しずつ近付いて来た。
 僕は目を瞑った。普通は逆だろう。男からするものだと思うがこの際どっちでもいい。

 僕とリナの唇が重なる前、ふと閉じていた目を開いてしまった。
 そこには涙を流し「ありがとう」と言ったカナの姿、しゃがみ込み体育座りで泣きじゃくるレイナの姿があった。
 その姿は今後の人生で忘れることはないだろう。

 その姿を見ながら僕はリナと契約のキスをした。僕とリナの唇が重なったのだ。
 カナとレイナの事を一瞬だけ考えてしまったせいで唇が重なった事に驚いた。
 そして反射的に目を閉じてしまった。
 すぐに目を開けたが、そこにはカナとレイナの姿はなかった。
 これで専属霊の契約は完了したことになる。だから他の幽霊が認識できなくなったのだ。

「もう二人に会えないけど後悔してる?」

 唇を離したリナが優しく僕に言った言葉だ。

「後悔はもちろんあるけど……それでも選んだ道だから。僕はリナと一緒にこの先の人生を生きていきたいです」

 カナとレイナの最後の姿を僕は一生忘れないだろう。それが自分への戒め、呪いだ。
 もちろんカナかレイナを選んでいた場合でも同じ戒めは一生付き纏っていた。だからこれでいい。
 選んだ相手を……目の前にいるリナを幸せにしてあげるんだ。
 選んであげれなかった二人の分まで幸せにしてあげるんだ。

「ウサギくん!」

「うぉ!?」

 リナは僕に勢いよく飛びついた。
 幽霊になる前から軽かった体だ。
 幽霊になって余計に軽くなったが、僕はリナの飛び込んでくる勢いを受け止めきれずに体ごと押し倒されてしまった。

「ありがとう。あたしを選んでくれて」

「こちらこそ。僕を好きになってくれてありがとうございます」

 再び唇が重なりあった。今度は誓いのキスではなく感謝のキスだ。そしてすぐに唇は離れた。

「せっかく専属霊になったんだしさ~、ウサギくん、あたしに敬語使わないでよ~」

「は、はい! じゃなくてうん!」

「よろしい」

 そして再び唇が重なった。今度はご褒美のキスと言ったところだろうか。
 いつもよりも大胆なリナに困惑してしまったが、嫌ではない。
 むしろ専属霊の契約をしてからもっとリナの事が知りたいと思ってしまっている。
 そして僕もリナとキスがしたいと思っている。さすがに恥ずかしさはある。お互い顔が真っ赤だ。
 でも、それでもキスは止まらない。

 しばらくの間は僕たちはキスを続けた。まるで熱々のカップルのように。

「ぅぅ……んっ……」

 金縛り霊の不思議な力によってキスをするたびに僕の意識は遠くなる。
 そしてリナとのキスをしている最中に僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。

「ハフーハフー……ハフーハフー……」

 僕の意識が完全に消える前にリナの寝息が僕の耳に届いた。そのことから同時に眠ってしまったんだと理解した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 リナが専属霊になったからといっても、ずっとリナが僕の側にいるわけではない。
 金縛り霊にも規則がある。その規則によって出現できる時間が決められている。
 だからリナは規則を守り朝には姿を消さなくてはいけないのだ。
 もし規則を違反する事があれば、せっかくの専属霊の契約もなくなってしまう可能性がある。
 そうならないためにもリナは毎晩二時以降に僕に金縛りをかけに現れ、そして朝には姿を消しているのだ。

 リナとの二人っきりの楽しい時間を過ごし、いつの間にか眠っていて朝を迎える。
 そんな最高の金縛り生活を僕は満喫した。  
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