僕の彼女は金縛りちゃん

アイリスラーメン

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IFストーリー

もしもあの日、兎村に行っていたら 後編

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 自然と僕は意識が覚醒した。目の前には木目のある茶色い天井が見える。
 つまりここは旅館の部屋だ。

「部屋にいるってことは……ヒナが連れてきてくれたのか……体も疲労がない」

 ということは専属霊の契約は成功したってことだよな。
 いや、待てよ。契約のキスをした後、僕が倒れたときにハナちゃんの声もした。
 意識が朦朧としていたから気のせいだったのかもしれないけどハナちゃんの声が聞こえた。
 専属霊の契約ができたならヒナ以外の金縛り霊を認識できないはず……。

「もしかして契約が失敗した……」

 背筋が凍るようにゾッとした。
 契約が成功したかどうか確認する手段が今はない。夜になって金縛りにかからなければ契約は失敗。
 金縛りにかかってヒナが僕の前に現れてくれれば契約は成功になる。
 夜まで待てない……。そもそも専属霊の契約ってあんな感じで良かったのか?
 僕の知識だと誓いの言葉を言ってキスするだけなんだけど、何か間違ってたのかな……。

 考えれば考えるほど心は闇に落ちていく。焦りと不安で息が詰まりそうだ。
 実際、呼吸の仕方を忘れて息が苦しくなっている。

 専属霊の契約ができていなかったら兎村に来た意味がない。
 一応居酒屋のバイトはまだ辞めていないから戻ろうと思えば戻れる。
 でも女将さんや大将になんて説明していいか……。
 住み込みで働きに来たのに働く前に帰ってしまったらもう意味がわからないし迷惑すぎる。

 そのまま落ち着けない僕は部屋の中を永遠とグルグルと歩き続けた。
 庭園覗く野生のウサギたちは不思議そうに僕を見ていたが、そんな視線はお構いなしに歩き続けた。

 僕が起きたことに気付いた女将さんは昼食を持ってきてくれた。
 昼食はカレーだ。甘口のカレーだった。
 まずは一口、銀色に輝き僕の顔が映っているスプーンにカレーとご飯を絶妙なバランスで取りそのまま口に入れた。
 美味しい。本当に美味しい。カレー屋さんを開けるほど美味しい。
 ここの旅館はお化け屋敷のような外観をなんとかすれば完璧だとつくづく思う。

 昼食を終えた僕は食器を片付けに厨房へと向かった。
 昨夜、大将にウサギ酒を飲まされ酔っ払ってしまったあの厨房だ。
 金縛り霊三姉妹が起こしに来てくれなかったら酔い潰れていた場所だ。
 ちょうど大将が厨房で皿洗いをしていた。

「おう、起きたか? 酔いは覚めたか?」

「あ、はい。すっかり酔いは覚めました。大将、昨日はありがとうございました」

「おう、そうかいそうかい。意外と強いんだな? どれ今夜も一杯やるか?」

「い、いえ、今夜は遠慮しておきます……あ、明日から仕事が始まるので……」

「ああ、そうだったな。じゃあ落ち着いた時にでも飲もうか」

「は、はい!」

 会話のキリの良いところで僕は自分の食器を洗うついでに大将の皿洗いを手伝った。
 洗い物は居酒屋のバイトで散々やってきたので大体のことはできる。
 このまま皿洗いを終えて僕は自分の部屋へと戻った。

 部屋に戻るや否や布団の上に寝転がった。
 そして天井に向けて手のひらを突き上げた。そのまま手のひらをグーパーグーパーと繰り返した。
 意味のない行動だ。しかしこの行動を続けたかった。

「夜まで待てない……」

 僕は金縛りがかかる深夜2時まで暇だったのだ。暇すぎて意味のない行動を続けていたのだった。
 せっかくの兎村だが出かけるのも億劫だ。それならこのまま部屋いよう。

 テレビがあるからとりあえず正月のスペシャル番組とかでも観ながら時間を潰すか……。

 僕はテレビを見ながら時間を潰そうとしたが落ち着かなかった。
 落ち着かないので野生のウサギを部屋に入れて癒されようとしたが、余計に落ち着かなくなった。

「ンッ~」

「あ、ダメだって、それは僕のパンツ!」

 野生のウサギは僕のリュックを勝手に漁りボクサーパンツを盗もうとした。
 すかさず取り返したのでウサギに下着泥棒の容疑をかけなくて済んだ。

「パンツ、か……」

 取り返した自分のボクサーパンツを見ながら思った。
 考えてはいけないことを考えてしまったのだ。

「ヒナの下着は……」

 いやいやいかん。僕は何を考えてるんだ。意識しすぎじゃないか。
 僕とヒナの関係はあくまで契約した専属霊だ。
 恋人でも夫婦でもない。でも誓いのキス……だもんな。
 専属霊ってそういうことだよな? それならいいのか?
 僕は金縛り霊で……

「ど、童貞を……卒業……」

 いやいやダメだ、変なことを考えるな。余計に苦しくなる。
 今夜ヒナが金縛りをかけに来なかったら期待が水の泡だ。天国から地獄だ。
 それにそんなことをしたらハナちゃんに呪われてしまう。

 僕は布団の上を転がりながら頭を抱え狼狽えていた。
 悩み事や考え事は雑草のように抜いても抜いても生えてくる。
 根っこから抜いても同じだ。尽きることがない。

「ウサギはいいよな……」

 テーブルの上でテレビのリモコンを興味津々に触るウサギを見て思った。羨ましいと。

 そのまま部屋で野生のウサギとゴロゴロと過ごし時間は過ぎていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕は眠りにつくために布団の中に潜っていた。しかし不安で眠れない。
 専属霊の契約が成功したのかどうか知りたい。知るためには寝るしかない。
 もし専属霊の契約が失敗していたらと考えると不安で眠れなくなってしまうのだ。
 ヒナに会いたい。でも会えなかったら……。そんなことばかり考えてしまう。

 布団の中は暗い。真っ暗闇だ。暗いければ暗いほど考え事が止まらなくなる。
 考えれば考えるほど沼にはまって動けなくなる。そのまま眠れないってこともあり得る。
 明日から旅館の仕事が始まる。だから専属霊の契約が成功していても失敗していても睡眠は取っておきたい。

「こんなんだったら大将と飲んで無理やりでも寝たほうがよかった……」

 お酒の力を借りるのは不本意だが、お酒の力を借りたいと思うほど眠れない夜は続いたのだ。
 しかしお酒の力を借りずとも眠れるのは僕だ。
 今までだって不安な夜を乗り越えてきた。だからいつの間にか寝ているだろう。
 期待を込めながら呼吸を安定させて眠りにつく努力をする。

 その甲斐もあって僕の意識はいつの間にか暗い暗い闇の中へと吸い込まれていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕の意識は覚醒した。暗い闇の中へ吸い込まれた意識が吐き出されたかのように突然覚醒したのだ。

「こ、これって、金縛り!!」

 僕は嬉しかった。金縛りにかかっているような感覚が全身にあったからだ。
 そして暗い部屋からでも見える旅館に置いてあるウサギのキャラクターの時計は2時を表示していた。
 つまり新年を迎えていたのだ。
 僕にとって年越しなんてものはどうでもいい。でも今は踊り出したくなるほど年を超えた事が嬉しい。
 なぜなら専属霊の契約が成功しているからだ。成功していなければ金縛りにかからない体質になっているはずだ。
 年を超えてから金縛りにかかっているというのはそういうことだ。

 叫び出したいほど嬉しいがまだ油断はできない。専属霊の契約をしたヒナが姿を表していない。
 となると尿意で起きた可能性や寝付けなくて起きた可能性もまだある。
 しかし僕の不安はシャボン玉のように弾けて消えた。布団の中の違和感に気が付いたからだ。
 ヒナが僕に抱きついている。そう確信した。今すぐヒナに会いたい。そんな思いで布団を思いっきりめくった。

「ヒナ!!!」

 僕は布団の中を覗いた瞬間に全身に鳥肌が立った。
 そして割れたはずのシャボン玉がどんどん増えていることに気が付いた。

「なんで……」

 布団の中には専属霊の契約をしたヒナではなく野生のウサギが潜り込んでいたのだった。
 野生のウサギに起こされただけだったのか? 専属霊の契約は失敗していたのか? 
 今までの生活を、カナとレイナとリナを捨てる覚悟で兎村に来たのに……ただ大事なものを捨てただけになってしまったのか……

「いや、もしかしてヒナなのか? ヒナがウサギになったのか?」

 そんなあり得ないこともあり得ると思ってしまった。
 金縛り霊自体実際に見なければ信じられない非現実的な存在だ。
 それなら金縛り霊がウサギになることだってあり得るのではないだろうか?
 専属霊の契約をしたことによってウサギになってしまったのかもしれない。

「ヒナ……お前、ヒナなんだな……」

「ンッンッ~」

「そ、そうか……ヒナ会いたかった……うぅ……ヒナ、ヒナぁああ!!」

 そのまま僕は布団の中にいたウサギを泣きながら強く抱きしめた。
 生暖かい体温。それにもふもふ。金縛り霊だった頃はひんやりとしていて細身の体型だった。
 姿は変わってしまったけどこのウサギはヒナで間違いない。
 だってこんなに僕の顔を舐めているんだ。これはウサギになったヒナ愛情表現の一種だろう。
 それとも僕の涙を拭き取ってくれてるのだろうか。

「ヒナ、舐め過ぎだって、くすぐったい……うぅ……ありがとう……ぐすっ」

「ンッンッ」

「それにこんなにもふもふになって、可愛いな」

 僕はウサギになってしまったヒナを受け入れた。
 でもヒナがウサギになったってことはハナちゃんとフナちゃんはどうなってしまったのだろうか……。
 そもそもなんでヒナはウサギになってしまったのだろうか?

 不安は消滅したが疑問だけがしこりのように残る。
 そんな時だった部屋の隅でサササと音がした。

「ウサギかな?」

 音のあった方へ振り向くとそこには人影があった。
 一瞬身が引き締まったがすぐに体の緊張は解けた。

「ぷふぅふふっ」

 そこには笑いを堪えきれず吹き出しそうになるヒナが立っていたのだ。

「え、ヒナ? それじゃこのウサギって……」

「お兄ちゃん、それはヒナじゃなくてただのウサギだよ。ぷふっ」

「えぇええええ!!」

 驚いて叫んでしまった。ヒナがウサギになってしまったと思い込んでいた。
 今冷静に考えればウサギになるとか意味がわからないじゃないか。人間に戻るならまだしもウサギって……。
 でもこれでわかったことがある。ヒナがいるってことは僕とヒナの間に結ばれた専属霊の契約は成立していたってことだ。

「ぷふっ、ヒナ会いたかった、ふふっ、アハ、だって……ウサギをヒナだと、アハッ」

「ちょっ、わ、笑いすぎだって……本気でヒナだと思ったんだぞ。僕の涙を返せ!!! でもなんでウサギが僕の布団の中に? 窓は閉まってて入れないはずなのに……」

「こ、こっち見るな、あたしじゃないぞ!」

 ヒナはやっていないと言っている。じゃあこのウサギは僕の部屋に閉じ込められてしまったウサギなのか……。
 だから暖まろうと僕の布団の中に入ってきたのかもしれない。
 つぶらな瞳のウサギを見つめながら思考していたときに目の前で黒い影が動いた。
 その影は後ろにいるヒナのものではない。さらに野生のウサギのでもない。

「フナがやったー!!!」

 幼い黒髪おかっぱ頭の少女だった。悪巧みが成功して無邪気な笑顔で笑っている。

「フ、フナちゃん、なんでここに……ってなんで僕はフナちゃんを認識できるの? やっぱり契約は失敗してたってこと?」

 僕は焦った。ヒナがいることで専属霊の契約は成立したと確信していた矢先だ。
 フナちゃんが現れてしまったら専属霊がもたらす不思議な力の効果の意味がなくなってしまう。
 契約した金縛り霊以外は認識できないはず。さらには他の幽霊は寄り付かなくなるはずなのに……

「って、今度はなんだ? 何かが顔に!」

 フナちゃんの無邪気な笑顔を見ながら考え事をしていたら視界が暗くなった。顔に何かが乗ったのだ。
 柔らかくて冷たい。でもどこか落ち着く。そんな感情が芽生えてしまう何かだ。
 謎の物体の正体を見破るためひたすら触りまくる。揉んだり押したり突っついたり……

「柔らかい、冷たい……なんだ?」

「当ててみてください」

「なんて? ってその声ハナちゃんじゃん! フナちゃんが現れたからいるとは思ってたけど……ということはコレって」

 僕の顔に乗った柔らかくて冷たい謎の物体の正体がわかった。

「お、おっぱい……」

「せいかーい。ウサギさんの大好きなおっぱいでした」

「って、えぇえええ!! ちょ、ちょっと待って!」

 突然のおっぱいに動揺してしまった。
 動揺する僕をみてハナちゃんは面白がっている。
 それとは対照的に僕と契約をしたヒナは怒りで噴火しそうだった。

「ヒ、ヒナ……僕、何も悪くないよね……」

「いいえ、お兄ちゃんは姉貴の胸を必要以上に触り続けました。許しません……」

「そ、そんな……」

 ヒナを怒らせてしまった。
 でもおっぱいを顔に当ててきたのはハナちゃんだし、揉んだりしたのは何だかわからなかったからだから……僕は無罪のはず。

 舌を向き反省しているところに怒っていたはずのヒナの笑い声が聞こえてきた。

「ふふっ、嘘だよ。お兄ちゃん。姉貴やり過ぎだよ、もう」

「いいじゃないの。もうと思ったんだから」

「今回だけだぞ。次はダメだかんな」

「はーい」

 ヒナの方がお姉さんのような感じのやりとりをしていたが、そのやり取りの中でもあったように何で僕の目の前にハナちゃんとフナちゃんがいるんだ。

「おにーさん! またあそべるよー!」

「そ、そうだね。でも何で? 契約したら会えなくなると思ってたよ」

「ええ、私もそう思いましたわ。でもこうして会えました」

 そのままハナちゃんは真剣な表情で言葉を続けた。

「これは私の仮説なんですが、私たち姉妹は同じ日に死んで同じ日に金縛り霊なりました。その時に姉妹を結びつける魂のようなものが混ざり合ったのかもしれません。それでヒナちゃんと契約したウサギさんは、として私とフナちゃんとも契約したってことになるのでは? 理屈はどうあれ契約は成立しています。そして私たちとも会えています。これって運命のようなものなんじゃないでしょうか?」

「運命……」

「はい。私たちを見つけてくれた。そして成仏させようとしてくれた。その結果、私たちはウサギさんに未練を残した。そして今は専属霊の契約を結んだ。きっと運命なんですよ」

 ハナちゃんの考えを聞いた僕は納得した。そして理解した。これが運命なんだと。
 そして運命の相手、専属霊の契約をしたヒナの方を改めて見た。

「お、お兄ちゃん……何だよ、まだちょっとは怒ってるからな」

 僕と目が合った時に顔が赤くなるのも膨れっ面のその顔もその声も可愛い。
 だから僕は一言言いたかった。本当は契約した後に言うつもりだった台詞を今直ぐに言いたくなった。

「ヒナ」

「な、なに?」

「大好きだよ」

「は、恥ずかしいじゃんか……お兄ちゃん……」

 すんなりと言えた。恥ずかしがらずにすんなりと。ヒナの顔はさらに赤くなったが口元は緩みよだれが出そうになっている。
 ハナちゃんとフナちゃん、そしてヒナだと勘違いしてしまったウサギは僕の言葉を聞いたあと歓喜し拍手をし始めた。全く大袈裟すぎる。

 ヒナは相当恥ずかしかったのか目線をどこに置いていいかわからずにキョロキョロしている。
 そして一呼吸して口を開いた。

「あたしも大好き」

 ヒナは黒髪のショートヘアーを揺らしながら僕に飛びついてきた。
 ひんやりとした細い体で強く抱きしめてきた。幽霊とは思えないほど強く。女の子とは思えないほど強く。強く。離れないように強く。
 そんなヒナを強く抱きしめ返した。そして素直に言いたい気持ちがもう一つあった。

「ハナちゃんもフナちゃんも大好きだよ。これからもよろしくね」

 ハナちゃんもフナちゃんも僕に飛びついてきた。
 金縛り霊三姉妹は僕を強く抱きしめた。なぜか野生のウサギも混ざっていたが気にしないでおこう。


 こうして金縛り霊三姉妹と専属霊の契約をしたのだった。
 僕は兎村の旅館で働きながら残りの人生をヒナたちと共に楽しく暮らしていきました。  
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