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第5章

67 復讐に燃える悪霊■■■

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 僕は黒い塊の状態になってから、その場を一歩も動いていない。否、動けなかった。
 この黒い絡まりの状態を僕は進化の段階だと仮定している。
 なので進化が完了すれば体が動かせるはずだ。

 そんな僕の目の前に知らない人が現れた。白い人物とは別の人物だ。

「あれが■サ■ちゃんなの? どうなっちゃったのよぉ」

 体が熊のように大きい男だ。いや、口調は女だから女かもしれない。
 ただ顔だけはやっぱり霞んで見えない。

「■ウ■様!」
「■■ナ様!」

 双子の姉妹は今やって来た人の名前を叫んだが、不協和音が頭の中に響いて聞き取れない。

「完全に悪霊になってるじゃないの! ■ーちゃんはどこなのぉ? まさかまだ■さ■神社なのかしら? こんな大事な時にぃ~」

「はい。その通りですよ。■さ■様は今もう■■神社ですよ」
「はい。その通りですわ。■■ぎ様は今も■さ■神社ですわ」

 神社……さっきの神社のことか? それに悪霊って何のことだ。
 双子の姉妹は語尾以外は本当に息ピッタリだ。聞いていて心地よい。

「それに悪霊になってしまった■サ■様にいくら呼び掛けても動きはありませんよ」
「それに悪霊になってしまった■■ギ様にいくら呼び掛けても動きはありませんわ」

 双子の姉妹が知らない人物に説明をしているけど僕の事か? 悪霊って何のことなんだよ。
 何でこっちを見ている。まるで僕が悪霊みたいじゃないか。

「自我が無意識に抑えているのかしら。それともただ悪霊への形成に時間がかかっているだけなのかしら? どっちにしてもウ■■ちゃんに呼びかけるしかないわね」

 知らない人物がこっちに近付いてきた。表情が霞んで見えない分何されるかわからない。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

「ウサギちゃ~ん! 最初に来たのがアタシでごめんなさいねぇ~、ほらアタシのこと覚えてるでしょ~、 一緒に■■■霊をやりましょうよぉ~!」

 目の前の人が近付くだけで恐怖心が増す。
 目の前の人の声を聞くだけで苛立ちが増す。

 なぜだろうか恐怖心や苛立ちから力に変わっている気がする。
 どんどん力が漲ってくる気がする。

 僕の手に入れた力は負の感情で強くなる。そんな能力なのだろうか。
 それなら好都合だ。僕は毎日、負の感情に押し潰されそうになっている。
 実際押し殺された事だってある。

 ああ、嫌な思い出ばかりが思い出される。その度、体からドバドバと力が溢れ出る。
 気のせいだろうか。黒い塊になった僕の体は先ほども大きくなっている気がする。

「あんっ! その嫌がる反応やっぱり■サ■ちゃんね! アタシが声かけるのは逆効果だわぁ……。■ナたちがくるのを待ちましょう!!!!」

 何なんだ。近付いてきたと思ったら離れていったぞ。何がしたかったんだ。
 でも近付いてこなくて良かった。それほどまで僕は拒絶反応を出していた。
 記憶には無い。それに顔も見えない。だから何されたのかわからないし思い出せない。

「カ■様たちはそろそろ到着すると思いますよ」
「■ナ様たちはそろそろ到着すると思いますわ」

「このまま静寂を保っていてくれると嬉しいですよ」
「このまま静寂を保っていてくれると嬉しいですわ」

 静寂だと……。僕のどこが静寂なんだ。
 僕の心はこんなに煮えたぎっている。
 それに頭の中がうるさい。

『復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐復讐』

 復讐するのが楽しみだ。早く動きたい。でももう少しで動けそうだ。
 このまま黒い塊にヒビが割れて僕は孵化するだろう。
 あと少し。あと少しだけ我慢したらいいんだ。
 我慢は慣れている。それもあと少しだけでいいんだ。

「頭ではアタシのことを忘れてても心では覚えているみたいね。ウ■■ちゃんがアタシに拒否反応を見せたって事は心がアタシの事を覚えているって事だわ。だから■ナたちが来たら大丈夫よ。もう少しだけ待ちましょう」

 僕の誕生が先か……そちらの援軍が来るのが先か……。
 その時が来るのを待とう。

 僕は何かを長い間、待ってた気がする。それが何なのかわからない。覚えてない。
 でもその答えが直ぐそこにきていると直感した。
 その直感は僕の誕生だろう。相手の援軍なはずがない。

 僕は……新しい僕は誕生する。
 もう僕の名前なんて覚えていない。思い出せなくていいんだ。
 あの頃の僕はもういない。新しい僕が誕生するから。

 それじゃ僕は誰なんだ……。

 名前もない。新しい名前もつけてくれる親もいない。
 僕は誰なんだ。ここはどこだ。何のために生まれ変わる。何をしたらいい。

 ああ、答えはもうわかってる。

 この世界に復讐する。それだけだ。


「まずいですよ。どんどん邪悪なオーラが膨れ上がってますよ」
「まずいですわ。どんどん邪悪なオーラが膨れ上がってますわ」

「カ■たちは何してるのよ~。早くしてちょーだい」

 焦る双子の姉妹を見て僕は確信した。僕の誕生が先だと。


 僕の生まれ変わりを確信した数分後に白いワンピースを着た3人組が現れた。
 服装が双子の姉妹のアンナとカンナと同じだ。そして目の前の名前の知らない大きな人とも同じ。
 3人とも表情が霞んで見えない。なので誰だかわからない。

「ほ、本当に■サ■くんなの……?」

「はい■サ■様ですよ」
「はいウ■■様ですわ」

 黒髪ロングの人が言った。その言葉に双子の姉妹が答えた。
 黒髪ロングの人は髪型からしておそらく女性だろう。
 長髪の男性はいるがここまで艶やかで綺麗な黒髪は女性だとわかる。
 それに声も女性の声だ。甘い音色で心が浄化されそうだ。
 でも聞こえた甘い音色はどこか寂しげな夏の風鈴のような音にも感じた。

 声でも人の感情を読み取ることができる。
 黒髪ロングの女性は寂しげだ。寂しげな声を僕に向けてきた。

「■■ギくん……」

 そんな声を僕に向けるな。僕をなんだと思っているんだ。
 捨てられた犬か。濡れた子猫か。それとも僕を蔑んでいるのか。

「だから■イ■は言ったんですよ! こうならないためにも規則を変更するべきだって!」

 今度は栗色の髪色のショートヘアーの人が口を開いた。
 ショートヘアーの種類の中でもボブヘアーといったものだろうか。
 声からしてこの人物も女性だ。
 でも黒髪の女性がの寂しげな声とは違い怒っている声だと直ぐにわかる。

 何をそんなに怒鳴っているんだ。僕の事だろうか。
 僕がそんなに嫌なのか? 僕の前で怒鳴るな。大人しくしろ。不快だ。

「ウ■■くん……」

 3人組の最後の一人がボソッと呟いたが聞こえない。
 頭の中で響く不協和音のせいでもあるが声が小さすぎて僕の耳に届かなかった。

 金髪ロングの人だ。この人もおそらく女性だろう。
 女性だとしたらどこかで見覚えがある。他の人たちとは違い特にこの人だけは見覚えがある。

 でも誰だ。全く思い出せない。やはり僕は記憶喪失に……。
 くそ。思い出そうとすると頭痛が襲ってくる。これ以上は思い出させない。

「ねー。ユ■■さん。どうしたらいいの?」

「アナタたちが呼び掛け続けるしかないわね。■■ギちゃんの心はまだ死んでいない。■サ■ちゃんを取り戻すチャンスは今しかないの。悪霊になったら今度こそ終わりよ」

「そしたらお星様になっても会うことができない……」

 大きな人と黒髪の女性が何やら話をしている。その2人の会話を栗色ボブの子と金髪の女性が黙って聞いている。

 アナタたちに会えなくなってから相当深い傷を心に負ってるみたいよぉ。だからこそアナタたちならなんとかできるはずだわ。だってアナタたち3人は■■ギちゃんが選んだ『■縛■■』なんですもの」

「いいえ。■ウ■さん。私たち3人は『■■■霊』でも『■属■』でもありませんよ。私たちは■サ■くんの『彼女』です!」

 訳のわからない会話が続いている。
 それに不協和音がずっと続いて頭の中が混乱してきた。苦しい。
 それに彼女って何だ。どういうことだ。

 彼女なんて僕が一番欲していたものじゃないか。
 今ここにいる誰かが僕の彼女だと言うのか? あり得ない。彼女なんてできた事がない。
 じゃあ何だ。彼女がいない僕をバカにしているのか?
 童貞を……童貞の僕がそんなに面白いか。嘲笑っているのか。

「■サ■くん……」

 な、何だ。黒髪の女性が言った言葉が少し聞こえた。不協和音が弱まってきている気がする。
 僕の名前を呼んだのか? いや、もう僕は自分の名前すら覚えていない。
 だから僕の名前を呼んだかどうかなんて不協和音がなくなってもわからない。

「■■ギくん。レ■■ですよ。思い出してください」

 栗色髪のボブヘアーの子の言葉も聞き取れるようになってきた。少し顔の霞も取れて表情が……。
 いや、まだ見えない。それどころかキラキラしたものが増えて余計に表情が見えずらくなっている。

 もう一人の金髪の女性は黙っている。その女性の顔もキラキラ光っていて表情が全く見えない。

 そんな3人が浮かびながら静かに近付いてきている。僕の方へゆっくりゆっくりと……。

 最初に感じたのは恐怖だ。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 どこか懐かしく感じる恐怖。

 何をされるかわからないそんな恐ろしさに懐かしさを感じるだなんて僕はおかしい。

 恐怖の先には何が待っている?
 今までの経験だと恐怖の先は何もない。もしくは更なる恐怖が襲いかかってくる。

 でも何故だろうか。そのどちらでもない気がする。
 これは僕の直感だが、恐怖を乗り越えた先に幸福が待っている気がしてならない。
 いや、それはただの妄想だ。恐怖の先に幸福だなんてありえない。あってはならない。

「ウ■■くん……」


 来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな。


 僕は近付いてくる3人を拒んだ。
 拒んだ瞬間、黒い塊になった僕の体が一回り大きくなったように感じた。
 そして黒いオーラのようなものも放出されている。
 もうそろそろだ。もうそろそろで僕は生まれ変わるんだ。

「ウサギくん……」

 黒髪の女性の言葉がはっきりと聞こえた。名前か。誰の。僕の。
 僕の名前がウサギ……。そんなふざけた名前のはずがない……。ないはずだ。

「ウサギくん」

 再び呼ばれた。
 今度は栗色のボブヘアーの子だ。鼻声で聞き取り辛かったが頭を刺激する不協和音よりはマシだった。
 それにしても何てふざけた名前で僕のことを呼ぶんだ……。

「山中愛兎まなと!」

 今度は金髪の女性が叫んだ。黙っていたと思ったらいきなりなんだ。
 やまなかまなと。山中まな……と……。

 僕だ。僕の名前だ。
 金髪の女性。さっきも何かを感じたが何なんだ。誰なんだよ。
 何で僕自身が忘れていた名前を、しかもフルネームで知ってるんだ。

 ふと金髪の女性の表情を見ようとした。
 一瞬豊満な胸に目線が止まりそうになったが、その欲求を押し殺してでも顔を見たかった。
 誰なのか知りたい。その一心で金髪の女性の顔を見る。

 不協和音が消えていっている今なら顔が見れる気がした。

 そして金髪の女性の顔を見た瞬間衝撃が全身に走った。
 思い出したからではない。むしろまだ思い出せていない。
 思い出したのは自分の名前だけだ。

 衝撃が全身に走った理由は金髪の女性は泣いていたからだ。

 他の2人も見てみると同じく泣いている。
 栗色髪のボブヘアーの子なんて鼻水も垂らして子供のように泣いている。


 なんでこんなに泣いているんだ。何がそんなに悲しいんだ?
 この涙の理由は。意味は。

 泣いている3人は誰なんだ。

 金髪の女性のおかげで僕の名前を思い出すことはできた。

 僕の名前は山中愛兎まなと 。みんなからは『ウサギ』と呼ばれることが多い。
 27歳。独身で童貞。身長は177㎝。体重は52kg。と、かなり痩せ型――もやし体型だ。
 髪はもこもこ、前髪は目が隠れるくらいまで伸びている。でも今は黒い塊だ。


 そうだ。僕はウサギだ。


 僕のことを知っていて僕の名前を思い出させてくれた、目の前の3人のことも思い出したい。
 思い出してあげたい。
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