僕の彼女は金縛りちゃん

アイリスラーメン

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第5章

64 一年ぶり、二度目の兎村家族旅行

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 1年ぶりに家族旅行で『兎村』に来た。
 滞在は4泊5日を予定している。前回と同じだ。
 もちろん泊まる旅館は金縛り霊3姉妹がいるあの旅館だ。
 本当は一人旅を計画していたが精神不安定になり行けなくなってしまった。
 両親はバイトを辞めてニートになった事や心の病気を抱えてしまっている事を知っている。
 とても心配してくれている。実家に帰るように言われていたけどそれを拒み続けた。
 しつこく言うと余計にダメになってしまうと思ったのだろうか、いつからか実家に帰るように言わなくなった。
 僕のことを考えての事だ。一番に僕の事を心配してくれている。優しい両親でよかったと心から思った。

 両親はいつも通り接してくれている。
 そんな優しい両親の温かい心に触れて僕は涙が溢れた。
 毎朝泣いて枯れているはずだった涙がこぼれ落ちる。
 本当に参った。両親の前でボロ泣きだ。
 こんなに泣いたのは初めてだったかもしれない。
 それほど心は限界がきていた。


 そんな両親に応えたい。
 だから僕は兎村の家族旅行で変わりたいと思っていた……


 兎村の家族旅行は両親の後ろを付いて行くだけで心の底から楽しめなかった。
 楽しもうとも思っていなかった。
 旅館に戻ると今日あった出来事を忘れてしまっている。全然思い出せない。
 しかし金縛り3姉妹に会うという計画だけはしっかりと思い出せる。
 忘れないように心に刻み込まれているのだ。

 金縛り3姉妹なら僕を助けてくれるはずだ。
 まず僕の負の感情を取ってもらおう。元気になったところで相談しよう。
 同じ金縛り霊ならどこかで繋がっているはずだし、金縛り霊協会会長のユーさんの事だって知っているかもしれない。

 そんな期待を込めて眠りにつく。こんなにも希望に満ち溢れた眠りは久々だ。

 会えるかもしれない。

 少しでも可能性があるのならそれに縋り付いてでも試してみるしかない。
 そしてこの兎村が最後の可能性だ。金縛り霊に会える最後の可能性……


 そんな希望は絶望に変わる。


 4泊5日の家族旅行で、僕は一度も金縛り3姉妹に会う事ができなかった。

 会うと約束した1年前。
 そして会いにきた。なのに会う事すらできなかった。

 ハナ、ヒナ、フナ……どうして。どうして。
 そればかりが頭の中で繰り返される。

 期待していた分悲しみは大きかった。まるで風船のようだ。
 期待という空気を入れて悲しみという風船が出来上がってしまう。
 そして空気を入れ過ぎてやがて風船は破裂する。
 破裂した風船と同時に心の病気も悪化する。心が蝕まれる。

 金縛り3姉妹に会えなかったのは、僕が金縛りにかからない体質になってしまったからだろう。
 そんな事はわかっている。
 金縛りちゃんたちがいるエリア以外の場所。
 金縛りちゃん以外の金縛り霊。
 そんなことは関係なしに僕はもう金縛りにかからない。

 金縛りにかからないから金縛り霊の誰にも会えない。
 会うことができない。

 全ての希望が打ち消された。
 握りしめていた希望が手のひらの隙間からこぼれ落ちる。
 こぼれ落ちた希望は、すくいだす事は不可能だ。

 ポロポロ、ポロポロと希望がこぼれ落ち、僕の手のひらには何も残されていない。
 皆無だ。

 もう金縛り霊には会えないかもしれない。本当に二度と会うことができない。
 絶望に打ちのめされる。決められた運命からは抗えない。

 僕の心はすでに粉々に粉砕されてしまっている。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。
 金縛り霊が現れてくれれば僕は、こんなひどい状態にはならなかった。
 じゃあ金縛り霊が悪いのか?
 いや、違う悪いのはこの僕だ。全て僕が悪い。僕が悪いんだ。


 金縛り3姉妹には会えなかったが、この旅行で改めて気付いた事があった。

 それは両親の優しさだ。

 学生時代僕がいじめられていたときいつも僕を支えてくれていた。
 自分の子供だから当然だ。けれどその当然のことを全力でやってくれた。
 それは僕にとって本当に心の支えになっている。

 両親は基本誰にでも優しい。他の人から尊敬される立派な人間だ。
 本当に良い親を持ったと僕は感謝しても感謝しきれない。
 そして謝りたい。こんな僕でごめんなさい。


 両親の優しさに触れて僕の心は揺れた。
 金縛りちゃんに会えないのならあの家にいる必要はない。
 地元に帰り実家に戻った方が良いのかもしれない。

 引越しのことを話そう。
 兎村の家族旅行最終日の最後の最後に蕎麦屋さんに行った。
 あのウサギみたいなおばあちゃんがいる蕎麦屋さんだ。
 そこで引越しのことを話すことを決意した。


 もう僕は誰かに縋っていないと生きていけない。
 その縋りたい金縛り霊がいなくなったんだ。もう親に縋るしかない。

 僕を助けてほしい。せめて金縛りちゃんに会う前の僕に戻してほしい。
 このままだと仕事も生活もできない。

「お父さん。お母さん。地元に帰ろうと思う」

「おう! そうかそうか。いつでも帰ってこい! お前の部屋もちゃんとそのままだからな。引越しの日とか決まったら手伝うから連絡してくれよな!」

 お父さんは優しい。いつでも帰ってこいと言ってくれている。
 引越しも手伝ってくれるみたいで頼もしい父親だ。

「お母さんは嬉しいわ。ウサギちゃんが帰ってくるの楽しみに待ってるわね」

 お母さんは僕が帰ってくるのを喜んでくれている。優しい笑顔だ。
 26歳のダメな僕を一度も怒ったりしない。なんでも許してくれる。理想の母親だ。


 両親はこんな僕を受け入れてくれている。もう決めた。地元に帰ろう。

 引越しの準備とかは帰ってからちゃんと計画しよう。
 地元に戻って心が落ち着いたら仕事も探そう。
 うん。そうしよう。しばらくは、金縛りちゃんの事を忘れよう。
 金縛りちゃんにはもう会えないんだ。忘れて普通に、そして平凡に暮らしていこう。
 そして思い出せないくらい忙しく楽しい日々を過ごしたい。
 地元は同級生が怖い。だけどきっと大丈夫だろう。

 少し心が楽になった。前向きに考えられるようになった。これでいいんだ。これで……。

 蕎麦屋での相談は終わった。そして食事も済んだのであとは帰るだけだ。
 長く感じた4泊5日の家族旅行だったがこれで終わる。
 金縛り3姉妹に会えなかったが成果はあった。地元に帰ろう……。


「お兄さんや。悔いが残らんようにな」

 店を出ようと立ち上がった僕の背後から突然声がした。
 声をかけてきたのはウサギのような見た目をしたお婆さんだ。この蕎麦屋の人だ。

 僕の話を聞いていたのだろうか。

 以前も話した事があるがウサギ信者で不思議なお婆さんだ。
 でも何かと的を得た事を言っていた気がする。
 そして今の言葉にも何か引っかかる。

「悔いが残らないように、か……」

 お婆さんの言った言葉を僕は繰り返した。

 悔いは残ってないはずだ。
 もうやるべきことはやった。それでもダメだったんだ。だから悔いは残ってない。
 もう何もできない。だからこれで良いはず。なのに、なのにどうしてだろうか。

 お婆さんの言葉が心に刺さって抜けない。棘のようだ。
 けれどその棘が見つからない。刺さったままだ。

 金縛りちゃんたちとの約束を果たさずに地元に帰る。
 そんな事はダメだとわかってる。わかってるけど僕がもうダメになってしまったんだ。

 俯いている僕に向かってお婆さんがエプロンのポケットを探りながら再び声をかけた。

「そうじゃ。さっき野生のウサギがこれを渡してきたんじゃが……」

 と言ってエプロンのポケットから何かを取り出す。

「なんですかこれ?」

 真っ白の何も書かれていないただの紙だ。

「何か書いてあるかの? わしはもう年寄りじゃから見えなくての……」

 じっくりと目を通したが何も書かれていない真っ白の紙だ。
 裏面も表面も綺麗な白。汚れすらも見つからない。

「な、何も書かれてませんよ……」

 僕の答えを聞いたお婆さんの顔付きが変わった。

「見えないのか。いや、見えなくなったのか」

「え? なんて?」

「いやいや、こっちの話じゃ。なんでもないのそうかそうか。何も見えないか。役に立てばと思ったんじゃがの~」

 何を言っているのだろうか。やっぱり不思議なお婆さんだ。全く理解できない。

 お婆さんとの会話がキリの良いところで終わったので僕たち家族は店を出た。

 本当にあの白い紙はなんだったのだろうか。ただの野生のウサギが持ってきただけだろう。
 でも野生のウサギが持って来たのなら綺麗すぎる紙だった。
 いや、気にすることはない。気にしてもしょうがない。


「それじゃ帰るか」

 お父さんの言葉で僕は二度目の兎村の家族旅行が終わってしまったんだと実感した。
 金縛り霊のことで頭がいっぱいになり正直旅行は楽しめなかった。
 そして金縛り3姉妹に会えなかったので余計に落ち込んだ。

 散々な結果だったが家族の優しさや愛情に触れる事ができた。
 悔いが残らないようにと言われたがこれで良いはずだ。僕は引っ越しても良いはずだ……。


「帰ろう……」


 二度目の兎村の家族旅行は幕を閉じた。
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